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1-23. 誇っていいよ


「どうしたの。もう授業始まるよ」


時刻は昼と夕方の間くらい。最後のテトラスの授業の後、本日最後の授業が始まろうとしていた。

すっかり忘れていた、といえば嘘になる。

とてもじゃないがロイと近場で顔を合わせることになる教室に行く気分になれなかっただけだ。


ロイが様子を見に来るなど想定外だ。しかもどうして屋上だとわかったのだろう。

まぁいい。

それだけ距離が近づいた、そういうことなのだろう。

この二週間ほど、つまりはテトラスの練習を積み重ねるうちに、互いにコミュニケーションを自然ととるようになっていた。

とらざるをえない環境、強制的な環境が逆に良かったのだろうか。

それでも心を少し開いてくれていたことには違いはなかった。


せっかく積み上げてきたものを。

僕は今からぶち壊す覚悟をする。


「ロイ。話があるんだ」


2,3歩前に出てロイとの距離を狭める。

まだそこそこ離れてはいるが、あまり近づきたくはない、顔をはっきりと見たくはない、これで十分な距離だろう。


「……なに?」


察しているだろうよ。

ロイが最近ちょっかいだしてきた心の問題だよ。


「ロイって実は質問したがりなの?」


正直に言えばいいものを。

回りくどい言い方をするなんて情けないぜ自分よ。


「……やっぱり、聞こえてたんだね」


何も返せない。

そうだよ。その通りだよ。

最初からうっすら気づいてはいたんだろう。けれど、こう断言されるとやはりくるものがあるな。


「うん。だけどなにもかも聞こえる訳じゃないんだ。僕に、僕だけに向けられた気持ちを、僕は察することができる」



――そんな気はしてたよ。



ロイは心で返してきた。


「お、驚かないの?嫌がらないの?気持ち、悪がらないの?」


心が読めるなんて。魔法ですらないくせに。

気持ちわるいじゃないか。

口をそろえて皆は言う。僕も理解しているさ。


けれど、ロイは。

逃げ出すどころか僕のほうへ近づいてくる。


「うん」


たった一言。

うなずくロイに目も合わせられない。

ロイの顔を視界から外して、屋上の堅いコンクリートでできた床をじっと見つめる。


この一言に僕がどれだけ救われたことか。


手や足の震えが止まらない。

嘘なんじゃないかと。これは夢なんじゃないかと。


アカネ以外に僕のこの気持ち悪い能力を認めてくれる人がいるなんて。


「君も過去と向き合ったんだね」


ポタポタと。床を暗く滲ませるしわくちゃな円。

僕の頬から一滴ずつ落ちていく淡い青春の雫。


「心が読めるなんてすごい力だよ。君はそれを誇っていい」



――だからもう泣くなよ。



と。言われたからには。

泣き止むことなんてなおさらできなくて。

しばらく僕は泣きじゃくっていた。


なんて、無様で。なんて、滑稽な。なんて、男らしくない恥ずかしい姿かと。

なにもかも無視して僕は泣き続けた。


遠くでチャイムの音が鳴る。心を通り抜ける。


「最初からなんとなくわかっていたんだ。未来予知にも近い動きを見せる君の動きには興味があって観察してた。同じ班になってからはなおさらだ。いろいろ俺なりに試してみて、最近やっと君が一方的な感情だけを読み取れるんじゃないかって思ったんだ。だから驚きもしないし否定もしない。むしろ、その能力を理解してほしい。そう思うよ」


