2-15. いざ、研修旅行へ
結局その後はスミレとアカネを部屋の外に連れ出し、練習を何度か行った。
しかし、思ったほどいい結果は得られず常にぼんやりとした形のないモヤモヤとした何かが目の前に現れるだけだった。
心眼を使いこなすにはかなり時間がかかるようだ。
長官には自分で誇れる解答を追求しろとのお言葉を頂いたけれど、僕のようなEランクの魔術師に果たして解答とやらは見つかる日が来るのだろうか。
それはともかく。
僕は部屋に戻って一人ベッドに座りこの数日間に起こった出来事を整理する。
一年生最後の学期だというのに数日で起こった事が多すぎて、僕の頭は軽く混乱しているのだ。
事の発端は仮面の襲撃。ロイとクロウを半年前に襲った仮面はあろうことか僕を狙って学校を襲撃した。
心眼の効力が強まったことや、ロイとクロウの帰還でなんとか追い払うことはできたけれど、大切なブルーム先輩を失ってしまった。
それにしても、仮面の放った黒い魔法。あれはなんだったのだろうか。
基本五属性のどれにも当てはまらないあの魔法。初めて見る色や形だったけれど、その正体についても先生や長官に尋ねる必要があるのかもしれない。
そしてジル長官との対話でわかったこの心を読める能力の真価。
僕の左眼に宿っている裏の顔しか持たないこの世界には必要とされていない魔法。心眼。
長官はその全てを知っていそうだったけれど、僕はそれを自分で見つけ出さなければいけないようだ。
裏ではなくひっくり返った表の解答を。
さらにはロイ。
半年して帰ってきたとはいえ、どことなく精神的な脆さを感じる。
襲撃から目覚めた時や僕の心眼を目の当たりにした時など、叫んだり喚いたり、かと思えば気軽に料理を振舞っていたりとなにやら危なげな存在になってしまったことは間違いない。
クロウ曰く、その原因がロイの右眼に宿るという悪魔の力。
悪魔の力の解放により太陽の日が起きてしまったと考えると、再び目覚めさせるのは危険だといえる。
そのためにジル長官やクロウに言われたのが、ロイに悪魔の力や太陽の日に関する事を思い出させないこと。
少しのきっかけも与えてはいけないらしい。
しかし僕はロイの前でこの眼を見せてしまった。まさか他人にもわかる形で眼に力が発現するとは思ってもいなかったのだ。
ロイは頭痛を訴えただけで収まったが、それでもあの苦しみ様。
悪魔の力とやらが解放されてしまうことも考えて、十分に注意しなければならない、か。
「数年分の経験を一気にしたような気分だよ」
世界の裏側に触れたような気がした。
きっと普通の人では関わらないような道なのだ。
同じ上級学校に通っている生徒にもこの道を渡る人間は極めて少ないと言えるだろう。
「この心眼をなんとかしないことには始まらないよなぁ」
長官の命令でもあるのだ。まずは僕が扱いきらなければならない。
この魔法の真髄を見極めて、裏の顔ではなく表の使い方をしなければならないのだ。
***
それから学校が再び始まるまでの数日間は何事もなく過ぎていった。
心眼によるイメージの受信の練習は継続的に続けているがあまり進展はない。
スミレにもアカネにも呆れられる始末。しかしどうしていいのかわからず、きっかけが掴めない現状だった。
「みんな久しぶりね。元気にしてた?」
体育館も元に戻り(魔法の力って本当にすごい)、学校の捜査等も終了したようで僕らは久々の教室にてホームルームを行っている。
クラスの雰囲気は若干暗い。凄惨な事件があって最初の授業だ、仕方あるまい。
「気持ちも落ち着かないかもしれないけれど、大事なお知らせがあるからちゃんと聞いてね」
でも僕らは切り替えなければいけない。
これからを生きていくのは、生かされた僕らなのだから。
「再来週から研修旅行へ行く事が決定しました!」
「えぇぇぇぇ!」
クラス中が沸きに沸いた。
そんなの聞いていないぞ。
「みんなも今のままでは授業に全然集中できないでしょ。そこで一年生の先生で話し合って、気持ちをリフレッシュさせるためにも研修旅行に行こうという案が出たの」
「すごい!場所はどこですか?」
「何日間行くんですか?」
あらゆるところから質問が飛び交う。
この光景を見れば、それほど気持ちの切り替えに心配はいらないのかもしれない。
まぁ彼らは本当の当事者でもないから些細なきっかけで大丈夫だとは思うのだが。
「はいはい。わかったから!場所は西部。カルーシャという西部独自の発展を遂げた町並みを見学しに行きます。期間は二泊三日。もちろん、遊びじゃなくてちゃんと見学内容をレポートにまとめてもらうからそのつもりで」
西部か。そういえばロイとクロウはついこの前まで西部に逃げていたっけ。
襲われて東部に戻ってきたんだよな。危険じゃないんだろうか。
僕は先生にこっそりと近づいて質問する。
「先生、西部ってこの前ロイ達が襲われたところですよね。大丈夫なんですか?」
先生は笑顔で小さく答える。
「大丈夫。この旅行にはジル長官が護衛にまわってくれるから」
ジル長官すら召喚してしまうとはカナタ先生の行動力といったら。
しかし、長官の過密スケジュールを三日間も頂くなんて、なんとありがたいことだろうか。
「そして今からグループを決めるわよ!各自仲のいい八人組を作りなさい!」
は、八人も?
