2-18. 研修旅行②
「せっかくリフォークの大時計までやってきたんだぞ?もうちょっとましな言葉は出てこないのか」
「せっかくリフォークの大時計までやってきたんだからこその話だろ!噂とは言え縁起は担ぐに越したことはない。アカネとの愛を誓い合えば一生もんだぜ!ショウ!」
お前の目の輝きは一体何なんだ。
僕じゃなくて目の前の荘厳な時計塔へと向けるべきだ。
「いや、さすがにそれはちょっと早いんじゃないかなー」
「そうだそうだ」
な、リズ。
――まだ、私が……。
おいおい。この前喋ったばかりだろう。
まぁ女の子から向けられる好意に喜ばない男の子はいないだろうけれど。
それでも接点がなさすぎるじゃあないのか。
「あれ、そういえばロイは?」
キョロキョロと辺りを見渡すがロイの姿が視界にはない。
チャイとリズとくだらない話題に花を咲かせていた間にどこかへ行ってしまったのだろうか。
「本当だ。どこ行っちゃったんだろう?」
「なんだよ、さっきまでショウと一緒にいただろ」
それもそうなんだけれど。ほんの一瞬の間にふっと消えたもんだからさ。
どうやらチャイもリズも知らないようだ。
「時間は沢山あるし、ほっとけば戻ってくるだろ!」
きっと郷愁にでも浸ってるんだよ、と。
チャイもリズも然程気には止めていないだろうが、というかそれが一般的な思考なのだろうが。
僕だけにはそう思うわけにはいかないのである。
ロイにとって西部は留学場所を懐かしむ場所ではなく、激しい襲撃から一時的に逃れられた安息の場所。
しかしその憩いの大地もつい先日崩壊したばかりなのである。
そこへ一体どんな回顧をするのか果たして僕にはわからないのだが、ほっておけないのは確かだった。
「そうだね」
と二人の前では言いつつも目だけはロイを探していた。
静かに距離をとり大時計には目もくれることなく街ゆく人々へ目を移す。
――そんなにロイくんのことが気になるのかなぁ。
リズはチャイとの会話に興じつつもやはり僕のことを気にしているようだった。
しかしそんなことは今はどうでもいい。
もしかすると今この瞬間にもロイの身が危険な状態にあるかもしれないのだ。
そうでないことを祈りたいが。
あっ。
先程までチャイ達といた場所から大時計を挟んでちょうど反対側。
いくつかの花壇やベンチに囲まれた空間にロイは立っていた。
一人、じゃない。二人で。
ロイより明るい茶色の髪は肩にかかり、たまに風に揺れ頬の前までなびいてる。
女の子と話している。
あの、ロイが。もしやこんなところでナンパか?
いやいや、ふとチャイの言葉が脳裏をよぎる。
もしかして本当に留学中、いや、西部への亡命中に出会った意中の女の子なのであろうか。
僕は二人に声を掛けようとして足こそ一歩踏み出したが、なにやら二人の醸す少々寂しげで儚げな雰囲気にもう片方の足は前へと出なかった。
話声こそ聞こえない。心の声も僕に対するものじゃないから届かない。
大勢の人が行き交う観光名所の中で、そこだけ、ふたりの空間だけが切り取られているかのように僕には見えたんだ。
だからそっと引き返す。そっと踵を返す。
後で聞けばいいさ。ロイに。今日の夜の話種にすればいいさ。
「あ、もう!どこいってたの!」
「大時計の周りをグルッと回ってたんだよ」
ちょうど時計回りに一周したところで、僕はチャイとリズに合流した。
「言ってくれればいいのに!私まだ回ってない!」
「チャイと回ってきたらどうだ?」
「三人で回ろうよ!」
と、僕とチャイはリズに手を引かれ歩き出す。
いやいやいやいや。
今回るのはまずい。ロイと遭遇してあの雰囲気を壊してしまう。
なぜだろう。
どうしてかはっきりとはわからないけれど、ロイのあんな顔初めて見たもんだから独占欲でも沸いたのだろうか。
いじる気力さえもからっきしなく、そっとしとくに越したことはないと思ったんだ。
「もうちょっとゆっくりしてからでいいだろ。時間はあるんだし」
「いいからいいから!」
全然良くない。
しかしリズを止める良い理由を思いつくわけでもなく僕らは手を引かれるまま大時計の反対側にさしかかろうとしていた。
ロイの姿がうっすらと視認できる。
「あ!ロイくんだ!こんなとこにいた!」
すまない。ロイ。ロイは知らないだろうが、後でちゃんと謝っておこう。
「一人で何してんだ?急にいなくなるからショウ心配してたぜ!」
僕に押し付けないでくれ。って、一人?
「あぁ。ごめんね」
気がつけば先ほどの光景は幻だったかのように女の子はいなくなっていた。
ロイは同じ場所に立っていたけれど。
「可愛い女の子でもいたか?」
「んーまぁ、そんな感じ」
「おいおい!隅に置けないなぁ!俺にも紹介しろよ!」
チャイはツンツンとロイの左肩を肘でつついている。
「もう!どうして男の子ってこうなの!ねぇ!ショウくん」
だから僕に振らないでくれ。
「ショウくんは女の子にベタベタついていかないよね!」
リズの僕に対するイメージって一体なんなんだ。
愛想笑いでやり過ごすのが僕にはやっとだった。
――後で、話が……いや、なんでもないや。
ロイから心を通してそんな言葉が送られてきてしまったから。
僕がこっそり見ていたことに気づいていたんだろうか。それとも単純な相談事なのだろうか。
ロイと目が一瞬あった気がしたけれど、それ以降特にさっきの話題を表に出すことはなかった。
***
「おぉー!お前ら仲良くやってたか!?」
日も暮れかかり研修旅行の一日目も終わりを迎えようとしていた。
八人グループを二つに分けた分担行動も終了し、ホテル前で落ち合うことになっていた僕らはちょうど今もうひとつのグループと合流したところだった。
「……」
「ほ、本当に仲良く、やってたか……?」
やつれた表情を浮かべて歩いてくるあの四人は本当に僕らのクラスメイトなのだろうか。
先頭をきるアカネとマリン。少し後ろにスミレ。そのまた後方にクロウ。
強いて言うならクロウはいつも通りの無表情ではあるのだが、無表情を装っていると言ったほうがいい程度の冷や汗と歪みが見て取れる。
「私とマリンはとっても仲良くなったわよ!」
「そ、そうだね、アカネ」
肩を組み仲の良さをこれみよがしに見せつけるアカネ。
見せつける先を僕らではなく後ろのスミレやクロウにむけているのは何故なのだろうか。
わかった。わかったから。君たちが仲良くなったのはわかったから。
どうして後ろの二人はそんなに距離をとっているのだ。
「うるさいわね!ちょっとショウ!このガミガミ娘をなんとかしなさいよ!」
そんな怒号が聞こえてきたのだが、僕には一瞬誰が誰に対して放った言葉なのかすら理解はできなかった。
「ガミガミ娘とはなによ!アンタだって中身はお子ちゃまのお高く止まったか弱いか弱い女の子のくせに!」
「なっ!?一生竜の腹の中で暮らしたいのかしら」
「腹の中ぐらい噛みちぎってあげるわよ」
もしもし。もしもーし。
「違うの。チャイくん、これは、違うの!」
マリンさん。僕に一体何が起こったのか説明してはいただけないでしょうか。




