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2-19. 研修旅行③

「ふたりは仲良くなっただけだよ!」


「マリン、冗談はよしてくれ。明らかに前より関係が悪くなっているように見えるんだけれど」


少し天然なところもあるマリンだったが今回の見解は度を越しているとしか言えない。

仲良くだと。言い争いが激しさを増しているじゃないか。

たった半日一緒に過ごしただけでどうしてここまで関係が悪化するというのか。


「本当なんだって」


というマリンの後ろでも未だに口争いは繰り広げられていた。


「止めたら?」


と、チャイは促すがマリンは後ろを向こうともしない。


「あれでいいんだよ。あれで。だって……」


だって?


「スミレさんがあんなに喋ってるの珍しいでしょう?」


「……」


マリンの言葉に僕もチャイもリズすらも反論する言葉が出てこなかった。

それも確かに。ロイたちがいなくなってからすっかり寡黙になってしまったスミレがあれほど口を動かしているのを見たのは、僕らに激昂したとき以来初めてかも知れない。

今も激昂しているのに変わりはないように見えるのだけれど。


「でもあれって喧嘩じゃないか」


「喧嘩じゃないよ。コミュニケーション」


「口争いをコミュニケーションというとは物は言いようだな」


「本当だってば。ほら見てみてよ」


と言われアカネとスミレに目をやると


「スミレさんが笑ってる顔、なかなか見れなかったでしょう?」


本当だ。

口争いが終わったかと思えばあの人から距離を置いていたスミレが無邪気に笑っている。

ロイが帰ってきてからというもの、少しは会話をしたけれどいつも淡々とした口調でどこか冷たい表情だった。

それが何故だろう。目の前のスミレは暖かく笑っている。


「一体なにをどうしたらあの立ち入る隙もないお嬢様がああなるんだ」


「アカネさんのおかげだよ」


アカネのおかげ?


「確かに私たち最初は全く会話も続かなかったし冷たい空気が流れていたんだけれどね。アカネさんが本当に沢山話しかけてくれて。スミレさんも次第に話すようになって。それで……」