理解、する。

魔法の二面性を学ぶ。

この謎めいた能力も、本質を、学ぶ。


「魔法かどうかもわからないのに、どうやって」


「魔法は試行錯誤の結果、確立された学問だよ。わからないことは試す。俺が君の能力の正体を突き止めたみたいに」


きっとロイは今までの間に陰ながら様々なことを実践してきたのだろう。

数多くの試験的な試みの中でつかんだのが、僕の能力の正体。

何もしていないようで、ずっと考えていたんだ。


どうして。


「どうして?なんでそんなことをロイはしたの?」


「君が俺に過去と向き合わせた、その代償。お返しだよ」


と、ロイは初めて、僕らの前で笑顔を見せた。


少しぼやける時計を見る。

あぁ授業10分以上遅刻だなぁ。



 ***



「あらぁ。ショウちゃんにアカネちゃん。二人で授業サボってどこ行ってたのかなぁ。逢引は放課後にじっくりやってほしいなぁ」


カナタ先生に怒られることは覚悟で僕とアカネは教室へ戻った。

怒られる、というか、なじられる。

顔は笑っているが心は笑っていない。



――死刑。



この人ほど表情のあてにならない人はいないだろう。

刺される恐怖を覚えつつすみませんと謝り倒して僕たちは一番後ろの席へと向かう。

左にはロイがすでに座っている。一体いつどうやって戻ったんだコイツは。


「はいはーい。愛しあう二人が身体を火照らせ帰ってきたところで!先生から重大発表をしまーす!」


確かこの時間は僕の苦手な魔法物理学の時間だったはずだが、何故ホームルームのような雰囲気になっているのだろうか。

カナタ先生の授業ってまじめな時はまじめなんだけど、たまに変な方向へ走るときがあるからなぁ。今日もその一環なのだろう。


しかし、先生の口から放たれる重大発表とはこれいかに。ろくなものじゃない気がするのは僕だけか。


「魔術競技祭の正式な日程がさっき決定しました!二か月後!七月の中旬に行います。みんなしっかりと準備するのよ!」


おぉぉぉっと教室内から歓声が上がる。

僕たちがテトラス班ごとに練習している間に職員室ではそんな決定がなされていたのか。

それは魔法物理学なんて無視して発表しなくちゃあな。あんな退屈な授業。

いやいや、魔法の二面性を理解するなんて大そうなことを言ったじゃないか。

きちんと勉強しないと。しないと。


「決定に際して競技祭委員長を務めるこの方に来ていただきました!挨拶もしたいそうなので、ご登場していただきますね」


競技祭委員長?

実行役員みたいなものがあるのだろうか。

そのあたり、詳しい説明も受けていないから何も知らないぞ。


教室の扉を開けて入ってきたのは、金髪に茶色の髭を厳かに生やした大男。

高そうな赤いコートを羽織り巨体をずかずか揺らしながら教壇へ上がる。


「皆初めまして。私が競技祭の委員長を務める、ガリア・ブルドン。優秀な一年生の懸命な競技を心待ちにしているぞ!はっはっは!」


ガリア・'ブルドン'

その苗字を持つ者、それすなわち。

四大財閥の一翼、ブルドン家当主。

クミンの父親であった。


「ち、父上……」


この親にしてなぜこの子あり。反抗期真っ最中なのか。

お父さんの放つ雄大なオーラとは到底かけ離れてこじんまりとしたクミン。

太陽の日の一件以来すっかり小さくなっていたが。


「なぜ、こんなところへ来られたのですか?」


「馬鹿息子の尻拭いだ!こっちへこい!馬鹿者!」


僕たちはただただ圧倒されるばかりであった。

ガリアさんはドスドス言わせながらクミンの元まで歩み寄ると頭を掴んで持ち上げ、教卓の上へと放り投げた。


「実際に私は委員長でありその仕事故に挨拶に来たのは間違いない。だが、一つ果たさなければならない用事があってだな。委員長の仕事はついでだ」


委員長の仕事がついでで、クミンの尻拭いをしに来たガリアさん。クミンのお父さん。ブルドン家当主。

それはつまり。


「ロイ君。この場ですまない。だがこの場でこそ謝罪させて頂きたい。愚息が大変愚かなことをした。これはここにいる生徒全てに対する謝罪でもある。愚息の勘違いで非常に辛い思いをしただろう。非情な言動全てを私の名のもとに取り消し、謝罪する。申し訳なかった」


