2-16. リズ
こうして研修旅行での僕らの班が確定した。
僕・アカネ・ロイ・クロウ・チャイ・マリン・リズ・スミレの八人。
綺麗に男女四対四に集まってなかなか感心している。
「はいはーい。それじゃみんな分かれたところで、行程表配るからね。各班で考えといてねー」
とりあえず今日の授業は様子見ということで、軽く話があった後は休憩後、残りは自由時間ということになった。
僕らは八人で机を持ち寄り周りを囲む。
「では今から!ロイとクロウのおかえりパーティーを開催するぜ!」
なになにそれは。聞いてないぞ。
「いきなりどうした」
「どうしたもこうしたもないだろ!半年してやっと帰ってきてくれたんだ。お祝いしないといけないだろ?」
「そうかもしれないけれど、お祝いの準備とか何もしてないし」
「心配には及ばない!俺がさっき買ってきた!」
と言ってチャイは机の後ろから飲み物やらお菓子やらをじゃんじゃん取り出す。
あっという間に簡易的なパーティ会場が完成されてしまった。
「アンタいつの間にこんなの……」
アカネもリズもマリンもみんな呆れていた。
教室の中で何やってんだよチャイは。
お菓子っていいのか?一応自由時間とは言え授業中だぞ!
「気にすんな気にすんな!自由にやろうぜ!」
チャイは各人に飲み物を注ぎ配っている。
「それでは、無事帰ってきた二人に、乾杯!」
「かんぱーい」
少々盛り上がりには欠けるがまぁいいだろう。
リズとはあんまり話す機会もなかったしこれに乗じて話すとするか。
幸いにも席は隣だし。
「ショウくん、あの後、体育館でみんなが避難したあと、大丈夫だった?」
驚くことにリズから話しかけられた。
僕は秘匿すべき内容を考えながら注意深く答える。
「うん。先生やみんなのおかげでなんとかなったよ。ありがとね」
あの場にいた人達以外はロイとクロウが参戦したことを知らない。
仮面は必死の抵抗に攻めあぐねて退散したとの説明がなされている。
「あの時みんなを助けるために名乗り出たのすごかったよ!」
そんなに目をキラキラさせて顔を近づけないでください。
というかあれは自主的に名乗り出たんじゃなくて実際は名指しで呼ばれただけだからなぁ。
「い、いやぁ、仕方なく、ね」
「私もあぁなれるように見習います!」
「見習うほどのことじゃないよ」
「その謙遜具合も見習います!」
「もう勝手にしてくれ……」
大人しいマリンとは対照的に話してみるとやけに元気のいい女の子だった。
ドンッ!と椅子を後ろから蹴られたのは、まぁ無視しておこう。
アカネよ。怒るタイミングではない。
「ロイとクロウは半年間どこ行ってたんだ!?」
チャイはチャイで自分の目的を果たそうとしていそうだった。
彼らがいなくなった間も僕たちに彼らの現状についていろいろ聞いてきていたからな。
もちろん、僕たちも知らなかったから何も教えることはできなかったけれど。
「ちょっと西部に留学しに行ってたんだ」
ということになっているらしい。
「じゃあ今度の旅行は二人に案内してもらおうぜ!」
「分かる範囲なら、いくらでも」
同じ大陸、壁を挟んで西と東では仕組みも文化も全く異なる。
王政が終わって15年という浅い歴史ではあるが、東西それぞれが独立して自治を行ってきた結果である。
どちらかというと、西部の方が昔の名残が強いという噂だけれど。
「ショウくんショウくん!私ここに行ってみたいの!」
ロイたちを見ていたら再びリズに声をかけられた。
先生の渡してくれた西部の地図に荘厳な時計台が載ったページを指差している。
「リフォークの大時計か。旅行先からも近いし自由時間にいけるんじゃない?」
「だよねだよね!ここ綺麗だよね!一度西部に行ったら行ってみたかったんだー!」
時計の写真をよく見ようとリズの方へ近寄る。
ふわりと当たる右肩。
アカネとはしょっちゅうだし特に気にしてはいないけれど、なにやら新鮮な感じがした。
リフォークの大時計。
西部の代表的な建築物の一つで、魔鉱石を動力源として動く大時計。
歴史は古く、何百年も前に建築されて以来、一度も針が止まったことはないらしい。
「そ、そうなんだー。私も行ってみたいなー」
突然引き離されたと思ったらアカネが頬を引きつらせながらニコニコと僕らの間に割り入った。
顔も笑ってるつもりなのか。まったくもって引きつっている。
「すごいよねーここ。歴史を感じるよねー」
棒読みなのがまた恐ろしい。
アカネは歴史的建造物などに興味もないだろう。
「そ、そうだよね!絶対行く!」
アカネの手を握り締めてリズはこちらへまた近づく。
