2-20. 研修旅行④
お風呂から上がって僕らは体をぽかぽかさせながら部屋へと戻っていた。
誰かさんのくだらない長話のせいでいつもより長めにお湯に浸かる羽目になっていたのは癪だが。
まぁロイとクロウに日頃聞けないところまで突っ込んだのは褒めておこう。チャイよ。
「でさぁ、これからどうする?」
「どうするもなにも、寝るしか残ってないでしょ」
時間も時間だし。
時刻は既に午後9時を回っている。健全な僕らは十分寝てもいい頃合だと思うね。
「いやいや。せっかくの研修旅行なんだぜ!どうしてお前らそんなに睡眠欲高いんだよ!」
「ロイもクロウも眠たそうにしてるよ」
「そんなことはないよな!な!」
とロイの方を二人でみやれば、口の前に手を当てあくびをしているロイがいた。
なんてタイミングのいい奴だ。
「ほら。全然眠たそうじゃない!」
「どの口が言う」
「お前ら女の子と話したくないのか!?こんなチャンス滅多にないんだぜ!」
廊下でそんなに大声出さなくても聞こえるよ。
「チャイはマリンと話したいだけだろ」
「俺はぶっ壊れたスミレと話がしたい!」
まぁ、それは頷けなくもないが。
「じゃあ連絡とってみなよ。今からお話しませんかって」
「その手があったか」
「その手しかないよ」
携帯片手に連絡を取り始めたチャイを尻目に僕を含めた三人は自室へと戻った。
班行動は男女混じった2グループに分かれたが、部屋はもちろん男女別。
部屋に帰れば既に布団が四つ並べて敷いてあり、僕は隅の布団に部屋に入るやいなや飛び込んだ。
「思ったより疲れたなぁ」
「そうだね。結構歩き回ったもんね」
リフォークの大時計以降、電車や徒歩でいろいろなところを見て回った。
ロイにとっては馴染み深い場所だったかもしれないけれど、僕には全てが初めての光景で。
意気揚々とテンションが上がっていた分、疲れが今ドッと湧き上がってきたに違いない。
「……ロイはさ」
思わず口に出してしまった。
考えるよりも先に口が動いてしまったんだ。
疲れからなのか。西部という未知の土地に来てしまったからなのか。三人しかいない孤立された空間だからなのか。
いや、きっとロイに関わる出来事が大きすぎたからなんだ。
僕はロイに聞きたいことが山ほどあるんだ。
「ん?何か言った?」
直接は聞こえていなかったみたい。
「ちょっと飲み物、買いに行かない?」
クロウの存在がどうしても邪魔をした。
スミレとロイとの戦いの際、僕は初めてロイとクロウとの間に亀裂のようなものが生じるのを感じたんだ。
いつもお互い一緒にいて意見を違えない二人だったけれど、あの時だけは初めて彼らの意見に食い違いが生まれたんだ。
詮索するなというクロウと、詮索されている気はないというロイ。
彼らの過去に踏み込もうとすればするほどクロウという人間が僕の前に立つ。
ロイが持つという悪魔の力とやらの話になった時もそうだ。
あの時僕はクロウの本性を垣間見た気がするんだ。
咄嗟にクロウの前でロイの過去に関する話はやめようと思ったんだ。
とはいうものの、おそらくロイの右眼に宿るという悪魔の力を思い出させる訳にはいかない。
とてもじゃないけれど、クロウが嘘を言っているようには思えなかった。必死でロイをかばっている感じだった。
それだけは、気をつけなければ。
太陽の日を再来させるわけにはいかない。
「……いいよ」
何かを察したのかロイはすんなりと僕の提案に乗じてくれた。
クロウは特に表情を変えることもなくその場に座ったまま。
「クロウもなにか飲む?」
「いらない」
視線すら動かさず返答するクロウ。
はいはいっと。その方が都合がいい。
***
「悪い人だね、ショウも」
「どうして?」
「二人で話がしたかったんだよね。クロウも交えず、二人で」
