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2-12. ライバル対決

結局スミレはロイにエドの話をすることはなく、美味しそうにご飯を食べて帰っていった。

アイツ、一体何しにやってきたんだ。


「ロイ、スミレとの勝負受けて大丈夫なの?」


身体のこともあるけれど、どっちかというと精神的な面が心配だ。

今は平然としているけれど飛び起きた時の衝撃は忘れられない。

戦闘になった瞬間に心が崩れてしまうのではないか、そう心配していた。


「大丈夫だよ。約束は二回も断れないし」


「ロイがいいって言うなら別にいいんだけれどさ」


自分のことは自分が一番わかっているはずだ。

素直にロイに任せよう。


「でも帰ってくるなり勝負しようなんてスミレもおかしな奴だよな。昨日までは誰とも口をきかなかったのに」


「口をきかなかった?」


「あぁロイは知らないんだよな。スミレさ、ロイとクロウがいなくなってから本当に人と喋らなくなったんだよ。それが帰ってきてから人が変わったように喋るもんだからびっくりしたよ」


スミレはころっと変わってしまった。

正確にはロイが帰ってきたからなのか、戦闘で動けなかったからなのか僕には判断できないけれど。

スミレにとってはロイというライバルが相当大切だったんだろうか。


それってライバルなんじゃなくてもはや恋人に近いものを感じるが。


「そっか。明日また謝っとくよ」



 ***



翌日。

僕たちはカナタ先生に魔術競技場の使用許可を得に職員室を訪れた。

テトラスの練習をしたいと言ったら快く貸してくれたもんだから驚きだった。

事件が明けてから時間は全く経っていないから少しは躊躇われるかとも思ったんだけれど。


「久しぶりだもんね。頑張ってね」


と、完全な笑顔ではなかったけれど気張った微笑みを作ってくれてカナタ先生は鍵を渡してくれた。

ただ、実際はテトラスの練習ではなくロイとスミレの一対一の戦闘であるのだから、先生を騙しているようで心が引けた。


「準備はいい?」


「うん」


僕とアカネは並んで、クロウは少し離れてすり鉢状の会場を観客席から見下ろしていた。

号砲が鳴る。

同時に二人の姿が視界から霞む。


「え?」


何が起こったのか詳しくはわからないが、二人が高速で動いているのは確かだった。

絶えず聞こえる足音。光と炎の魔法の打ち合い。

二人の姿を追うことで僕には精一杯だった。


「炎竜よ……」


ピタリとスミレの動きが止まったかと思いきや、スミレの前から巨大な炎の竜が顕現した。

模擬戦の時に見て以来だ。魔術競技祭でもスミレは竜を出さずに優勝してみせた。

これはきっとスミレの本気なんだ。

それに模擬戦の時より威力が増しているように思える。威圧がすごい。

さすが、Sランクにランクアップしているだけある。強さを追い求めていた半年間は本当に近づき難かった。


「炎竜・火弾!」


炎の竜の口から無数の炎の球が繰り出される。

それらはロイの周りをぐるっと取り囲み確実にロイの逃げ場を塞いでいた。


対するロイは光の壁を顕現。炎の球は壁に衝突するやいなやフッと消滅した。

やはりロイの壁は崩せないか。


「炎竜・猛火!」


竜はロイの退路を塞いだかと思うと、数十発の炎の球を一つに集約したかのような巨大な炎の塊を創り出した。

光の壁とぶつかり凄まじい轟音を場内に響き渡らせる。


それでも壁を破ることができないかと思われたが、僕は初めての光景を目の当たりにする。


「壁に、ヒビが……」


歪な線上の亀裂と思しき光の屈折の変化が僕からも確認できた。

メキメキと今までとは違う音を立てている。


模擬戦の時とは明らかに違う。

あの時はロイはいとも容易くスミレの攻撃を防いでいたようだったけれど、今回は違う。

じりじりと、ロイがおされているのだ。


そしてロイはついに動く。

手を壁の前に翳して開く。

するとどうだろう、みるみるうちに壁のヒビが修復していくではないか。


「炎竜・劫火!」


ロイの壁の強化をみると、すぐにスミレは次の技を繰り出す。

炎竜のお腹はどんどん巨大化し、それを一気に口から開放、猛火より遥かに鋭く猛烈な炎の波が壁に直撃した。


「くっ……」


ロイの表情が少し歪み、、そして炎に押され後退する。

ロイが動いたのだ。あれだけ防御の時は不動を保っていたのというのに、そのロイが動かされているのだ。


「収束……!」


流石に耐え切れなかったのか、ロイは壁のみで防ぐことを諦め仮面の強大な魔法をも凌いだあの技を繰り出す。

壁は緩やかに回転し炎を包み込む形で威力を奪っていく。

しかし、仮面の技は球体であったため外部魔力の供給はなかったが、今は炎の波が押し寄せている。

どれほど収束して威力を吸収しようとも絶えず供給される炎の魔法はなかなか収まらない。


「とった!」


スミレの魔法は全て竜を通して現れると思い込んでいたからだろうか。

僕は思い知らされた。

ロイの後ろに現れたスミレに思い知らされた。


竜はあくまで魔法の一つに過ぎないことを。

遠隔操作できるということを。


スミレは竜に炎を吐かせつつロイの後ろを密かに狙っていたのだ。

そして今絶好の位置にいる。ロイは両手を収束という技のため防御に用いているのだ。

ロイが後ろに気がついた時には既に遅し。

スミレから放たれる炎がロイを直撃した。


ドンッ……!!


