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2-11. スミレの提案

クロウの目が一瞬震えたのを僕は見逃さなかった。


「俺は信憑性のない情報には耳を貸さないようにしているんだ」


「認めないだけで情報は入ってくるでしょ?」


「……で、なんだ?」


クロウも何か察したのか軽く僕の方へ目を向けた。


「この世界で一番強いテトラスって、クロウはなんだと思う?」


クロウの反応が気になってすごく遠まわしに聞いてしまったけれど。

さほど動揺してはいないようだった。


「この世界でって、テトラスが組織されているのは東部だけで西部にはそういった概念はないが」


そういえばロイとクロウは西部にも逃げていたっけか。


「じゃあ東部だけでいいよ」


「さぁな。さして興味がないからな」


そうだろうよ。クロウの興味って一体何かそれも気になるけれど。


「テトラス・エドって知らない?」


「さぁな」


「聞いたこともないの?」


「あぁ」



――お前はなにが知りたいんだ?



クロウの口から知っているという情報を聞き出すことには最初から期待はしていなかった。

心の声が聞こえるのを待っていたんだ。

ただクロウは心を閉ざすのが上手いのか、あまり確証のある情報は得られなかったけれど。


「そっか。クロウだったら何か知ってると思ったんだけどな」


そこで僕はクロウに揺さぶりをかける。


「じゃあロイにも聞いてみようかな」


チラリ。

ロイの名前を出したんだ。もしロイが何か関係しているならクロウのことだ、何か反応を見せるはず。


「勝手にしろ」


僕の思惑とは裏腹にクロウは平然と、声色一つ顔色一つ変えることはなかった。



――どうせ知らない。



クロウの心も僕の期待を裏切っていた。

勝手にしろと言われたからには勝手にさせてもらおう。

クロウの下から離れて僕はロイのもとへと足を止める。


「ロイ、身体の具合は大丈夫?」


「うん。結構良くなったよ」


決して笑いはしないけれど、ロイの声は震えることもなく半年前のロイの声に戻っていた。

少しは安心してくれたのだろうか。


「クロウから二、三日前の襲撃が一番大変だったって聞いたんだけど、大丈夫そうでなによりだよ」


「死ぬかと思ったけれどね。死ぬわけにはいかないって思ったんだ」


何度も死ぬ思いを経験しているというのに。

意外とロイが前向きな考えを持っていたことに少し驚きはしたけど単純に嬉しかったのは確かだ。


「そっか。本当に戻ってきてくれてありがとう。ロイのおかげでこの命も助かったし」


「俺たちが招いた事件だから。巻き込んでしまってなんと言っていいかわからないよ。先輩にも、本当に」


そんな責任を感じないでくれ。僕にも責任の一端があるのだから。


「ブルーム先輩も助けてくれたんだ。こうして生きているのはブルーム先輩のおかげでもあるんだ。先輩にはしっかり生きている姿を見せることが、恩返しになるはずだよ」


「うん、ありがとう」


僕の言いたいことを察したのかロイは悲しげな表情を浮かべながらも、無理矢理笑ってみせた。


「ところでさ、ちょっとロイに聞きたいことがあるんだけど」


「なに?」


果たしてロイは知っているのだろうか。

スミレが言うように、本当にテトラス・エドの一員なのだろうか。

早くなる鼓動を抑えながら静かに口を開く。


「テトラス・エドって聞いたことある?」


「……テトラス・エド?」


首をかしげて斜め上を見上げるロイ。


「ごめん、知らないな。有名なテトラスなの?」


口ではそう言っているけれど、実際の気持ちはどうなんだい。



――エドってなんだろう。聞いたことあったっけ。



「いや、ごめんごめん。変なこと急に聞いて悪かった」


本当に知らなかったのだ。ロイは。

ということはスミレの思い違い、勘違いということになるが。

スミレがあれほど真剣な表情をして、財閥であることも忘れて本気になるなどあまり考えにくいものだけれど。


でも、それでも、そうだとしても、ロイは知らないのだ。

誰も心を隠すなんてことできるはずもない。


スミレの手がかりも海の藻屑と消えてしまって。

テトラス・エドに関する謎は深まるばかりだった。



 ***



僕とロイとクロウの新しい共同生活の部屋は想像以上に広かった。

寮にこういうスペースがあるのには驚きだ。

しかも男子寮の最上階。特別スペースといっても過言ではない。


少ない荷物を前の部屋から移動させた後、僕は男子寮と女子寮を繋ぐ共同スペースへと足を運んでいた。

ロイとクロウにはちょっと出かけてくると告げて。

彼らから深い詮索を受けることは一切なかった。


「遅いわよ、ショウ」


「ごめんごめん。ちょっと手間取っちゃって」


荷物を運ぶ用事以外に特に用事もなかったし、すぐにやってきたつもりだったんだけれど。

そこまで怒らなくてもいいじゃないか。


「こんなところに呼び出しておいて、何かしら、話って」


アカネに携帯でスミレと話がしたいと呼び出してもらっっていたのだ。

足を組んで若干不機嫌そうなお嬢様がアカネの隣に腰掛けている。


「テトラス・エドについて情報を手に入れたからさ」


「本当!?早く言いなさい!」


わかった。わかったから。

そんなに勢いよく立ち上がって僕の胸ぐらを掴まないで欲しい。


「ロイは知らなかったんだ。テトラス・エドについて。これっぽっちも」


掠れた声でスミレに伝えると、腕の力がフッとなくなり喉が楽になった。

