2-17. 研修旅行①
「おぉー!すげぇー!」
東西を分かつ国境線。大陸の端から端までを縦断する巨大な一枚壁。
各所に関所があり僕ら東部の魔術学校一年生は今まさに東から西へ国境線を踏み越えている。
いつもは固く閉ざされている扉。通行証一つで簡単に開いてしまうけれど、開けた先に待っていたのはコンクリートが敷き詰められた東部とは全く違うレンガ造りの町並み。
点在する石畳も一つ一つしっかり踏みしめて、ついに僕らは西部へと研修旅行へやってきた。
「おぉー!すげぇー!」
宿泊先も豪華だった。
外装も内装も何から何まで新鮮な雰囲気にここに泊まるかと思うとそれだけで心が躍る。
西部にやってきてまだ一時間程しか経っていないというのにこの充実感はなんだろう。
これが異なる文化ってやつか。
「はい!では今から各班自由行動に入ります。街の人に迷惑をかけないよう思いっきり西部を楽しみなさい!」
「おぉぉぉぉー!」
クラスメイトのはしゃぎようといったらそれはもうすごいこと。
歓声が天井の高いホテルのロビーに反響して一段と大きくなり、あらゆるものを震わせているかのよう。
「おし!じゃあ俺たちも出発進行といこうぜ!」
「うん」
「行こ!ショウくん!」
「あ、あぁ」
チャイの号令とともにロイ、リズ、そして僕は残りの四人を尻目にホテルの玄関を目指した。
アカネの視線が痛いこと。リズに軽く引っ張られてしまっているのだから、まぁ仕方ないか。
リズってこんな強引なやつだったんだな。
「研修旅行ってこと忘れんじゃないわよ!」
なに先生みたいなこと言ってるんだアカネ。
まぁいい。僕はそんなことは後回しにしてしまうほど気持ちが高ぶっていたのだ。
なんだって西部だぞ。初めての海外旅行だぞ。
気持ちが高揚しないわけがないじゃないか。
クロウのハーレム話やアカネのキリキリ話は今日が終わってから聞くとして、素直に僕は今を、これからを楽しむとしよう。
まず目指すは、このあたりで人気のランチ。オムライスが有名らしくリフォーク時計台を中心としたこの街の代名詞ともなっている。
「至高のオムライスを求めて、いざ!出陣!」
「おぉー!」
先陣を切るチャイ。はしゃいで続くリズと僕。そして静かに微笑み足並みを揃えるロイ。
集まるメンバーとしては珍しいかもしれないけれど楽しいことには間違いない。
「なぁロイ。お前留学中オムライス食べたことねぇの?」
歩き始めて五分少々。ホテルが小さくなるくらいまで歩いた先でチャイは聞く。
「うーん、何軒かあるよ。この先にあるのが結構おいしかった」
「おし!じゃあそこにしよう!」
あるんだ。
と、先を行くチャイとリズから少し離れてこっそりロイに問う。
「うん。西部での逃亡生活はそれほど気が立ったものじゃなかったから」
「そうなんだ」
「最後に戦闘するまでの間は本当に落ち着いてたんだ」
きっと襲撃がなければそのまま西部で暮らすはずだった、と。
ロイはどこかさみしげな面持ちで空を見上げて呟いた。
「俺、東部では荒れてたからさ」
そして急に前を向いて口調を強める。
「こんなこと言っていいかわからないけれど、自覚、あったんだ」
「うん。今でも時折その癖みたいのが抜けなくて挙動不審になるときはあるけれど、実は西部に来て大分回復したんだ」
ジル長官の判断は正しかった、というべきか。
それにしても意外だった。
ロイ本人に精神的におかしくなっているという自覚があったとは。
まだ東部での生活が残っているとは言っているが。
「それもきっと多分……」
「おーい!ロイ!ショウ!遅いぞ!早く並ばないとランチの時間がなくなるぜ!」
「うん、ごめん」
ロイはなにか言いかけて、そしてチャイに遮られてやめた。
どこかホッとしているようなもどかしいような、そんな顔を浮かべていた。
西部での生活で何かあったのだろうか。
それくらいにしか僕は思わなかったが。
***
「すごーい!見て見てショウくん!卵が輝いてるよ!」
「そうだな」
「うわー!中のバターライスもすごく美味しいよ!」
「そ、そうだな」
「ショウくーん!ショウくんってすっごくかっこいいんだね!」
「そ、そうだな。って、おい、黙れチャイ」
三十分程並んだ末にロイのイチオシのオムライス店に入ることができた。
四角いテーブルを囲んで座りしばし待つと運ばれてきたのは煌びやかなオムライスたち。
トマトソースもデミグラスソースも付け合せのブロッコリーも何から何まで美味しそうだった。
「あれあれー、いいのかな、ショウくん。アカネがいないところでそんなに楽しそうに」
「僕はただオムライスを食べているだけだ」
リズがうるさいだけだ。
リズの胸が大きいだけだ。
「次、リフォークの大時計だよな。ここから近いっけ」
咄嗟に話題をずらす。
「あぁ?ショウ、事前に確認してこいよ!路面電車で行くんだろ!時間に間に合わないと予定が狂うぜ!」
「あ、そうだったな」
咄嗟に話題をずらしすぎた。
慌ててロイの方へ視線を移動させる。
なにやらぼーっとしているロイがそこにいた。まだオムライスも食べきれてないのに。
「どうした?ロイ」
「え?あ、ごめんごめん」
と言って急いでスプーンを動かし口へ運ぶ。