僕はロイが吹き飛ぶ瞬間を初めて見た。

壁に激突し、前に倒れこむ。

ぶつかった壁は衝撃で縦横に亀裂が入り、スミレの魔法の威力の高さを物語っていた。


「なんだか見ていて悔しいわ。最初にロイを吹き飛ばすのは私だと思っていたのに」


「アカネそんなこと考えてたんだ」


「そりゃそうでしょ!動かずに攻撃を防がれるなんて悔しすぎるじゃない」


ロイとスミレとの一対一。僕はそう思っていたけれど。

目の前の光景はロイとスミレの一対二。

竜は威力を増幅させるものみたいに捉えていたけれど、完全な別個体として独立に機能していた。

一対二なんてロイから見て相当不利な状況であることは間違いなかった。


「……あの竜、もしや」


クロウの呟きが爆音の後の静寂に紛れて聞こえてしまった。


「クロウ、何か言った?」


「いや、特に」


スミレの竜になにを思ったのだろうか。

と考える暇もなく、競技場の中心では動きがあったため意識はそちらに向いた。


「よく立てるわね」


「今、何をした?」


ロイは何が起きたのかわかっていないようだった。


「秘密」


スミレと炎竜はロイを挟み込むような形で立っている。

さて、ロイはこの無慈悲な一対二の状況をどう打開するのだろうか。


「どうする?ロイ。私たちに勝てる?」


「対具現化のセオリーは」


ロイはゆっくりと身をかがめ、両手を前に構える。

一瞬光ったかと思うと、いつの間にかロイの両手には光の剣が握られていた。


「発動者を叩くと決まっている」


消えた。

文字通り、ロイは瞬きの間に消えた。

いや、正しくは、僕の目には追えない速さで動いたのだ。


「なっ……」


スミレの横に刹那の間に移動したロイは、顕現させた光の両短剣で何重にも重なった攻撃を繰り出す。

驚くべき速度と見えるがスミレもこれについていっていた。

しかし、スミレの後ろに高々と身構えている炎竜は身動き一つ取らず鎮座している。


なるほど、具現化を放つ相手へのセオリー。行使者への絶え間ない攻撃。

きっとスミレはあの炎竜を操るだけの余裕がないのだ。

竜はあくまで傀儡としての存在。自我を持たない存在。

操り人がいなければただの置物と化してしまうのだった。


と、これができるのも半年後のロイだからなのだろう。

半年前の彼には攻撃という二文字はなかったのだから。

耐え忍ぶだけの、絶対の壁としての存在だったのだから。


「炎竜・轟炎!!」


スミレはやっとの思いで炎竜を操作するのに十分な距離をとった。

膨大な魔力量。観客席にも伝わる溢れ出す魔法、威力、光景。

きっとスミレのやつ次の一撃に全力を賭ける気だ。


竜の纏う炎の量は瞬く間に増大し、竜を中心に渦巻く形で包み込んだ。

そしてロイの方へと竜が猛進する。


「それに、これは至極単純だけれど」


眩しい光。思わず目をつむってしまう程、腕で覆わなければならない程の強い光だった。

かろうじて見えた視界の先には、竜。

炎の竜を包み込むような、光の竜が、刹那、いたような気がした。

本当に一瞬で、僕なんかにははっきりとはわからなかったけれど。


「力で上回ってしまえば問題ない」


スミレの隣にはいつか見た光景。

ロイはまたもや魔法銃のように手をL字にしてスミレのこめかみに突き立てていた。


「パンッ」


スミレは音と同時に地面に崩れ去った。



「やっぱり、ロイだよ」



会場へと降りると、聞こえてきたのはスミレのか細い声だった。

ロイとスミレ、二人の醸す雰囲気に僕らはそれ以上近づくことができなかった。


「あの時、私を助けてくれたのは、ロイだよ」


少し離れた視界の先、ロイの横にちょこんと力なく座っていたのは財閥の欠片もないただのか弱い女の子。

目には涙をたたえて、頬を伝い荒れた地面を軽く濡らす。


「俺が、助けた?」


「そう。三年前、私を助けてくれた」


「ごめん、俺にはなんのことだか」


スミレの両手が強く握られる。


「覚えて、ないの?」


「覚えてないというか、そもそも、俺はスミレを助けてはないと思う」


「そんなはずない!だって……」


なにやら険悪な雰囲気になってきていたが、それを破ったのは当事者の二人ではなかった。


「いい加減にしろ!」


クロウが珍しく大声を上げ割って入った。


「ロイは知らないと言っているだろう。勝手な妄想を押し付けるな」


「妄想なんかじゃない!私は本当に……ぐふっ!」


クロウはぬるりとスミレの横に現れ口を左手で押さえつけた。


「黙れ。それ以上口を動かすと口ごと潰すぞ」


「ちょっとクロウ!なにもそこまでしなくても!」


度を越えすぎだろ。

確かにスミレの勘違いかもしれないけれどそこまでする必要はないんじゃないか。


「お前たちもだ。これ以上俺たちの詮索をするな」


「詮索って、そんな大したことは」


「俺らのことをこそこそ嗅ぎまわっているのは知っている。言っただろ。もういいじゃないか。ほっといてくれ」


こんなに表情が崩れたクロウを見るのは初めてかもしれない。

いつも無愛想で無表情なのに。


「待って、クロウ。どうしてそんなに怒ってるの」


「……」


「俺は詮索されてる気もしないし、みんなに嫌な思いをしているわけでもないよ」


「……」


ロイの言葉にクロウは反論しなかった。

勝手にしろ、とだけ言葉を残してその場を去っていった。

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