相変わらず掴まれてはいるのだが。早く離してくれ。


「直接聞いたの?」


「そうだよ」


「嘘の可能性は?」


僕自身、完璧な確証があるのだがスミレに心眼のことを話すわけにはいかないよな。


「とても嘘ついてるようにも見えなかったよ。本当に何も知らなそうだった」


「……そう」


どれくらい信じてくれたのかはわからないが、この落ち込み具合からして一応は僕の言葉を飲み込んでくれたらしい。


「やっぱり何かの勘違いだったんじゃないのか?」


「……わからない」


スミレの勘違い。僕の中ではそういう結論に至ったんだけどなぁ。

スミレはやきもきしているに違いない。


「私も直接聞くわ。貴方達どういう訳か知らないけれどテトラス班で一緒に生活するんでしょう?案内しなさい」


聞いても同じだと思うけれどそれでスミレの疑念や機嫌が収まるのならそれでもいいだろう。

僕とアカネは素直にスミレを僕たちの部屋へと案内することにした。


いや、ちょっと待てよ。

どうやらカナタ先生の所為で僕らの共同生活はいつの間にやらアカネも含めた四人の生活ということになっているらしい。

やれやれ。

アカネの満足気な表情と言ったら。こっちを見るな。



 ***



「あ、おかえり」


一同、沈黙。

目の前に立っているのは誰だ。誰なんだ。


「どうしたの?大勢で固まって。中に入れば?」


僕も含めてアカネもスミレもエプロン姿のロイに度肝を抜かれてるんだよ。


「お、お邪魔します」


「賑やかだな」


クロウはソファに腰掛け新聞を読んでいた。

え、これ、どこの家庭の光景ですか?


「ロイ、アンタご飯作るのね」


「そうだよ」


「昔から?」


「うん」


と言いつつも作業はやめないロイ。主夫だ。コイツ、主夫してる。


「そういえば夕御飯の時、ロイとクロウを寮の食堂で見たことなかったけどもしかして」


「夕飯はいっつも作ってたよ。今日は久しぶりだけど」


「アカネ、いよいよ立場がなくなってきたんじゃ」


「うるさいわね」


ご飯のお世話をするんだからと張り切っていたらアカネだったけれど、すっかりお株をロイに奪われてしまっていた。

いよいよアカネが共同生活する意味が見失われつつある。


「で?お前の後ろに立ってるお嬢様はなんの用だ?」


クロウがこちらを全く見ずに聞く。


「ひ、久しぶりだから、顔、見に来たのよ」


なんでちょっとモジモジしてるんですかスミレさん。

貴方は財閥の娘ですよ、スミレさん。

もっと堂々と。ね。スミレさん。


「あぁ、久しぶり、だね」


ロイもスミレのことに気がついたのか少し戸惑い気味。

きっと半年前の約束のことを思い出しているのだろう。

スミレはテトラスで戦うことを本当に楽しみにしていたようだったからな。


「まったく、帰ってくるなら連絡のひとつくらいしなさい」


「ごめん」


「半年間何やっていたの?」


「ちょっと、いざこざに巻き込まれて」


「あの仮面の変な奴は何者?」


「俺にもわからないよ」


スミレはロイとクロウが休学した理由を知らない。

と言うか僕とアカネ以外、生徒で本当の理由を知っている人間は誰ひとりとしていないのだ。

スミレにはきっと聞きたいことがテトラス・エドの他にも山ほどあるんだ。

実はエドの話題はただの口実だったのか。


「……私がどれだけ心配したと思っているの?私との戦いからも逃げておいて、何様のつもり?」


「一応、ショウにいけないと伝えてはいたんだけど」


「直接言いなさい」


「いや、連絡先、知らないし」


そういえば僕もスミレの連絡先を知らない。

財閥関係の人物の連絡先を聞くのはおこがましい気がしたんだ。

スミレを見るとポケットから携帯を取り出していた。


「じゃあ今教えるから、貴方の連絡先も教えなさい」


「ごめん、今携帯なくしてて」


「貴方、私のライバルという自覚はあるのかしら」


大丈夫。自称だけど、もはや他称になりつつある。

ロイがスミレのライバルということは全校生徒みんなわかっているよ。きっと。


「明日、勝負しましょう」


「えっ?」


おやおや、これは予想だにしない展開。


「半年前の続きよ。約束は守ってもらうわよ」


「スミレ、もしかして、僕たちも?」


半年前の続き、つまりそれはテトラス戦をやろうというのか。


「貴方のような人間と戦うわけないじゃない」


「そ、そうですよね」


ホッとしたのは顔だけに出しておこう。


「でもスミレ、ロイたち帰ってきたばっかりだしさ。戦いで疲れてもいるだろうし、もう少し後にしたら」


スミレは知らないだろうけど、ロイとクロウは半年間絶えず襲撃を受けてきて心身ともにボロボロのはずなんだ。

ロイも今は普通に見えるけれど、いざ戦いが始まればどうなるかもわからない。


「関係ないわ。約束は約束。帰ってきたんだから果たすべき」


「いや、でも」


「わかったよ」


僕は抵抗したけれど、本人からの許可が下りてしまってはどうしようもない。


「スミレには申し訳なく思っていたし」


「そんな罪滅ぼしで望まないでくれる?私は本気でいくから」


スミレさん。エドの話はいいんですか。


「いいのか?」


と、クロウ。相変わらずじっと新聞を眺めているが。


「うん。大丈夫」


ロイは作業へ戻った。美味しそうな匂いが強くなる。


「ほら、要件が済んだんなら帰れ」


「なぜ?もうすぐ美味しいご飯ができるわ」


スミレは一緒に食べる気満々だった。

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