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1-24. 別れは突然に

一月が経ち、二月が経ち。

緩やかに流れていた時間は加速しあっという間に魔術競技祭の前日の朝を迎えていた。


それもそのはず。事件という事件はほとんど起こらなかったのだ。

むしろこれが正常といっていい。このクラスには初っ端から問題が多すぎたのだ。

最大の案件といってもいいクミンとロイの太陽の日に関するいざこざも、カナタ先生やブルドン家を巻き込むことで収束し、クミンも一クラスメイトとしておとなしくなっていた。


クラスの雰囲気はガリアさんの登場以降なだらかに良くなっていった。

ロイや僕たちを避ける風潮はすっかり消え去り、あれだけ毛嫌いしていたマリンでさえロイと距離を置かなくなった。

逆にロイたちは注目の的になっていた。

模擬戦で可憐なデビューを果たし、太陽の日を乗り越えたスミレのライバル的存在。注目しない理由がない。

休み時間の間はロイたちの周りに人だかりができ、過去の空白の時間を埋めるかのようにこれでもかとみんな話したがっていたのだ。


ロイも少しずつ閉じた心を開いてきた様子。

僕に対しても率直な意見をするようになっていた。

心が読めると分かった相手に隠し事はできない、そうなるのは自然なことであったが。


僕の能力については今のところアカネとロイの三人だけの秘密である。

ロイも他人に話す気はないらしい。そのあたり信頼して本当に良かった。打ち明けて、本当に良かったと思える。



僕の魔法の技量についても格段にレベルが上がったような気がする。

謎に人脈広い系女性、カナタ先生をはじめ僕の周りには優秀な人材がいっぱいだ。彼らの指導や動きを見ていれば自ずと強化されるのは自明なわけで。

ブルーム先輩の的確な指導、ロイの魔法理論、クロウのポーカーフェイス。

最後のは余計かもしれないが格上の相手に勝つためには必要なスキルの一つということらしい。本人談。


教室の扉を開ける。

おはようと何人かの生徒に声をかけられる。

見違えたもんだ。入学当初はこんな光景夢にも思っていなかった。


「おはよう、ロイ、クロウ」


すでに着席していた二人に挨拶。それぞれおはようと返してくれる。

僕は普通というか実に気持ちのいい雰囲気に最近は毎日満足していた。


「はい!みんな席について。今日は朝からどでかい発表だよ!」


いつものようににっこり笑いながら入ってくるカナタ先生は今日は左手にくるくる丸めたポスターのようなものを持っていた。

なんだろう。あれの中身がどでかい発表とやらなのか。


「いよいよ明日に迫った魔術競技祭!今学期のみんなの集大成を見せる時がついにやってきました。その組み合わせを発表しちゃいまーす!」


どどーんと。

効果音を自分で付け加えてカナタ先生はポスターすなわちトーナメント票を黒板上に広げた。

歓声とともにクラス中のみんなが黒板に駆け寄っていく。

一番後ろの僕たちは完全に出遅れる形になってしまった。


おぉぉぉぉっと一際大きな歓声が沸き起こる。

近づいて見てみるとテトラスの組み合わせのようだ。

小さいアカネは当然見えていないが、僕は何とか人混みをかき分けてポスターの前までたどり着くことができた。


えっと、ラピスラズリは……お、見つけた!