二人の間に火花が見えるのは気のせいか。
「私と!行きましょうねー。ショウくん」
どうしてわざわざ八人班を作ったのにアカネと行かなくちゃいけないんだ。
「まぁみんなで行けばいいじゃないか」
「そうそう!独り占めは良くないよ!」
そういう意味でもないけれど。
「でも八人で行きたいところ行ってたら一人ひとりが行きたいところに行けないじゃない」
「お!アカネ!その案いいな!」
三人のゴタゴタにチャイまで入ってくるとなにがなんだかわからなくなるからやめてほしい。
「どういうことよ」
「だから!八人の班をさらに分けるんだよ。少人数の方が動きやすいだろ?」
それもそうか。
「なるほど。賛成だわ。じゃあ私ショウと組むから」
「公平性の欠片もない!」
いつからこんな強引になったんだアカネは。
あぁ昔からか。
「ショウくん。なにやら君はモテモテのようだね」
ニヤニヤしてこっちを見るな。
「変なこと言ってないで早く場を収めてください」
僕はチャイに嘆願するしかこの状況を打破する解決策を見つけられなかった。
「じゃあ素直にくじってことで」
***
「アンタ、リズに変なことしたら殺すから」
寮への帰り道、アカネはずっと、それはもうずっと不機嫌だった。
隣でガミガミうるさい小姑のように嫉妬深いこの女の子を早く誰かなんとかしてほしい。
「なにもしないってば。たまには僕を信用しなよ」
「信用に足らないからこうしてうるさく言ってるんでしょ!」
「今まで僕がほかの女の子にちょっかいかけたことないだろ」
「ないから問題なんでしょ!あれは、もう、凶器よ……」
リズの胸の大きさは確かに男に対する凶器かもしれないが。
アカネが小さいのが悪いのも確か。
「アンタなんかコロッと餌食になるんだから!」
「胸に殺されるとは儚い人生だったな!」
くじで決まった公平なグループ編成じゃないか。
流石にアカネもそこまで文句をつけることもできなくて。
「それより、綺麗に分かれたよな。なんというか、これまで一緒だった人が引き裂かれたように」
「アンタとリズは同じグループでしょうが!」
それは確かにそうなのだが、これまで一緒というわけでもない。
結局グループは僕・ロイ・チャイ・リズの四人とクロウ・アカネ・スミレ・マリンの四人に分かれた。
僕とアカネ、ロイとクロウ(とスミレも)、チャイとマリン、といういつものペアが綺麗に分断された形になったのだ。
「でも決まった時のクロウの顔はなんとも言えなかったよな」
「まぁそうね。ロイとも別になったし、なんせ他は女子ばっかりだし」
クロウのハーレム姿はなかなか見ものだな。
チャイの笑顔がこれまた恐ろしかった。
とはいえグループ行動するのは三日あるうちの初日のみ。
残りの二日は八人で行動しなさいとカナタ先生からご指摘をいただいてしまったのだ。
八人編成した意味がなくなるから、と。
「でも僕はロイと一緒になれたことにホッとしてるよ。ジル長官が護衛についてくれるとはいえ、きっとロイの一番の用心棒は僕だから」
「ただ気をつけなさいよ。アンタは用心棒でありながらも、彼の悪魔の力を解放させてしまうかもしれない一番の人物なんだから」
それは充分心得ている。
アカネとも相談して導き出した答えだ。
僕はロイを仮面からも悪魔の力を引き出してしまうかもしれない僕からも守らなければいけない。
「わかってる。十分に気をつけるよ」
「それじゃそのためにも心眼の練習をしましょう」
「なにかコツの一つでもあればいいんだけどなぁ」
一向に前に進まないイメージの受信。
ロイを守るためにも必要不可欠な能力。
「それを見つけるための練習でしょ」
「でも、その練習される側って気持ち悪くならないの?」
ずっと疑念に思っていた。
僕の心眼の発動相手はどういう気持ちなのだろうかと。
心を束縛され、強制的に心を動かされる気持ちはどうなのかと。
「別に、特になにも感じないわよ」
「そうなんだ」
「だってアンタ、イメージを強制的に出させている訳ではないんでしょ」
「それもそうだけど」
あの時。仮面に対して質問したときは、王が兵に命令するかのごとく絶対遵守の魔法で強制的に答えさせているような感覚だった。
でも今は相手の思い描いたイメージに自分から寄り添い共有しようとしているような感覚。
決して強制的な感覚はない。
「命令しているつもりなんだけどなぁ」
「まだまだってことじゃない」
思い出せ、と。
強制しているはずが当人にはその感覚が無い、か。
「その辺がこの使い道の鍵かもしれないわね」
まだまだ練習が必要だな、これは。




