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2-6. 眼力


「さぁ、何から話そうか」


聞きたいことは沢山あった。

この能力のことも。ロイとクロウのことも。仮面のことも。魔法のことも。この世界のことも。

いい機会だ。全部長官に聞いてやろう。ただし、その順番は長官に任せるべきなのか。


「その前に一つ。約束してくれないか。今からここで話すことは世界の均衡を崩す恐れもある話だ。私とカナタ、それと後ろで寝ている当事者のロイとクロウ以外に他言しないと、誓ってほしい」


世界の均衡。

王政が終末を迎えて15年、この世界は東と西に領土を分けることにより安寧を得た。

理由は詳しくは知らないが圧政から脱却し、現に世界は落ち着きを見せはじめているらしい。

苦難の末得た均衡を、崩す、話。

魔法という裏を返せば危険な能力の、話。


「わかりました」


拒否なんてできるわけがないのだ。


「ありがとう。さて、まずはどうして今日のような凄惨な事件が起きたのか、順を追って話すことにしよう」


いよいよ長官の口から真実が語られるのを前にして、微かに鼓動が早くなったのを感じた。


「事の発端は半年前、そう、ショウ君がロイとクロウに対する仮面の襲撃を目撃した時に遡る。彼らは軽い襲撃を受けた際に仮面の強さや脅威を感じたのだろう、すぐさま私のもとへ相談にやってきた。二人は学校が襲われるかもしれないとやけに必死でな。ショウ君やアカネ君といった友達に被害が及ぶと血相を変えて嘆願しに来たのを今でも覚えているよ。そこで私は学校を休学させ、隠れ蓑として私の家に彼らを住まわせた」


「ちょ、ちょっと待ってください」


ジル長官。ごめんなさい。まず前提からわかりません。

慌てて順を追って話すと言ったジル長官を制する。


「どうして、二人はジル長官のもとへ?」


ロイとクロウが持つ長官との繋がりとはなんだろう。

そういえば、長官はロイとクロウのことを知っていたようだが。


「あぁすまないな。私は身寄りのない彼らを預かっているのだよ。父親の代わりと言ったらいいかな」


身寄りのない、彼ら。

そうか。二人とも孤独だったんだ。

寮に住んでいたし、僕も僕で本当の両親は既に亡くなっているから親の話は彼らとはしなかったけれど。

それでもロイは父親に学校に行けと言われていたそうだし、家庭環境に問題はないと勝手に思っていたが、なるほど、長官が父として学校への入学を提案していたということか。


「そ、そうだったんですね」


ジル長官にとっては息子のような存在。

いつから長官に育てられてきたのだろうと些細な疑問は募るばかりだが、話が前に進まない。


「ただ生憎私も長官という立場、家を空けることが多くてね。一ヶ月程経った頃、仮面は二人の居場所を突き止め、私の不在を狙い再び襲撃した。二人は逃げることはできたようだが、その時に携帯等の連絡手段は全部破壊されて、私にも彼らの居場所が全く分からなくなってしまったのだ。再び二人と顔を合わせたのは、一ヶ月後。その間は二人とも絶え間ない襲撃にあっていたそうで、心身ともに既にまずい状態だった」


一ヶ月間の連続襲撃。

考えただけでも恐ろしい。一ヶ月間、命を狙われ続けたってことだろ。

一日だって、いや、30分だって今日僕は耐えられそうにもなかった。

それを、一ヶ月間。きっと昼夜問わず恒久的に襲われ続けたのだろう。

二人の傷を考えると、ますます心が痛くなる。


「東部に居場所はもはやない。そう考えた私は、二人を西部に逃がすことにした。いろいろ手間取りはしたが、仮面もまさか西部に逃げ込んだとは思わなかっただろう。それから三ヶ月ちょっとは逃げ惑うことなく過ごせていたらしい。しかしそれも二日前に終わりを迎えた。仮面は再び二人を襲ったらしい。その情報を聞きつけ、私は西部へと救助に向かい二人は一命をとりとめたのだが、今日、学校の襲撃が起きた」


西部への避難をも勘づく仮面の正体とは一体何者なのだろうか。


ロイ達の傷はつい二日前についたものだったんだな。

そんな憔悴しきった状態で助けに来るなんて。なんて礼をしたらいい。


「そ、そんなことが。でも、この襲撃と二人への攻撃と一体何の関係があるっていうんですか?彼らが学校に来れる状態じゃないと仮面もわかっているはずなのに」


「仮面はこの半年間で何度となく二人を襲撃したが、二人の抵抗により殺害することまではできなかった。二日前の襲撃も相当な準備をしていたそうだが、それでも二人を瀕死の状態に追い込むので手一杯だった。仮面と二人じゃ実力は拮抗していたのだよ。そこで今回の学校襲撃事件。これは私の推測だが恐らく目的は、二つ」


二つの目的。僕の能力とロイへの復讐とを結びつける、二つの、目的。


「一つは彼らの精神状態を崩壊させることだろう。自分たちの所為で大切な友達が傷ついてしまったら流石の二人もショックを受ける。冷静さを欠いた相手ほど倒しやすいものはないからね。そして、二つ目。ショウ君、君だ」


僕。いや、正確には僕の、能力。


「君を突き止めた理由もなにもかもわからない。しかし、仮面は君と君の有する魔法を突き止めた。だからそれを手にして二人への復讐を完全に果たそうとしたのだよ」


「僕の能力は、それほどまでに強力なんですか」


仮面と二人との実力差を埋めるピースとなりうる能力。

心が読める能力。

あの時、僕がアイツに屈していれば今頃ロイたちも死んでいたというのだろうか。


「君の有する魔法は、君の眼に宿る固有魔法。通称、'心眼'と呼ばれるこの世界に存在してはいけない魔法だ」


僕の、眼に、宿る、固有魔法。

心の眼。心眼だって。

どうして、どうして僕なんかがこんな魔法を扱えるんだ。


ちょっと待て。

眼、だって。


仮面の目的。二つの眼を手に入れること。

きっとロイへの復讐よりも大事なこと。


二つの、眼。

一つは僕で、もう一つ、存在する!?

