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2-13. 行き違う記憶


「どうしてあんなに怒ってたんだろう」


「俺にもわからない。だけど、多分クロウは特に自分のことを調べられるのが嫌なんだと思う」


確かにクロウは自分のことを今まで何も話さなかった。

出身も親もそういえば知らない。

でもわざわざ自分から話すものでもないから気にもとめなかったんだけれど。


「俺もクロウのこと深いところまで知っているわけじゃないんだ。俺にも話さないこともあるし。だから、そんなに責めないであげて」


あまり人の過去を漁るのはよろしくないんだろうけれど。

そこまで言われるとクロウの昔話も気になってしまう。

けれど、それも胸の内にしまっておこう。


「私には、あまりそうは見えなかったけれど」


アカネは言う。


「私もショウもスミレも、誰もクロウの過去を調べようだなんて思ってもいないし、聞いてもいないわ。私たちが調べていたのはテトラス・エドのことだけ。どうしてそれを自分の過去を詮索されてると解釈するのかしら」


「それだけじゃなかったかもしれないと判断したんじゃないのか?」


「まぁ、そうかもしれないけれど」


人というのは言葉の裏側まで変に勘ぐってしまう時があるからな。

僕には本当の気持ちしか伝わってこないけれど、自分のことを知られたくない人間からしたらちょろちょろ動き回る人間に少しは抵抗を感じていたのかもしれない。


「あのさ、ずっと気になっていたんだけど、どうして君たちは、そのテトラス・エドというものに固執してるの?」


ロイがその一員だと思っていたからだよ。

つい昨日まで。


「ショウたちは関係ないわ。全部、私のせい」


「スミレの?」


「私は過去にテトラス・エドに命を救われた経験があるの。だから、エドを探して、お礼を言いたいだけなのよ」


お礼を言いたい。

そこまで聞いていなかったけれど、それがスミレの本心なのだろう。

ただ会って、向き合って、直接お礼がしたい。それだけなのだろう。

何も復讐心や猜疑心に満ちた行動でもないんだから、クロウもそんなに警戒しなくてもいいはずなのに。


「そっか。でもテトラスは登録制だから照会してもらえばすぐにわかるんじゃないの?」


初めて知った情報。


「照会してもなかったから探しているのよ。登録も抹消も記録すら残っていない、裏の世界のテトラス。都市伝説的なものだから」


スミレはそりゃ調べているよな。


「そんなテトラス、聞いたことがないけれど。長官に聞いてみようか?」


「もう聞いたわ。知らないとおっしゃっていたけれど」


「本当にそれはテトラスだったの?記録もなくて長官すら知らないテトラスはもはやテトラスとして存在してはいけないと思うんだけれど」


国に認可されておらず、国のトップも知らない幻のテトラス。

テトラスと自称しているだけだったりしてな。はは。


「でも私は助けられた。それがエドが実在する何よりの証拠よ。そして私は、その一人が貴方だと思ってる」


「だから、さっきも言ったけれど僕はスミレを助けたことなんて一度もないよ」


どうして二人の記憶はこうも矛盾しているのだろう。

スミレが正しいとすればロイは嘘をついているか助けた人物とスミレが結びついていないだけであり。

ロイが正しいとすれば、スミレは助けられた人物を思い違いしているということなのだろう。

流石に助けられたことすら嘘なことはないだろう。


「ショウ、俺が嘘をついてないことを証明してあげてよ」


「え、いや、でも」


おい、ちょっと待て、ロイ。

それは僕がスミレに心眼のことを語れということか。


「どうする、アカネ」


「さぁ。ショウの好きにしなさいよ」


「何?コソコソと。ロイが嘘をついていないことをどうして貴方は証明できるのかしら」


みんな僕を見つめないでくれよ。

はぁ。まさか上級学校に進学してこんなにも自分の能力について言いふらすことになるとは思いもしなかったよ。

でも、スミレなら、まぁいいだろう。

それにこの魔法と向き合っていくと決めたばかりじゃないか。


「スミレ。信じがたいかもしれないけれど、僕は人の心がわかるんだよ」


そして僕はスミレに心眼のことと、それに伴って仮面の襲撃のことについて隠さなければいけないこと以外を打ち明けた。

終始信じられないというような表情だったけれど、これが事実なんだ。

心眼という眼のことまでは詳しく語らなかったけれど。

それでも目の前のお嬢様はまだ疑っているようで。


「じゃあ今、私が考えていることわかる?」



――バカバカバカバカバカ。



このお嬢様、孤高を気取っているけれど実際はすごく子供なんじゃないかと死ぬほど思った。

仕方ない。僕がスミレの手助けをしてあげることにしよう。


「ロイってすっごくかっこいいのね」


「殺されたいの?」


「本当にライバルにして良かった。私の最高の……」


言い終える前に爆炎が飛んできた。

反射的に魔法を打ったのだろう。心の声は全く聞こえなかった。

それはすなわち、壁まで吹き飛ばされたわけで。


「バカバカ!そんなことひっとことも言ってないわよ!消し炭になりたいの!?」


スミレってアカネ以上に顔が赤くなるんだな。

お嬢様だからだろうか、その辺の振る舞いが苦手と見える。

いや単純に今までこんないじられ方をされてこなかっただけか。


「違うわよ!ロイ!ショウが言ったことは断じて!」


「違うの?」


上目遣いで少し寂しそうな表情をスミレに見せるロイ。

明らかに狼狽えるスミレ。