自動販売機で各々飲み物を買った後、僕らは部屋へ戻ることはなく一旦外へ出た。
冬真っ只中だし寒いのはわかっている。けれど、室内で話すには余りにもリスクが有りすぎると踏んだ。
「その台詞、どうしてロイの口から出るのか僕には不思議なんだけれど」
僕はクロウに対していろいろな思い出があるからその発想に至るのは自然なことだと思うんだけれど。
どうしてロイまでそう思うのか。日頃連れ添ってきた仲じゃないのか。
「そうかな。俺からすればショウがそういう行動を取ること自体が不思議だよ」
そうだろうか。
「もしかして、クロウになにかされた?」
「……」
返すことはできなかった。
ある種の脅迫に近い、いや、殺そうとまで思われたなんてことロイに言えるはずがない。
そもそもその話をロイに言うこと自体、悪魔の力を開放させてしまうのではないかと恐れ多い。
「されたんだね。後で怒っておかないと」
「それはやめて!クロウも、クロウなりに必死みたいだったから」
それにもしこのことがクロウの耳に入ってしまったら僕がなにをされるかわからない。
「……わかったよ」
僕の勢い良い反論に首をかしげはしたもののロイは了承した。
そして僕は少し間を開けて口を開く。
「一体西部で何があったの?」
僕のロイに直接聞ける疑問はそれだった。
それだけが知りたかった。
「どうして?」
「言ったよね。東部で襲撃に遭って荒れてた自分が西部に来てから落ち着いたって。その間に一体何があったのかなって」
「俺もそれでショウに聞きたかったんだ」
え?
どうしてそのことで僕に。
「ショウはアカネのことが好きなんだよね」
「は?」
思わず聞き返してしまった。
いやいや、話の流れがおかしいじゃないか。
どうしてロイまでチャイみたいなイジリに走るんだ。
「好きなんだよね?」
真っ直ぐな目で僕を見ないでくれ。
わかった。わかったよ。素直に答えてあげるよ。
「う、うん」
「どうして好きなの?」
「ちょ、ちょっと!ロイ!その話今関係ある?」
どうしちゃったんだよ。
「あるよ」
真顔で言われてもだね。
「……」
その瞬間。不意に思いついたんだ。
今日の昼、ロイと話していたあの女の子のことを。
もしかして、ロイの奴。本当に……。
「僕を初めて受け入れてくれた奴だったから」
「……どういうこと?」
仕方ない。眼の話になるけれど、これくらいは大丈夫だろう。
今まで散々心眼の話はしてきたんだし。
「ロイも知っているだろ。この能力のこと。下級学校時代は人の心を読めるこの力のせいで誰も僕に寄り付かなかったんだ。でもアカネだけは僕に近づいてきてくれて、友達になってくれた」
「だから初めて受け入れてくれた人」
「うん。それからアカネと一緒に過ごす時間が多くなって。そのうち、アイツの他のことに動じない真っ直ぐしたところとか、僕の心が倒れそうになった時に寄り添ってくれたりしたこととか、いろんなところが気づいたら好きになってたんだよ」
「じゃあなんで付き合ってはいないの?」
痛いところをつくなぁ。
「告白したけれど、振られた」
「……」
事実だもん。そんなに口を開けないで。
「もう数年前の話だけれどね。それ以来告白はしてない」
……理由が、約束が、あるからさ。
「だから強くなろうって」
「そういうこと。強くなってアカネに認めてもらわなくちゃ、僕はアイツと付き合えないよ」
「そっか」
そっかじゃない。僕はロイの話をしに来たんだぞ。
なんで僕の赤裸々話をしなくちゃいけないんだ。
しょうがないな。僕から話をふってあげよう。
「ロイは、あの女の子のことが好きなの?」
「え!?」
「時計塔の前で話してたでしょ。いい雰囲気だったから声はかけなかったけれど」
「見てたんだ」
「ごめん」
それから数秒待って、ロイは口を開いた。
「俺、あの子のことが好きなのかもしれない」