深々と礼をする財閥の主。

それがどれほどの大きさか寛大さか若干十八にも満たない僕らにもわかるほどのことで。

ただただ黙って受け取るしかなかった。


「貴様も謝らんか馬鹿者!」


ガリアさんはクミンの頭を右手で軽々包み込み、教卓へ叩きつけた。

惨たらしい音が鳴り響き、若干机に亀裂が入ったような気がする。


「父上、ぼ、僕は……」


「貴様の勘違いをここで全て正そう。これはブルドン家とロイ君との秘密裏の約束であった。他言するまいて、貴様のせいで全てを話さなければならなくなったではないか。

事を大きくしよってこの馬鹿者め」


ガリアさんはそれから一呼吸置き僕ら、特にロイのほうを見つめる。


「ロイ君はすでに何度も謝罪しているのだよ。私にも、被害にあった研究所の人々にも、しっかりと、頭を垂れて。あまり被害者と言いたくはないが、不幸な事件の当事者であるにも関わらず勝手に罪を押し付けられ、かつ、それを反省しているのだ。皆も聞いてくれ。ここに宣言する。太陽の日の出来事についてブルドン家はロイ君に一切の責任を求めない。お互い和解してある状況なのだ」


それはつまり。ロイとブルドン家との間に禍根は何もなく。

加害者も被害者もいないというわけで。


「クミンに詳細を伝えていなかった私にも責任の一端はある。まさかこの愚息が見ていたとは夢にも思わなかったのだ。すまない」


もう一度ガリアさんは頭を下げる。

下を向くガリアさんの方へロイは歩いていく。


「頭を上げてください、ガリアさん。このような場所までお越しいただき本当にありがとうございます。あの時から大変ご迷惑をおかけしました。こちらこそ、すみません」


ロイはそれから叩きつけられてから全く頭を上げないクミンの方へ顔を動かす。


「前にも言ったけれど誤解を生んで申し訳ない。ただ俺は君を責めるつもりはないから」


ロイは席へと戻る。無音の時間が幾何か流れる。

ガラッとロイが座る音だけが教室という狭い箱に反響する。


「す、すまない」


クミンは少しだけ顔を上げて謝った。

クラスのみんなは少しは納得したのだろうか。よくわからないけれど。

少なくとも僕自身は彼を非難することは完全にやめようと思ったのだった。


「さ、私は忙しいのでこれで失礼する。カナタ君、場を設けてくれてありがとう。皆の競技祭、心ゆくまで楽しみに待っているぞ!」


時間にして数分、あっという間に時は流れていった。

ものの数分でガリアさんの言葉は僕たちの心を掌握し、競技祭への思いを高めるとともに、ロイへの非難の目を打ち消した。

財閥のトップの威厳をこれでもかと浴びせられてしまった。


「ほら、クミンちゃん。席に戻って」


優しい声にクミンも動く。彼の目元が湿っていたのには触れないでおこう。

きっと改心したはずだ。父親まで出されて、父親に当主に謝らせて。

息子の自尊心はものの見事に破壊されただろう。空っぽの心。


思いもよらぬ形で太陽の日の一件は収束した。

カナタ先生の言葉にクラスのみんなは納得はしつつも半信半疑といったところだったが、事件の被害者でもあるブルドン家のしかも当主に謝罪されては疑う余地がない。

本当によかった。

太陽の日について思い悩むことももうないだろう。



 ***



放課後。

僕とアカネは先生を呼び止めた。


「カナタ先生。先生はガリアさんと面識があるんですか?」


「ん?どうしてそんなことを聞くのかな?」


財閥の当主だぞ。トップだぞ。

地方を駆けずり回っているという多忙な方だぞ。

声をかけるのにも勇気がいる。畏れ多いお方であることは雰囲気から察して間違いなかった。


「ちょっと親しげな感じがしたので」


「あらぁよく見てるわねショウちゃん。まぁ知らないと言ったら嘘になるわね。私はガリアにあなたの息子がちょっと勘違いしてクラスから孤立しているということを伝えただけだよ」


伝えただけで仕事を放り出して謝りに来る父親なのか。

それだけ太陽の日が重大な出来事であると改めて思う。

一国の柱である財閥の当主すら召喚してしまうのだ。


「そうしたらガリア、競技祭委員長の座を手にしたかと思ったらそれにかこつけて謝りに来るんだもの。素直に来たらいいのにね。そのあたり親子で似ているのかも」


財閥の当主をそこまで笑って話せるあなたは何者なのですか。


「先生って、実はめちゃくちゃすごい人なんじゃないんですか」


「あれぇ?知らなかったの!先生、実は、めちゃくちゃすごいのです!」


やっぱりこの人に関わるのはやめておこう。そう思った。

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