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2-2. 仮面の要求


「震えているね。怯えているね。いいねいいね。それでいい」


全身を黒で多いフード下から覗かせる白い仮面。

模様など何も書いていないただの白い仮面。

殺すという一言に全校生徒みんなが口を閉ざした。

本能的に感じたんだ。アイツの言っていることが嘘ではないことを。


「私が貴様らに要求することは一つ!よく聞いておけ」


ついぞこの前までロイやクロウを狙っていたんじゃないのか。

それとも、狙い終わってしまったのか。

ロイもクロウもやられて……。



――心を読める能力を持つ者よ。前に出てきたまえ。



全身が凍った。震えすらも止まった。心音のみが僕から発せられる。

仮面の人物を見ることすらできない。体育館の床をじっと見つめる。

何故。

何故アイツはこの能力の存在を知っている。

何故。

何故アイツはこの能力の持ち主がこの学校にいると知っている。

どうしてどうしてどうして!

どうしてアイツは今度は僕を狙うんだ!


「おや?誰もいないのかな?」


左右をチラリと見渡す。

みんな何が起きているのかわかっていないようで困惑した様子だ。

僕以外の全校生徒には聞こえていないんだろう。アイツの要求が。

僕だけにしか、この能力の持ち主にしか聞こえていないのだから。



――あと10秒。それを過ぎたら1秒ごとに一人ずつ殺す。



なっ。

やはりアイツはどこまでも非情で。どこまでも残虐的な心の持ち主だ。

出たところでどうなる。僕は死ぬのか。殺されるのか。

いやいや、出なかったらどうなる。ここにいるみんなが殺されてしまう。

今は先生すらいない状況だ。誰も太刀打ちできる相手なんていない。

相手はSランクと互角以上に渡り合えるはずの実力の持ち主なんだぞ。


Sランク……。

スミレか。



――10。9。8。7。



彼女はクラスメイトだ。誰とも話さないとはいえ大切な仲間じゃないか。

そんなお願いをするわけにはいかない。

カウントは僕の思考を全く待っちゃくれないんだ。



――6。5。4。3。



出るか。出ないか。

命の決断だぞ。僕の命とみんなの命。

いやまだわからない。出たとこで命がとられるのか。

この能力だけ献上すれば見逃してもらえるかもしれない。

能力だけを献上だって。そんなやり方意味が分からない。


どうする。どうする。どうする。



――2。1。



あぁもう!さよなら僕の人生。

さよならみんな!僕が、出なくちゃ、いけ、ないんだ。



「待て!!!」



くしゃくしゃになった顔。ボロボロこぼれる涙。

僕は相当ひどい顔をしているのだろう。目も向けられない顔をしているのだろう。

これが死に直面した時の表情だ。覚えておけ。

今から、死に向かう者の覚悟だ。

みんなを、それよりまず、アカネを。殺させはしない。


下を向いて思いっきり僕は叫んだ。人生で一番の大声だ。おなかの中からすべての空気を吐き出して全身から声を出した。


「え、何、何言ってんのショウ」


隣のアカネがものすごい顔でこっちをみる。なんでアカネまで泣きそうな顔してんだよ。

そりゃそうか。だって。


僕が前に一歩ずつ踏み出すんだもんな。


「待って、行か、ないで」


か細い声。今にも消えてしまいそうな声。僕はアカネを振り向けない。


「ごめん。アカネ。僕が行けば、みんなが助かる」


最後にアカネの顔を見てしまったら。せっかくの覚悟が水の泡だ。僕はもう歩けなくなってしまう。

この状況をどうにかする方策なんて全く思いつかない。

カナタ先生は他の先生はどうしてやってきてくれないんだ。


いろんな思いが頭の中を駆け巡る。

あぁ。これが走馬灯ってやつか。

ロイもクロウも今頃何をしているんだろう。

コイツの攻撃からちゃんと逃げられたんだろうか。


アカネ。僕はアカネに見合う男の子にはなれなかったよ。

この感情もずっと胸にしまったまま、僕は先にいかなくちゃいけないんだろうね。


「勇敢だな。素晴らしい覚悟だ」