「あんな感じに口が悪くなったと」


「ち、違うよ!本当に、仲良さそうなんだから!」


マリンは優しいな。


「わかったよ。冗談だから」


スミレもスミレで僕の能力の練習相手になってくれたり、人と関わろうという一面も見せていた。

彼女があれほど寡黙に、そして関係を絶とうとしていたのにも何かきっと大きな理由があるのだろう。

それをアカネは解いていったんだ。固く結ばれた結び目を。解してあげたんだ。



 ***



それから僕らはホテルでおいしいご飯を食べ男女分かれた部屋へと帰り着いた。

軽く身支度を済ませた後お風呂へ行こうという話になり、今は浴槽の中。

ロイとクロウ、チャイと僕の四人仲良く肩を並べて温まっている。


「いやーしかしびっくりしたぜ!あのお嬢様があんなふうに砕けてしまうなんて!」


「ほんとだね。アカネのおかげって言っていたけれど、やっぱりアイツはそういう力があるよな」


「ん?どういう力?ショウを惚れさせる力?」


おいチャイ。とぼけた顔してなんてこと言いやがる。

おいロイ。そんな真っ直ぐな瞳で僕を見ないでくれ。


「うるさいな。人の心を解してあげる力だよ」


まぁチャイの言っていることはあながち間違いではないってことが一層腹の立つ要素だよ。

その力に僕も救われたのは確かなのだから。

アカネがいなかったら。それこそこの心眼という忌まわしい力のダークサイドに堕ちてしまっていたんじゃないかと普通に考えられるもんな。


「あのお堅いお嬢様も意外と子供だったりしてな」


「ははは。もはやキャラがわからなくなってきたよ」


そしてチャイはクロウへ話題を移す。


「クロウも大変だったろうな!あんな騒がしいやつが同じグループで」


「……まぁな」


クロウは従来の無表情はどこへやら、どこかひきつった表情をしている。


「あれぇ?もしかしてクロウ。お前まで懐柔されちまったのか!?」


「……そんなことはない」


クロウにキレがない。

そしてチャイはここぞとばかりに踏み込み始める。


「ほっほぉ。ショウやばいぞ!お前に恋のライバル出現だ!」


「なんで僕なんだよ」


「おやおやショウ君。余裕ですなぁ。やっぱり同郷の繋がりは違うぜ!」


「お前ほんっとうに面倒くさい奴だな!」


「おやおやクロウ君。なにやら顔が火照っていますよ」


「ここは風呂だ。当たり前だ」


男の子たるもの必然なのかもしれないが、やっぱり盛り上がるのは決まって恋愛の話。

仕方ない。僕も話を広げてあげよう。


「チャイも今日一日ずっとマリンと離れ離れで寂しかったくせに」


チャイとマリンは正式なジービスのペア故に学校でも行動を共にしていることが多い。

二人に付き合っているという事実はないようだが、わかりやすいマリンのことだ。チャイに少なからず好意を抱いていることは間違いなかった。

チャイもまんざらでもないようで、僕は色恋沙汰に話が流れた時には決まってマリンを引き合いに出す。


「そりゃもう!天地が避けるほど寂しかったぜ!」


「そんなに名言するなら付き合ったらいいのに」


「その台詞、そっくりそのままショウにお返しするぜ」


「……」


くっ。チャイを言い負かそうとするといっつもこれだ。

なんだかんだ口論で勝ちを収めたことは記憶にない。適当なフリしてチャイのやつ口が達者なんだよな。


「クラス中が思ってるぜ?なんでお前ら付き合ってないんだよってな」


「それは……」


「それは?」


……理由があるんだよ。


「理由って、なに?」


呟く言葉に反応したのはチャイではなくまさかのロイだった。


「ほら、ロイだって気になってるだろ!吐いちまえば言いんだよ。頑なに付き合わない理由ってやつをさ!」


ロイの手前、どうしてか僕は隠すことを諦めたんだ。

なぜかはよくはわからない。あえて無理やり理由づけするなら今日の大時計での出来事を想起したからだろう。

女の子と会っていたロイが僕に言いかけたこと。

なんとなく、わかるような気はするんだ。それの手助けになれば、そう思ってしまったのかもしれない。


「約束したんだよ。アカネと」


「ほほぉ。約束とな」


ふむふむと上あごに右手を当て興味津々に聞いてくるチャイ。

その顔、とてもむかつくんだが。お湯かけるぞまったく。


「強くなるって約束したんだよ」


「またまたそんなアバウトな。強さなんてどんな定規で測るんだよ」


なに正論語っちゃってんだよ。たまにスイッチが入ったように真面目になるよなチャイは。


「そんなのどうだっていいだろ!僕たちの尺度で勝手に測るさ」


尺度は既に決まって入るんだけれど。まぁ敢えては言うまい。どうせ馬鹿にされるだけなんだから。


「はっはっは!僕たちの尺度だなんて、将来共にする気満々じゃねぇか!」


「うるさいなぁ。そうなるかはわかんないだろ!」


わかったわかったから、と。チャイはニヤニヤしながら会話を遮る。

僕は少し恥ずかしくなって右手を振り上げお湯をチャイへかけた。


「ところでさぁ、ロイもクロウもそういう経験ないのかよ?」


「そういう経験?」


「好きな人とかいないのか?」


こりゃまた単刀直入に聞くなぁチャイは。


「うーん、どうだろ。よくわかんない」


きょとんとした顔を作るロイ。きっと本当にわかっていないんだろうなぁ。

それならあの時話していた女の子はますます誰なのか気になる。

が、ここで話すのはやめておこう。チャイも含めるとややこしくなるのは間違いない。


「おーい。そちらのクロウさーん。聞こえてますかー?」


「……うるさい輩はあの女どもで十分だというのに」


やれやれといった表情のクロウ。

クロウはそういったことに全く興味がなさそうである。というかいつも無表情だし。そもそも女の子じゃなくてロイを除いた人間に興味あるのかすらわからない。


「実はスミレが好きでした!とか。実はロイが恋敵でした!とか」


「さぁな」


軽く誤魔化す口調にいつもと違ったさみしげな雰囲気を感じたのは気のせいだろうか。

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