1-22. 話す?隠す?
それからまた二週間ほどの月日が流れた。
魔法をしっかりと二面性も含めて理解する。
それを胸に刻むだけで僕の授業態度は激変した。
僕の変わりようにチャイにもアカネにも馬鹿にされたが勝手にしておけ。
テトラスの練習は週に2,3回程度。
それぞれのポジションの動きの確認から連携までブルーム先輩の指導のもと幅広く行われた。
流石三年次席のブルーム先輩。普段会話している分には優秀さの欠片もないが、一旦指導が始まると欠点を次々に指摘される(大半が僕であるのは言うまでもない)。
ロイは相変わらず防御に徹している。
ただロイの魔法について僕なりにわかったことがいくつかある。
まずロイは本当にノーモーションで、つまりは全く動くことなく防御壁を作り上げることができるようだ。
絶えず観察は続けているが、動いた形跡がほとんどない。常に固定位置。
僕らは陰ながらその場所をFORと呼んだりしている(Field of Royの略でもちろんブルーム先輩が命名したのは言うまでもない)。
また、壁(本人曰く光の壁と書いて光壁と言うらしい)の発動位置もかなり広範に及ぶようで、出す位置さえわかっていれば目視せずとも顕現させられるようだ。
絶対の防御壁といってもいい。ブルーム先輩の魔法ですら打ち破ることができない壁を瞬時に遠隔から作り出すことができるなど。
おかげで僕らは相手の攻撃を躱す必要がなくなった。勝手にロイの壁が防いでくれるのだ。
つまり、僕のアイデンティティーが完全になくなったのである。
攻撃役とはなんなのだ。
先輩曰く、アカネの魔法を高めてあげるのが僕の役目らしい。
アカネとの魔法といえば、そうそう、ジービスの正式なペアも決定した。
僕とアカネ、ロイとスミレ、チャイとマリンは思惑通りにことが運び無事ペアとなったが、クロウはなかなかそうもいかなかったようで。
「クロウちゃんはちょっと次回まで延期ね!」
と、カナタ先生に烙印を押されてしまったのだった。
その時のクロウの無表情な顔と僕らの息を潜めて笑う光景は今でも思い出すだけで顔の筋肉が和らぐ。
ジービスでも僕とアカネはペアなので、その練習もテトラスに生きるわけだ。
ブルーム先輩がこれも想定していたのかどうかはわからないが、僕とアカネの連携も日に日に良くなっていった。
Eランクの魔法ではあるが、魔法の波長の相性とやらは素晴らしい、Bランクの魔法も十分強化できているのだ。
カナタ先生曰く、二人の愛の結晶らしいが、そんなことはどうでもよく実際は同調度の高さに起因するものらしい。
そう考えると、ロイとスミレのペアはやはり最強なのではないだろうか。
僕らでさえ威力は桁違いに上がるのに、あの二人が魔法を発動したら、と考えるといつも虚しくなるので思考をストップする。
今もまた、テトラスの習練中。ブルーム先輩一人を相手に四人が陣形を組み動きや連携の確認を行っている。
ただ。
最近のロイはちょっと気がかりだ。
――右に動いて。
ここ最近、といっても前回あたりの練習からちょくちょく僕にロイから指示が飛んでくる。
口頭や動作からではない。心を通って僕の意識に直接的に命令をされている。
心を、通って。
ロイなりの試験的な試みなのだろうか、初めて指示が聞こえたときは非常に驚いた。
そこで思わず指示通りに動いてしまったのが引き金となったらしい、それ以降何度も様々な声が聞こえてくるようになった。
明らかに、ロイは感づいているのだ。僕が心を読めることに。
模擬戦を一目見た時から薄々可能性として彼の頭にあるのだ。その時は何か特殊な魔法かとも思っていたようだがここ数日で心を読めることへの可能性が高まっているらしい。
無論、全ての指示を耳に入れることはなくある種の聞こえないふりをしているのだが、それもどこまで通用するのか定かではない。
さっきの指示も右に動くことなくそのまま前進まっしぐら。ブルーム先輩へ一目散だ。
これで誤魔化せるといいんだが、ロイもそう簡単に諦める様子もない。
さらにテトラスの練習終わりに至っては、
――今日の晩御飯はなに?
――今度俺もショウの部屋に行ってもいい?