ロイって意外とあざといな。天然かもしれないが。


「え、いや、その、嘘、ではないけれど、いや、嘘かも、しれないけれど、その、今、考えたことではなくて、いや、いつも考えてる、わけでもなくて、えっと、その」


もう少しこの可愛らしいスミレを目に焼き付けておきたかったが流石に可哀想になってきたので。


「スミレはバカバカバカバカ罵る言葉ばっかり吐いてたよ」


「最初っからそう言いなさいよ!」


嬉しかったくせに。


「でも貴方が心を読めるのは本当のようね」


「まぁ僕に向けられた感情だけなんだけどね」


何度も言うけれど。

独り言や他者に向けられた感情は全くと言っていいほど聞こえない。

そこだけ取り上げれば常人と同じなんだけれどなぁ。


「ということは、ロイの言っていることは本当……」


「そういうこと」


だからスミレの勘違いなんじゃないかと。自分の心に嘘は付けない。


「でも、私も嘘をついている自覚はないわ」


きっとそうなんだろうけれどなぁ。

だから導き出される結論は一つ。


「ロイもスミレも嘘を言っていないとすると、ロイに助けられたっていうその事実が思い違いだとしか考えられないよ。スミレの勘違いならこの状況は成立するだろ?」


「……そうだけど、あまり信じられないわ」


それでも、そう納得してもらうしかないのだ。

スミレを助けた人物は他にいると。


「貴方、一昨日の戦いで相手の心を掌握できるようになったと言ったわね」


そこまでは言ってない。


「掌握、というか、強制的に質問に答えさせるのがやっとだったよ」


「それ、私にやってみなさい」


何を言うかこのお嬢様は。


「え?嫌だよ。そんな、倫理的におかしいだろ?」


「倫理観を持ち込んだら貴方自身が倫理的におかしい存在になるかしら」


正論ばっかりいいやがって。


「なんでそんなことしなくちゃいけないんだよ。僕は友達にこの能力を使うほど悪人じゃないんだけれど」


「私は貴方の友達になった覚えはないわ」


そこかよ。

いや、僕もつい言ってしまっただけだけど、そうはっきり宣告されると物寂しい感じがするな。


「私はただ、その能力がどこまで使えるのか見極めたいだけよ」


「何のために?」


「得体のしれない魔法って気持ち悪いじゃない。それに競技祭で使われたら厄介だしね」


テトラス戦もあるし、と。

僕は一番教えてはいけない人にこの魔法のことを教えてしまったんじゃないのか。

はぁ。


「貴方の手に入れられる情報がなんなのか把握する必要がある」


「僕の手に入れられる情報?」


「もしかしたら、私の見た光景そのものを伝えられるかもしれないと思っただけよ」


スミレの見た、光景。

なるほど、そうか。

僕は声による情報だけを受け取ることができるものだと思っていた。視覚的情報まで受け取ることができるとは自分で思ってもいなかった。

そりゃ僕に対してそういった感情を思い浮かべる人などいないわけだから仕方のないことだけれど。


「この光景を見れば、私を助けてくれた人がロイだと貴方も思うかもしれない」


「スミレがいいと言うなら、やってみてもいいけれど」


「早くしなさい」


「恨むなよ、ったく」


この前覚醒したばかりだけど使い方はなんとなくわかっているつもり。

僕はゆっくりと目を閉じ、そしてスミレの心を掴むように目を開き、こう問いかける。




 ――三年前助けられた時の情景を僕に教えて。


 ――……。



言葉の情報は簡単に得られたけれど、視覚的な情報はなかなか自分に投射するのが難しかった。

そもそも僕の眼は今スミレに集中させているわけだけど、視覚の情報はどこにインプットすればいいのだ。

眼に投影してしまってはスミレの姿も見えなくなるし時間的感覚もどうなるのかよくわからない。

言葉だとスッと頭に入ってくるんだけどなぁ。


そして僕はもっと眼に集中する。

情景、情景……。


「どう、見えた?」


「ごめん、ちょっとよくわからない。見えそうな気もするんだけど」


まだぼんやりとしたイメージが残るくらいだった。


「ちょっと貴方、その左眼……」


さらに集中しようとしていた時、スミレが声をかけてきた。

左眼?特に違和感も何もないけれど。

僕の眼がどうしたっていうんだ。

と、不思議そうな顔を浮かべているとアカネが手鏡を僕に差し出した。


「アンタ、左眼、気持ち悪いことになってるわよ」


なんだアカネまで。

怪訝そうに鏡を覗き込むと僕の左眼には不思議な紋様が浮かび上がっていた。

虹彩から四方に伸びる異形。どう形容していいかわからないけれど右目はなんともなく、左眼だけが奇妙に彩られていた。


「なんだ、これ」


心眼、というくらいだからこれがこの魔法の正体なのだろうか。

集中をやめると模様もフッと消えたからきっとそうなのだろう。


「貴方の魔法の残滓かしら」


「わからないけれど、僕の魔法が形となって現れたのが左眼なんじゃないかな」


仮面が言っていた。

二つの眼を手に入れる、と。

それは文字通りの意味だったのかもしれない。

僕の能力が左眼に発現しているとすれば、きっともう一つは右眼に現れるんだ。


それが、ロイなのかもしれない。



「があぁぁぁぁぁぁぁ!」



思わず鏡から視線を逸らす。

途轍もなく大きな呻き声。

声の方に目をやればロイが頭を抑えて倒れ込んでいる。


「どうしたの!大丈夫?ロイ!」


一体何が起きたっていうんだ。

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