おいしいね、とだけ。急ごしらえの返事。
「やっぱり西部が懐かしいんだろ!一ヶ月ぶりくらいだろうがな!」
「そうかもね。どことなく、懐かしい」
そう言ってまた少しぼけっとする。
ロイの視線の先を僕もたどると、窓の外に見える大通りと中心に咲く噴水。
「こっからの眺めすごくきれいだね」
「ほんとだ!噴水もある!」
リズの喜びっぷりは毎回元気だよな。
度を越えているといえば、越えている。
「二人で見てきたら?」
「うるさいぞ。って、ロイ!?」
いつも茶化されるはずのチャイは目をぱちくりさせてこちらを見ていた。
なんでロイが僕らをいじっているんだ。
「どうしたどうしたロイ!ついにお前もこちら側か!」
なんでチャイは嬉しそうなんだ。
「いや、そんな、困らせようとしたわけじゃなくて」
どうやら本気で見に行ってきたらいいと思っていたらしい。
なんだその気遣いは。
「あ、ありがとう。それなら終わってから四人で見に行こうよ」
「私は!二人でもいいけど!」
「四人で、見に行こうな」
余計な誤解はされたくない。
それに今は四人班で行動しているのだ。
「ショウくんの照れ屋さん」
「微塵たりとも照れてない」
「顔赤くなってる」
「トマトソースだ」
そんなわけあるか、と自分で突っ込んでしまったが。
「じゃあみんな食べ終わったとこだし、ちょっと休憩するか!」
僕らはささっとお会計を済ませ店の窓から見えた噴水へと足を運んだ。
キラキラと飛び散る水が太陽光に反射して本当に綺麗だ。
「ロイ、さっきからなにか探してる?」
外に出てからというものあたりをキョロキョロ見渡すロイ。
挙動不審にも見えるぞ。まったく。
「いや、別に、なにも」
「もしかしてもしかして、留学中に出会った意中の女の子だったりしてな!」
横から顔まで入れて覗き込むチャイは神出鬼没といってもいい。
どこからでも人の話に割り込んでくるんだから。
「そんなんじゃないよ」
「探し物すらなかったんじゃないのかい?」
ニマーっと笑うチャイ。
見事に誘導尋問にかかった形になってしまった。
「ただ、懐かしいだけだよ」
たった一ヶ月というのにどこかもっと遠くを見つめているような気がしたのは僕だけだろうか。
***
「いやーリフォークの大時計はやっぱりすげぇな!なんというか、こうバーンと!」
「バーンじゃなんもわかんないよ」
「ショウくん!すごいよね!なんかこう、バーンと!」
「リズまで何言ってんだ」
「す、すごいね。こ、こう、バ、バーン……」
「わかった。ロイ。無理に合わせなくていいから」
路面電車に揺られること10分、僕らはリフォークの大時計にやってきた。
電車から降りるやいなや駆け出していったチャイとリズ。
追いついた時にはこのくだらない会話が出来上がっていたというわけだ。
「おやおや、ロイくん。ノリがわかってきたようだねぇ」
「バ、バーン……」
まだ言ってる。
でもなんだろう。半年後に帰ってきてから少しずつみんなとの距離を縮めているというか、なんというか。
戦闘に対して億劫じゃなくなったところといい、今といい、ますますロイのことがよくわからなくなっているのが現状だった。
怖くなっているのか、普通になっているのか。
彼の心の中は、一体……。
「ロイは留学中来たことあんの?」
「うん。一度だけ、来たよ」
時計台の針先を見つめる表情は心ここにあらずといった感じ。
「そういえば、こんな噂を聞いたことがあるんだが」
西部の噂なんてどっから引っ張り出してくるんだ。
「リフォークの大時計で結ばれた男女は末永く続くらしいぜ」
またそういう噂を持ってくる。
見てみろ。リズの顔がすごいことになってるぞ。
「ほんと!チャイくん!」
「あぁ。西部じゃ有名な噂らしくてな。実際いくつも事例があるらしいぜ」
噂。都市伝説。
僕はあまり素直に信じられないタイプだけれどリズはこういう話が好きそうだなぁ。
テトラス・エド、か。
西部の人たちで知ってる人はいるんだろうか。
いやいや、いないか。
テトラスは東部独自のシステムだった。
「いいなぁ。そういうの、憧れるなぁ!」
女の子はそういうのに憧れるのか。
アカネも、果たしてそうなのだろうか。
とても同族とは思い難いが。
おっと、こんなことアカネに言ってしまったら殺されてしまう。
「そういえばさ」
と、リズが切り出す。
「なんでショウくんとアカネちゃんって付き合ってないの?」
なにがそういえばさ、だ。
どっからその話持ってきた。
「いきなりどうした、リズ」
「いやね、アカネちゃんに聞いたら付き合ってないって言うからどうしてかなーって。あんなに仲いいのに!」
なにを聞いてる。
「仲がいいからって付き合ってなくちゃいけないのか?」
「単純に不思議に思っただけだよ」
同じ家に暮らしていて、幼馴染。
仲がいいのは当たり前、いやいや、仲、いいか?
喧嘩が絶えないぞ。
「え!?そこまだ付き合ってねぇの!?」
またうるさい奴が絡みにくる。
「チャイ。お前まで話に入ると厄介だ」
「いやいやいやいや、公私が認める公開カップルだとばかり」
「公も私も認めてないよ」
お昼すぎから大声で場所をわきまえろっての。