お前なんかに褒められても全くこれっぽっちも嬉しくないね。

僕は自分の中にため込んだ感情を一気に爆発させる。

だって、もう死ぬんだぜ。僕。

最後に足掻かせてもらおうじゃないか。


「アンタは誰だ!どうして僕を狙う!」


最後くらい聞かせてもらおうじゃないか。



――死ね。



シュバッ……。


あぁそうかい。冥途の土産ってやつもなしかい。

忘れていた。コイツはそういうやつだった。

目的のために関係ないことは本当に無関心なんだ。

僕の能力を手に入れられればそれでよかったんだ。会話する気など毛頭なかったんだ。


仮面の人物が前に出した手から黒い魔法が放たれる。

来るのはわかっているさ。心でそれを感じたのだから。

ただ僕の後ろには全校生徒六百人余りが立っている。避けようものなら本末転倒、生徒を殺してしまう。

あの魔法、僕の低ランクの魔法じゃ絶対に防げない。


全てを諦めた。

目をつむった。


あぁどうして。

最後に浮かんでくるのがアカネではなくロイの顔なのか。



「諦めるな!ショウ!」



倒れそうになるくらいの衝撃波。思わず尻餅をつく。

僕は死ななかった。

激しい明暗の点滅。飛び散る魔法の残滓。

これは、水?


うっすら目を開けると僕の前に立ちはだかる制服。

ブルーム先輩……!


ブルーム先輩の水魔法は仮面の人物の魔法を相殺させた。

黒々とした球が青い水魔法とともにブルーム先輩から放射状に飛び散っていく。


「惜しいな。命を粗末に扱うなど」


粗末に扱ってるのは誰だ!アンタだろ!


「ここは東部最高峰の上級魔術学校。その生徒をなめるなぁ!」


絶えずヘラヘラ呑気なことを言っていたブルーム先輩が雄たけびを上げた。

後ろからだから表情はわからないが威圧的な声は本当に初めて聞いた。


って、こっちから仕掛けるんですか!

先輩!危ないです!

アイツは超絶危険なやつなんです!


「無駄なことを」


ブルーム先輩の水魔法は仮面の出す黒い魔法に全て弾かれていく。

仮面が反撃に出ようと手を前にかざしたとき、その後ろから刃状の風が幾重にも重なって突撃していった。

仮面は急遽狙いをそちらへ切り替え黒い魔法で防いでいく。

その間を逃すことなくブルーム先輩は連続して水魔法を放つ。


なんて連携。なんてコンビネーション。

風魔法が放たれた先、そこにいたのは、先輩の、最愛の人物。マイハニー。


「ブルーム!これは遊びじゃないわ。全力で行きなさい!」


ローレンシア先輩だった。

二人はある程度の攻撃が終わると立ちすくむ僕の前へ。


「大丈夫?なんで狙われているのかは後で聞く。ここは私たちに任せて、逃げなさい!」


逃げるだなんて。先輩の命を肩代わりにするなんて。

そんなの僕にはできない。

僕が、僕一人が捕まればこの場は収まるんだ!


「先輩たちこそ逃げて下さい!アイツは本当にダメなんです。実力は知らないけれど、やばいんです!無理なんです!僕が捕まればそれで終わる!早く!」


「ショウ。俺らに任せろ!なんてったって、ジービスの優勝者だぞ!」


知っているとも。先輩。この学校で知らない人はいないさ。

きっとこの学校で一番強い二人ってことも。だからこそ。そんな人材を今ここで失ってはいけない。


「それでも。勝てませんよ、アイツには。きっと」


僕、先輩より強い人知っています。

ロイっていうんです。クロウっていうんです。

先輩の攻撃を間近で見てきたからわかるんです。彼らのほうがきっと強い。

その彼らさえ窮地に追い込んだ奴。驚異の敵。だめだ。関わってはダメなんだ。


「ショウ!アンタ何してんの!アンタは下がってなさい!」


いつの間にか後ろに来ていたアカネに思いっきり腕を掴まれた。

僕がそちらに気を取られている間に、僕の言葉を無視して先輩たちは攻撃に向かった。


「このままだとみんな死ぬ!僕一人の命で助かるんだぞ!」


「まさか、アイツがショウの言ってたロイとクロウを追っている人物?」


僕の必死具合にアカネも感づいたらしい。


「そうだよ!関わっちゃいけないんだ。だから!」


「でも逃げられないのよ」


は?逃げられない?

