2-14. 悪魔の力
数分もすればロイの苦痛も収まったようで正常に呼吸ができるほどまで回復していた。
顔は相変わらず険しく化物でも見たようなままだったが。
「ロイ、一体どうしたんだい」
大きく深呼吸をして落ち着かせてから口を開くロイ。
「わからない。頭の奥がぐちゃぐちゃにされるような痛みに急に襲われて……」
病気かなにかだろうか。
それとも僕の心眼の副作用でも起きたのだろうか。
きっかけも掴めぬまま、とりあえず僕たちはロイを部屋まで運ぶことにした。
***
「おい、どうして余計な奴らまで帰ってくるんだ」
部屋に帰るとクロウはコーヒーを片手に本を読んでいた。
先ほどの怒りは収まったのだろうか、声は少し大人しくなったけれどアカネとスミレまで帰ってきたことを確認するとまた目が険しくなってしまった。
「いいじゃない。お話しましょ」
「断る」
相変わらずといったところ。
「ロイ。顔色が悪いぞ。大丈夫か」
ロイのことになるとクロウって本当に優しくなるよな。
小さな変化にもすぐ気がつくし。
「うん、大丈夫。また頭の痛みに襲われて……」
また?あれが初めてじゃないのか?
「なんだと!貴様ら、一体何をした!」
ロイの肩を持ちこちらを叱りつけるクロウ。
どうしてそんな強い殺意を何回も披露できるんだクロウは。
「私たちは何もしていない!ロイが急に頭を抑えて倒れたの!」
「そんなはずはない。貴様らが何かしたからに決まっている!」
アカネの言葉を全く聞いていない様子。
クロウは挙動不審な点が多すぎる。沸点を迎えるタイミングがよく掴めない。
「どうしてそう思うの」
「……」
そして僕は先程の疑問をぶつける。
「以前に痛みが襲った時も何かきっかけがあったの?」
「お前……」
クロウに睨みつけられるが僕も引くに引けない。
理由がわからないと納得できない。
「クロウ、そんなに必死にならなくても」
「お前が心配なだけだ。ロイは何も考えなくていい」
どうしてクロウはそこまでロイに執着しているのだろう。
「もし原因がわかっているなら教えてよ。じゃないとまたロイを傷つけてしまうかもしれない」
教えないわけにはいかないだろ。
僕だって知りたいんだ。
「だから俺たちのことを詮索するなと言っただろ。それがお前らにできる唯一のことだ」
「過去のことを掘り返さなければいいの?」
「あぁ。何も聞くな。何も知ろうとするな。それだけでいい」
過去のことに触れることがロイの痛みの原因なのか。
はたまた、クロウが詮索されたくないという理由にロイの痛みを持ち出しているだけなのか。
はっきりとしたことは言えないけれど、クロウは嘘は言っていないように思えた。
相変わらず彼の心は読めないけれど。
「でもさっきはロイのことに何も触れていないけれど」
スミレは言う。
「知ったことか」
一つ。思い当たる節があった。
それはアカネにもスミレにもわからないこと。
僕だけが知っていること。
クロウが言うように、もし痛みの原因がロイに関する何かであるならば。
きっとそれはこの眼が原因なのだろう。
ロイが持つというもう一つの、眼。
右眼に宿っているかもしれない、片割れの、眼。
どういう経緯で痛みが襲ったのかはわからないが、彼の前でこの眼の話をするのはやめるべきだろう。
長官にもそう言われたばかりじゃないか。
眼のことはロイには話さないでくれと。長官に頭を下げられるほどの内容なのだから。
「勝手にしなさい」
と、スミレはクロウを真似るかのように言い捨ててみせた。
クロウはロイをソファへと座らせる。
「じゃあショウ。さっきの続きをしましょう」
本当にお構いなしだな、スミレは。
ロイが隣にいる状況でまた眼を話題に出すのは気が引けるんだけれど。
「ここでしなくてもいいだろ?」
「どこでしてもいいでしょう」
もし。
クロウにもこの眼を見せたらどうなるんだろうか。
僕の中の悪い心が囁く。
ロイが持つという眼。ロイにこれだけ固執するクロウのことだ。それを知っていてもおかしくはない。
ロイを犠牲にするようで申し訳ないけれど、僕の中の好奇心は収まらないのも事実。
「わかったよ」
「何をするつもりだ」
ほら、クロウは食いついてきた。
まぁ人の部屋で何勝手にやってるんだとも思うが。
「勝手にしろって言ったのは貴方でしょう」
「目障りだ。出て行け」
「貴方が出て行きなさい」
「ここは俺たちの部屋だ」
「ショウの部屋でもあるのよ」
もちろん、スミレの部屋ではない。
「ショウ、どっかいけ」
「ごめん、どうもこのお嬢様を動かすのは無理みたい」
「……勝手にしろ」
考えるのをやめたといった様子。
お嬢様の強引さには頭が上がらないなまったく。
――三年前、助けられた時のことを見たままに教えて。
――……。
薄らと作り上げられていくイメージ。
目の前がぼやけその時の光景が練りこまれていくように重なっていく。
しかしどうもうまくいかない。
きっと情報は送られてきているんだろうけれど、僕が処理しきれていないような感じだ。
うまく焦点を合わせることができない。
そもそもどういう伝わり方をしているんだろう。
僕が無理矢理引き出しているのか、スミレの感情がリアルタイムに伝わってきているのか。
この映像の主は僕なのかスミレなのか。全くわからない。
「何をしている……」
クロウの言葉で僕の集中は途切れた。
見開いた目。震える声。
「ちょっと邪魔しないでくれる?」
「何をしていると、聞いている……」