「えっ……」


一年生総勢四クラス分のトーナメント表。各クラス四十人程度でテトラスは四人組の競技であるため班数は約四十。

その中からラピスラズリの六文字を見つけるのは簡単だったが、問題はその初戦の相手にあった。


「ショウ、見つけた?私たちの班」


遅れて前までたどり着いたアカネに僕は指さしで場所を教える。


「嘘っ。まさか初戦から」


僕らの班ラピスラズリの隣には班名ローズマリーの文字が。

ローズマリー。スミレとローレンシア先輩率いる今大会優勝候補。

そして、ロイのライバルである。


「おぉぉ!初戦からライバル同士の対決だ!」


チャイが横で盛り上がっている。

チャイだけではない。クラス中がすでにその話題で持ちきりだ。


「覚悟しなさい。これでひとまず決着がつくわ」


宣戦布告。ふと後ろを振り返ればスミレとロイ、クロウが対峙していた。

明日だぞ。火花をバチバチに飛ばしやがって。もうちょっと待ってくれ。


「うん。楽しくやろう」


楽しく、という言葉にはあくまでも遊びだからというロイの意思が見て取れる。

ブルーム先輩や僕、アカネの助言のおかげで最近は戦いというゲームを楽しんでいるようだ。

攻撃は、もちろんしないけれど。

少しずつ過去のトラウマから立ち直りつつあるらしい。


モノリスやジービスのドローも出ているようだ。

テトラスの方へ人が集まりすぎて簡単に見ることができた。

とはいえテトラス程のインパクトを与える組み合わせでもなかった。

どちらの競技も初戦は他クラスの生徒で、主だった強敵もブロックにはいなさそうだった。


「これはテトラスに全力を尽くすか」


ロイのライバルに言われてしまったからな。

僕にも彼と同じフィールドで戦うという責任がついてまわるそうだ。

スミレがどれほど成長したのかはさておき、あの竜を攻略する手段をブルーム先輩と練ろう。


「はいはーい!一旦これにて終了!トーナメント表は学校内のメインの掲示板に張ってあるから、これ以降はそっち見てね。そして今日は競技祭前日なので授業はなし。完全な自由時間。遊ぶもよし、休むもよし。ま、みんな大体は練習するけどね」


魔術競技祭。

最高峰の上級学校に入学して早三か月。

ついに僕の成長を実践で試す時がやってきた。


やってやろう。


珍しくこの上ないやる気に満ち溢れていた瞬間であった。



 ***



時が経つのは本当に早いもので。

テトラスの練習に一日を費やすのにそう長くはかからなかった。

さすがのブルーム先輩も具現化はできないそうで、竜に見立てた水魔法での対策を練りに練った。

これだけシミュレートしておけば少しはスミレにも太刀打ちできるだろう。


明日は試合ということで夕方には練習を終え、アカネと一緒に寮へ戻った後。

僕は騒ぐ心を抑えるため寮からほど近い丘の上の公園へと一人足を運んでいた。

都市を一望できるこの場所は僕とアカネで入学まもなく見つけた場所だ。

静かで人もおらず、夕焼けが真正面に見える絶好の場所。

どうして誰もいないのかいつも不思議だった。


ベンチに腰掛け夕日を眺める。

明日だ。ついに明日からなんだ。

魔術競技祭。三日かけて行われるお祭りはテトラスから火蓋が切られる。


僕たちの三か月をスミレに見せる時なんだ。


ロイやクロウとの連携もだんだんと良くなってきた。

ぶっきらぼうだった二人はいつの話やら。

最近は一緒にご飯も食べるし、放課後話もしたりして。

普通の、いわゆる、友達という関係になっていたといっていい。


どれくらいぼんやりしていただろうか。

夕日は沈みかけ街を夕闇が包み込む。


そろそろ帰ろうか。


僕はゆっくりと腰を上げベンチを離れる。



「……ぃ」



えっ。

かすかに聞こえた小さな声。動物などではない。はっきりと人の声がどこからか聞こえた。

ぼんやりしている間に誰か来ていたのか。

軽く気に留め、しかし少し気になったので声のほうへ歩いていく。


「どうして。なんで俺たちを狙う」


この声。

聞き覚えがある。というかさっきまで聞いていた。

ロイだ。誰かと話している。

でも、狙う、とは。どんな状況だ。


僕は足音を立てないように静かに、近づいていく。


「貴様らに教える義理はねぇよ。必要もねぇ。今ここで、死んでくれ」


死っ!?