それならば、その持ち主は。


「長官。ロイもまた、その眼に宿る魔法を持っているのですか」


長官の目が少し見開かれると同時に溢れる笑み。

どうやら図星のようだ。


「鋭いね。あぁ。その通りだ。どうして、そう思ったんだい」


「仮面は二つの眼を手に入れることを目的としていました。きっとロイへの復讐も仮面の目的の一つですが、きっとそれは通過儀礼で、最終的な目的がそこにあるんです」


ロイへの復讐と同時に眼を奪い、僕のものと合わせて二つの眼を揃える。

その先に求める結末とは一体何なのだろうか。

いくら考えても現時点で答えを出すのはかなわない。不可能だ。

僕には他に聞くべきことがある。


「ロイの眼の力って、どういうものなんですか」


「……」


長官はしばらく口をつぐんだまま答えてくれなかった。

若干だろうか悲しげな目をしているように思えた。


「君と同じく、この世界に不必要な魔法だよ。あと、これは命令ではなくお願いなんだが」


長官からのお願い。


「その話は、ロイにはしないでやってくれないか」


たしか以前、クロウも言っていた。あれはそう、ロイが過去と向き合った日。太陽の日の騒動の時だ。

そっとしておいてくれ。クロウは僕にそう伝えた。

あの時は騒動や事の重大さからそのままの意味で受け取ったが、意外とそれがクロウの本心だったのかもしれない。


加えてジル長官までもが、ロイについて深く聞くことを拒絶する。

太陽の日と、ロイの有する眼の力。


「……太陽の日」


僕はそっと呟くことで長官の反応を伺った。

なるほど。ビンゴだ。眉を下げて物言いたげですよ長官。


「察しがいいね。ロイの眼力は少なからずあの日の事件に関与している。だけどね。太陽の日はもっといろんな事情が複雑に絡み合っているんだ。ロイも以前に話してくれたよ。学校でちょっと揉めたんだってね。けれどそんな話は上澄みだけを掬ったもの。あの日をこれ以上深く掘り下げることは、どうか、やめてほしい。長官として、ロイの父親として、君にお願いするよ」


ロイが何者かに操られ、人を殺め、周囲を崩壊させた事件。それが太陽の日。

けれど目の前に座っている長官、そしてロイのお父さんはその話を上澄みだという。

僕にしては上澄みだけでも掬いきれないというのに、中心にはなにが待ち受けているというんだ。そしてロイはなにを抱えているというんだ。


その一部にロイの持つ眼の力が加担しているのだろう。ただ、それももう詳しくは聞くことなどできない。

長官にあんな顔までされて頼まれたのだ。僕なんていう矮小な存在がこれ以上抉ってはいけないのだ。

過去と向き合うことも大切だけど、それ以上にロイは友達だ。


もしそんな深い過去と向き合う時が来れば、僕はその隣で見守ろう。

けれど、まだ、その時期じゃない。そっとしておくべきなのだろう。


「わかりました。胸にしまっておきます」


「ありがとう。いずれ、話せるようになるさ。きっとね」


その時まで僕はロイの隣にいなければならない。

彼と向き合うと決めたその日から、その覚悟は変わらない。


「さ、私から話せることは以上だ。他に何か聞きたいことはあるかい」


いろいろ聞きたいことはあった。

魔法の意味も。世界のことも。

けれどロイの話を聞かされた後にはそんなのどうでも良くなっていた。


魔法や世界という大きい話。だけど僕には小さい話。

今目の前のことと向き合う。それしかできない僕には小さい話の方が合っている。


「最後に、一つだけいいですか。僕の心眼という魔法の本当の力ってどういうものなんですか」


しかし最後に一つ。ロイとも向き合う必要があるが、僕はその前にまず僕自身と向き合わなければならない。


「魔法は試行錯誤の結果、確立されてきつつある学問だ。自分で辿り着いた場所にこそ答えと呼ぶにふさわしい解答が待っている。一般的な正解などない、自分で誇れる解答がね。」


どこかで聞いたような言葉。そう、これは確か半年前、ロイが伝えてくれた言葉。

改めてジル長官をロイのお父さんだと認識する。

二人はちゃんとつながっているじゃないか。


羨ましい。


「でも、長官はこの力の本当を知っているんですよね」


「一つ、私から助言をするならば、魔法には二面性があるが心眼には裏の顔しかないということだ。しかし裏と表は紙一重。逆さまにするだけで同義。ショウ君が誇れる正解を見つけ出すことに期待しているよ」


では、と言って意味深な言葉を残して長官は足早に保健室を去っていった。

心眼は裏の顔しか持ち合わせていない。

つまり、魔法の二面性、危険で脅威になる側面しか持ち合わせていないということだ。


確かにそうなんだ。

人の心を読める能力なんて一見凄い能力なのかもしれないけれど、その内実悪しきことに使おうと思えばいくらでも思いつく、裏側の能力。

僕も見て見ぬふりをしていただけで、表向きはいいように使っていただけで、薄らと感じてはいた。

特に仮面の心を束縛したあの瞬間は裏の能力と言っても過言ではなかったのだ。


長官の言うように誇れる正解を僕は見つけることはできるのだろうか。

できれば、表の正解を見つけることができるよう僕は僕自身の胸に刻み込んだ。


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