などとロイの口から到底利くことはないだろうセリフを僕はさっきから何連発も受けているのだ。
俺もだと、ふざけるな。
ロイよお前は冗談を言うやつじゃないだろう。
ちなみにロイが俺'も'というのは別段おかしい話ではない。
僕の部屋にアカネが訪れ話し合った後、アカネが部屋を出る瞬間を見られてしまったのだ。
ロイの時間は止まったかのように直立して回れ右してカクカク歩いて行ったわ、とアカネは語る。
アカネも直立して回れ右して帰っていったのだが。
「ショウ、最近アンタ挙動不審じゃない?また変なこと考えてるの?」
「は、はは。そんな風に見える?アカネの目がおかしくなったんじゃない」
よりによって四人で教室へ帰っている途中に、しかもロイを後ろに据え置く状況で挙動がおかしくなったことを突っ込むんじゃない。
それもそうさ。意味不明でロイに似合わない質問が何個も何個も僕の頭に入ってくるのだ。おかしくなって当然じゃないか。
――きっとまたアカネを部屋に連れ込みたいんだよ。
お前が答えるな。絶対遊んでいるだろ、ロイ。
僕はキッと後ろを振り返りロイを睨む。
窓のほうを見やりてくてく歩いているロイは横目で僕のほうをチラリ、慌ててアカネへと視線を移す。
「アンタ本当に頭ぶっとんじゃったんじゃないの?」
「アカネ、後でまた話がある」
「アンタ最近相談事ばっかりね。どこのガキよ」
「いいから!」
と、アカネの右手を掴み僕は走り出した。
これ以上ロイに変なことを心を通して突っ込まれてみろ、ぼろを出すに決まっている(もう結構出しているけど)。
――あっ。
心の中でも少々寂しげな声を残したまま僕はアカネの手を引き屋上へ向かった。
「ちょっとなに!アンタいい加減にしなさいよ!」
手を必死に振りほどこうとするも単純な力の強さでこれでも女の子のアカネが僕に勝てるわけはなく。
ぎゅっと握りしめひたすら走る。ロイの気配が消えようと思いっきり。手を握って。
「……」
対する僕はアカネに答えない。
なぜかって。焦っていたからだ。尋常じゃないほどの汗が全身から滲み出ていた。
ロイの僕に対する疑念が確信に変わる日も近い。
でもだめなんだ。この力は。この力の正体をアカネ以外の他人に喋るのはリスクが大きすぎる。
人の気持ちがわかる能力。多少力の効果は限定されてはいるが誰だってこう思うさ。
気持ち悪い。と。
近づきたくない。と。
過去の経験が僕にそう告げる。あの時だってあの時だっていつだってそうだったじゃないか。
嫌われ、拒絶され、ひとりぼっち。
アカネだけだ。この力と向き合ってそばにいてくれたのは。
僕はロイまでも、失ってしまうのか。
ガチャリと屋上の扉を開け、フェンスまで走る。途中でアカネの手が離れてしまったけれど気にするか。
はぁ、はぁ、と息をつく。フェンスを両手で握りしめて、形が歪むくらいまで。
それから大きく息を吐く。
「どうしたの?ショウ」
事の重大さに感づいたのかアカネにも覇気はなく怪訝な面持ちで僕に問いかける。
「ロイに、この力の正体がばれそうだ」
素直に話す。正直に話す。
僕らの間に壁はない。建前すらない。
心の壁など作る意味がない。
「えっ、どうして?」
僕は話した。その経緯を。
きっかけは模擬戦だったが最近ロイが探りを入れ始めていることを。
うまく対応しきれなかったせいか、ロイの中で僕の力の正体が確信に近づき始めているということを。
「そっか。ショウは、どうしたいの?」
全てを聞いて。受け入れて。
アカネは僕に問いかける。
「その不思議な力のこと、また、話す?それとも、隠す?」
アカネは聞いているのだ、僕の心に。
過去をまた繰り返すのかと。話して後悔してきた自分を選ぶのか隠して後悔してきた自分を選ぶのか。
いずれにせよ、この能力に関する結果は見えている。
後悔、しかないんだ。
「僕は、せっかくできた友達を、失いたくないだけなんだ」
話すにしろ隠すにしろ。
結局僕が求めているのはそこなのだ。
ロイのことが知りたい。ロイの過去を見定めたい。
そして、ロイを思い出のしがらみから救いたい。
せっかくここまできたんだ。
やっと普通に話せるようになったんだ。
手放したくないじゃないか。
「私は、ロイなら、話してもいいんじゃないかって思ってる」
アカネは続ける。
「ロイならきっと拒まず受け入れてくれるはず。だってそうでしょ?感づいているのに深く入り込んでくるなんて拒絶でも何物でもないじゃない。それに、ショウの言葉でロイは過去と向き合う決断をした。今度はショウが自分の辛い過去と向き合う番じゃないの」
過去と、向き合う。
僕はそれをロイに言ったばかりなのに。
僕は、どうだ。
消え去ってしまう恐怖から、友達が離れていく恐怖から、積み上げたものを失う恐怖から。
ただただ目をそらし逃げ出しているだけじゃないのか。
僕が向き合わなければならない。
ロイに、この力のことを、話す。
それが僕の責任なのかもしれない。言葉ってのは一言が本当に重い。
「そう、だよね。過去と向き合えと言った人間が、過去から目をそらしてちゃ話にならないよな」
今では焦りも消え、汗も引いていた。
隣にアカネがいる。僕を受け入れてくれたアカネが励ましてくれている。
この機会を逃すわけにはいかない。向き合って見せる。
ガチャン。
運命とはまったく。神様がいるなら問いかけたい。
屋上の扉がゆるりと開いたかと思えば、その向こうにはロイがいた。