そんな団体で行動するのか。はて、誰を誘ったものか。
「おっす!久しぶりじゃなあショウ!なんか久々の出番な気がするぜ!」
出番ってなんだよ。ずっと一緒にいただろうが。
「なんだよチャイ。朝から暑苦しいぞ」
「堅いこというなよ!な!俺と組もう!あぁそうしよう!」
まぁ八人だし陽気なチャイがいれば班も楽しくなるだろうな。
「とりあえず後六人集めないとな」
「私も入るから五人でしょ」
「あ、いたんだ、アカネ」
「私抜きに始めるとはいい度胸じゃない。ぶっ飛ばすわよ」
いっつも一緒じゃないか。
なんか嫌な予感がする。またいつものメンバーになりそうな、そんな予感がする。
「おぉご両人!休みの間は何度逢瀬を重ねていたのかい!」
「うっさい野蛮人。アンタさっさとメンバー見つけてきなさいよ」
アカネの口が日に日に悪くなっているような気がするのは気のせいだろうか。
チャイはにこやかに朗らかに飛び跳ねながらロイとクロウを誘いに行っていた。
「おっすご両人!ロイとクロウも承諾してくれたぜ!これであと四人だな!」
「どうして私が入っていないのかしら」
「おや?いたのかい」
「さっきからご両人、ご両人言ってたじゃない!」
「なるほど。呼ばれている自覚はあったのな!」
「ショウ、コイツを黙らせて!」
喧嘩はよしてくれよ。な。
「あと三人誰を誘おう?」
「おーい、ショウくーん。聞こえてんのー?」
四人を三人に訂正してあげただけでもありがたく思えよ。
「チャイ君。チャイ君、私とどう?」
おやおやマリンじゃないか。
チャイの左袖を引っ張っちゃって、ここは付き合ってるのかな。
「お!マリンか。どうだショウ?マリンも入れてあげようぜ!」
「いいんじゃないか?これであと二人だな」
「あのー、えっと、それとね。私と組もうって言ってくれた子がもう一人いるんだけど、誘ってもいい?」
「さすがはマリン。早く呼んで来いよ!」
マリンはその友達を呼びに行った。
意外とスムーズに決まってるな。いつものメンバーだけれど。
「じゃあ後一人だな。どこかに売れ残ってる寂しい奴はいないかねぇ」
「そんな言い方しなくても。まだみんなあんまり決まってなさそうだぞ」
先程からチャイは前の席の方をチラチラ目配せしているんだが。
あぁ、なるほど。その視界の先にはスミレが一人ぽつんと座っていた。
チャイめ。スミレに聞こえるようにわざと大きな声で口に出したな。
「チャイ君。連れてきたよ」
「おぉー!リズじゃないか。美人さんを連れてくるとはマリンもなかなかやるな!」
「こら!チャイ君!恥ずかしいでしょ!」
リズと呼ばれて連れてこられた生徒はよくマリンと一緒に行動している女の子だ。
栗毛色のショートボブ。きょとんとした目が可愛らしい。
このクラスの隠れた美人といっても過言ではないだろう。
なかなかマリンもやるじゃないか。うむうむ。
ま、それほど喋ったことはないんだけれど……。
「ショウくん、よろしくね」
「あぁ。楽しもうな」
キラキラした目に虜にされそうになったのは言わないでおこう。
というか、言う前にアカネからものすごい視線を感じる。
「アンタいま見とれてたでしょ」
だって胸が大きいんだもん。なんて言えるはずもなく。
アカネの胸が小さいんだもん。なんて言えるはずもなく。
「挨拶しただけだろ」
「嘘!絶対いま変なとこ見てた!」
「アカネの頭が変なんじゃないか」
胸は見てたけど。そうですとも。見てたけども!
「さぁて後ひっとりどうっすっかなぁ!」
チャイは大きな声を上げながらジリジリと後ろ向きにスミレの方へ近づいていく。
コイツ絶対からかう気満々だな。
「もしもし、そちらで御一人を貫いているお嬢さん。俺たちのグループあと一人だけ、そう、あと一人だけ足りないんだけど、どうしますかい」
チャイはスミレが交流を絶っていた半年間の間もたまにちょっかいをかけていた。
無論、全て無視だったが。
「おや?震えているのかい?おやおや?」
チャイを敵に回すと恐ろしいということを肝に銘じておこう。
本当にスミレはプルプル震えていた。
怒りなのか恥ずかしさなのかどちらか後ろ姿では判断できないが。
「は……」
スミレはなにか言いかけた。
「入ればいいんでしょう!入れば!貴方達私が加わることを光栄に思いなさいよね!」
クラス中が静まり返る。
スミレは真っ赤な顔してこちらを見て叫んでいた。
「お、おう……」
なにを差し置いて、散々いじりにいじっていたチャイが一番驚いていた。
身体固まってるぞ。
「スミレ、やっぱり変わったよな」
「えぇ。もはや変わりすぎて自分のキャラ見失いつつあるわね」
財閥のお嬢様という肩書きがこの瞬間から崩れ去ったのだった。