確かにアカネは下がれと言ったが逃げろとは言っていない。


アカネから体育館の出入り口へと目を向けた時にその現実が理解できた。

なんだあれは。

黒いゆらゆら揺れる影が何体も何体もひしめいている。

攻撃はしていないようだけど、無理やり通ろうとした人たちをばたばたなぎ倒している。


ははは。

最初から出口すらなかったんだ。逃げるっていう選択肢すらなかったんだ。


どうすんだよ。

争っても勝てない。

逃げるにも逃げられない。


「みんなどうかしてるよ!僕を、僕を差し出せばそれで終わる!」


バチンッ


右頬に痛みが走った。遠くの音が遅れて聞こえてくるように、その痛みの訳を知るのに時間がかかった。

アカネに叩かれたらしい。涙を流しながらこっちを見ている。


「そんなこと、言わないで。どうしようもないことくらい私にだってわかるよ!きっと先輩たちだってわかってて戦ってる!みんな自分の死期が迫ってることくらい知ってんのよ!」


そんなに泣き叫ばないでくれ。

僕まで感情が伝播してしまう。


「アンタを差し出したところでそれで始末がつくとも思えない!バカ!このバカ!何かっこいいこと言ってんのよ!そんなもん要らないからこの状況なんとかしなさいよ!」


なんとかって。

なんとも、できないじゃないか。

無力な僕らには。非力な僕らには。

非情な現実を受け止めるしか、一つしか選択肢が用意されていないじゃないか。


「戦え、ショウ」


アカネ、何てこと言い出すんだ。


「戦え!ショウ!私も戦う!アンタが死ぬくらいなら私だって死んでやるわ!ただ可能性が少しでもあるなら。時間を稼いで何か奇跡が起きるなら!私はアンタを守り続ける。きっとカナタ先生も帰ってくるはず。先生が帰ってくるまで持ちこたえるのよ!」


泣いて泣いて。泣きわめいて。もう何言ってんのかわかんないよ、アカネ。

支離滅裂。全然論理的でもない。ただの感情論。

奇跡を信じろだって?現実主義者のアカネが言うなんて笑いが出てくるよ。


今はそれしか方法がないんだから仕方ないなぁ全く。



――とった。



はっ。

仮面の人物は先輩たちの絶え間ない攻撃の間にも僕を狙ってきた。


「こんにゃろー!」


横のアカネが叫びながら火魔法で対抗する。

アイツはポンポン魔法を打ってくるが決して軽い一撃ではなさそうだ。

アカネが全力で魔法を放っているのに相殺させて消滅させるのがやっと。これじゃジリ貧だ。


僕はきっとかわすことくらいならできる。

あの黒い攻撃は威力こそ高いが決して避けられないスピードではない。

ただ僕の後ろには何百人もの生徒が逃げられずに固まっている。


反対側に行ければ……。

いや待て。

反対側に行って避け続けていたらどうする。

アイツはきっと容赦なく残りの生徒に魔法を放つだろう。

それでは抵抗のしようもない。


ブルーム先輩たちがあそこで防いでくれているからこそ他の生徒に危害が及んでいないだけなんだ。

くそっ。

どうする。どうすればいい!


そうだ!スミレ!

この学校でジービスといえば先輩たちだが個人の能力で言えばスミレだ!

間違いなく一番。単体ではローレンシア先輩をも上回るはず。


後ろを見渡す。人の塊の中からキラキラした紅の髪の毛を必死で探す。


……いた。


何やってんだよスミレ!

そんな端っこで震えて座ってちゃなんもできないじゃないか!


くそったれ。

絶対絶命じゃないか。

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