そういえばクロウにはこの眼のことを話していないんだった。
しまった。すっかり忘れていた。
好奇心のままに一歩踏みとどまって考えるということを忘れてしまっていた。
「こ、これは……」
「ショウの魔法の練習よ。わかったら邪魔しないで」
言うべきか。言わないべきか。
そんなことを迷ってる暇もなく僕はクロウに腕を掴まれた。
「黙ってこっちにこい」
「ちょっと!邪魔するなといったはずよ!」
「明日にしろ」
僕はクロウの気迫と力に押されて何も抵抗できずに奥の部屋へと連れ出されてしまった。
怪訝な面持ちを浮かべるみんなを残してパタリとドアは閉じられた。
「今練習していた魔法を教えろ」
どことなくクロウは焦っているように見えた。
「そ、それは……」
「言わなければ殺す」
腕が首へと伸びる。クロウは本気だ。
人を平然と殺してきたやつなのだ。僕だってその一人に変わりないのだ。
仕方ない。こんなところで死ぬ理由もない。
「僕は人の心がわかるんだよ。僕に向けられた感情だけだけど」
「……」
腕の力がなくなりドサッと膝から崩れ落ちる。
クロウは僕を冷たい目で見つめている。
「人の心が、わかるだと」
「うん」
「じゃあさっきの練習はなんだ」
隠しても仕方がない。
「あれは相手の考えている情報を視覚的に得られないかっていう実験みたいなもので……」
「……」
クロウは震えていた。
どうしたらいいのかわからない、といった様子だった。
――まずいまずいまずいまずい。どうする。殺すか。いや、殺せばきっとまたロイは……。
ダダ漏れだった。
日頃全くといっていいほど聞こえなかったクロウの心の声が丸聞こえだった。
きっと今まではあえて他者に感情を向けていなかったのだろう。
それがどうだ。この焦り様は。
「僕を殺せば、ロイはどうなるの?」
そして僕はクロウに追い打ちをかける。
この言葉にクロウはさらに動揺する。
「くっ、お前……」
目の焦点が定まっていない。額からは汗がにじみ出ている。
いつも冷静沈着だったクロウにあるまじじ姿がそこにあった。
「僕に隠し事しても無駄だよ」
心を鬼にした。
これもロイのためなんだ。ロイの抱えている何か大きなもの。それを知るためなんだ。
「……誰にも言わないと誓えるか」
クロウに勝った。そんな気がした。
でも心臓が張り裂けそうだ。
「うん」
そしてクロウは重く閉ざされた口を動かす。
「ロイには悪魔の力が眠っている」
「……悪魔の力?」
いきなりクロウは途方もないことを言い出すもんだから拍子抜けしてしまった。
そんな神話じみた話をどう信じればいいというのだ。
「信じられないか?じゃあこう言えばいいのか」
――太陽の日は悪魔の力が原因だ。
太陽の日を起こしたのが悪魔の力だって。
ロイは誰かに操られてあの事件を起こしたと説明されたけれど、その制御する力というのがもしかして悪魔の力というものなのだろうか。
「悪魔の力によってロイは自分でも制御できない力を解放した。それを起因に太陽の日が生まれた。今はその力も落ち着いているようだが、いつ再び解放され、甚大な被害をもたらすのかわからない」
どうしてだろう。
魔法と形容しないあたりに感じたのかもしれないが。
僕の中に結びつくものがあったんだ。
「……それは、この眼と関係あるの?」
「あぁ。さっき眼を見たときに確信した。同種の魔法だと。ロイの力も眼に発現したようだった」
「もしかして、右眼?」
「そうだったと思う」
繋がった。仮面の目的も、僕の疑念も。
ロイは右眼に悪魔の力と呼ばれる魔法を宿しているのだ。
じゃあ僕が左眼に宿しているこの力はなんなんだ。
これも悪魔の力と形容されるべきものなのだろうか。
それもそうか。
人の心を読めるなんて、人からすれば悪魔にもなるだろう。
「でも、どうして僕の魔法がロイにとってまずいことになるの」
僕がロイの感情を読み取った時も何も起きなかったが。
どうしてここまでクロウが必死になるのかがわからない。
「逃亡中にもその前にもロイは頭の痛みを訴えることが何度かあった。それは太陽の日、悪魔の力に関することを思い出そうとしていた時だった」
やはり昔にもあったんだ。
「右眼に宿る悪魔の力は復活の時が時々刻々と迫っているような様子だ。太陽の日を起こして以来、姿を見せない様子だったが、最近痛みの頻度も増している。どれも悪魔の力に関わる度に起こっているんだ」
そうか。
あの時ロイを襲った痛みは、ロイが僕の眼を視認したから起きたんだ。
これまでは心を読めるという能力だけを披露していたから大丈夫だったけれど、その能力と眼がつながってしまったんだ。
それでロイの右眼が共鳴を起こしたんだ。
僕は早速長官との約束を反故にしてしまった。
こんな形で眼に現れるとは知らなかったから、仕方ない、といえば仕方ないのだけれど。
「だからクロウは僕たちに詮索するなと言ったんだね」
「そうだ。太陽の日や悪魔の力に繋がるようなことをロイが思い起こせば、再び力が解放されると思ったからだ」
クロウは今まで必死にロイを守ってきたんだ。
ロイだけじゃない。そばにいる僕たちを陰ながら守ってきたんだ。
不器用なやつだよ。正直に話してくれればいくらでも対応できたのに。
「もっと早く話してくれよ」
「お前らが信じる確証がなかった。だけど眼を見て確信した」
――これで、うまくいったのか?
クロウの顔を伝う汗に若干の違和感を覚えながらも、僕は納得したのだった。