突如として飛び出した単語に足が止まる。足がすくむ。

誰だ。誰と話しているんだ。


「そのつもりはない」


この声はおそらくクロウだ。

ロイとクロウ、二人して何をやってる。


「早く言う通りにした方が友達のためなんだけどなぁ」


「どういうことだ」


おいおいおいおい。

冗談じゃない。何かの冗談であってくれよ。

草むらの向こうから感じる黒々しい雰囲気。声のトーン。状況。

やばい。その場から動けない。


「私は貴様らを狙い続ける。この手に堕ちるまで。いつでもどこでも追いかけ続けてやるさ。朝でも夜でも、外でも'学校'でもな」


学校だって。

最高峰の魔術学校だぞ、そんな簡単に狙えるわけがないだろう。


「学校は関係ないだろ。俺らだけだろうが、他の奴は関係ない」


「貴様、何期待してんだ?貴様らを狙う代わりに他の奴らは狙うなって取引かぁ?どこの優しい悪役だよ。狙いは貴様だ。それを手に入れるために手段を選ぶ訳がない。学校だろうが何だろうが、貴様がいれば手をかける」


「くそっ」


草むらの奥から聞こえる音が激しくなる。きっとクロウが攻撃したんだ。

直接見れたらいいんだけどなにせ足はさっきから一歩たりとも一ミリたりとも動く様子はない。


「わかってるわかってるさ。貴様らがそう簡単に命を差し出すなんて思っちゃいねぇ。だから言っただろ。私は貴様を狙い続ける。他がどうなろうと構わない。それさえ手に入れられれば」


「……」


「ここで争っても無駄だよなぁ。実力がそう違わないことは十分理解しているさ。手強い手強いSランク様」


え、Sランク?

とは、なんだ。

Aまでしか、聞いたことがないんだけれど。


とりあえず対峙している相手が簡単に手を出せないことがなんとなくわかった。

実力がそう違わない。それを知ったうえで敢えて宣言しに来ている。

これからずっと狙い続けるだと?

本当に何が目的なんだ。どうして、ロイとクロウを狙うんだ。


「まぁ、また、明日、ね。はははっ!」


高らかな笑い声が聞こえた後、周囲を包み込んでいた暗い風が止んだ。

気配が消えた。

動け。

僕は思いっきり飛び出した。


「ロイ!クロウ!」


「ショウ。どうしてここに」


険悪な表情。驚きに満ち溢れた表情。

頬を伝う赤い線。きっと軽く攻撃を受けたんだ。


「たまたま、だけどさ。でもどういうこと!アイツは誰?一体何に巻き込まれてるんだよ!」


説明、してくれ。


「俺たちにもわからない。急に目の前に現れて、急に消えた。それだけだ」


彼らにもわからない謎の人物。

僕には人相も身長も何もかもわからない。ただ、狙われて危険な状態にあることは確かだ。

あのロイが。鉄壁を誇るロイの顔に傷が入っているのだから。


「大丈夫?怪我もしてるし早く帰ろう!カナタ先生にも報告しなくちゃ、学校が大変なことになる……」


「ごめん。ショウ」


僕の言葉はロイに遮られた。


「スミレに言っておいてくれないかな。約束、守れなくてごめんって」


「えっ、どういうこと」


「アカネにも言っておいてほしい。俺たちを同じ班に誘ってくれてありがとうって」


なんとなく。これからロイのしようとしていることが予想できてしまった。

その先にある結末が見えてしまったから。考えることをやめた。


「そしてショウにも。君に言われて過去と向き合ったおかげで、本当に楽しい数か月を過ごすことができたんだ。久しぶりだった。こんなの。本当に感謝しているよ」



――ありがとう。



もう一度笑って。心からのありがとうをロイは告げた。


「ロイ!クロウ!」


後ろを振り向いて去っていくロイとクロウに僕の叫びは聞こえていたんだろうか。

彼らはそれから一度も振り返ることなく僕の前から姿を消した。


追いかけることもできたんだろう。

でも彼らなりの覚悟が身に染みてわかってしまったから、追いかけることなんてできなかったんだ。



翌日。

ロイとクロウは魔術競技祭に姿を現さなかった。


その次の日も、その次の日も。

魔術競技祭の終わりを告げる鐘がなっても、彼ら二人の姿を見た人は誰もいなかった。


「みなさんにお知らせ。非常に残念だけど、ロイちゃんとクロウちゃん、休学ということになったわ」


ロイとクロウはこうしてみんなの前からいなくなった。

これにて第一部終了です。魔法要素はほとんど皆無でした。淡々と進む話に退屈だったのではないでしょうか。第二部からやっと魔法使いそうです。たぶん。

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