1-20. 魔法と戦闘
とほほ。
僕の弱点をこれでもかと見せつけられた戦いだった。
気持ちはわかる。来るところもわかる。視界外の攻撃も察知することができる。
が。僕が気持ちを感じ取って脳に伝えてから体を動かすまでの間、反応速度に追いつけない攻撃をされては僕も動くことはできない。
当然といえば当然なんだけれど、これまでは雷魔法でなんとかなっていたんだ。
たとえアカネの攻撃といえども避けられないことはなかった。
クロウが速すぎだ。一体どういう訓練をしてきたらそんなに速く動けるんだ。
後でコツを聞いておこうか。
ドロップアウトした僕らはブルーム先輩に連れられ上空の檻の中へ。
とは言ってもそこにいたのはほんの数秒と言っても過言ではなかった。
「ブルーム。これで終わりだ」
突如としてクロウが終了宣告をしたのだから。
「おやおや、まだロイが残っているぞ!」
「なら棄権する。俺は負けでいい」
「これは勝ち負けを見てるんじゃないんだよ!言ったじゃないか。君たちの実力や適性を測ってるんだ!」
そこまで言われてクロウは。視界が開けて現れたロイの方へゆっくりと歩を進める。
なんで無防備なまま近づいてるんだよ。隙だらけだぞ。
「ほら、それならこれで俺の勝ちだ」
クロウはついにロイの目の前まで本当に何もせずに歩いていき。
右手を振り上げた。
パンパンと。
そのまま二度ロイの頭を叩く。
なんだこいつら、最初から二人では戦う気がないんだな。
僕はそのまま三度目の掌が振り下ろされるところを呆れ顔で見ていた。
スカッ。
ただ、三度目の攻撃(というかポンポンとあやしていたに近いが)は空振りに終わったのだが。
トントントンと。
ロイはクロウの目の前から姿を消したかと思うと、クロウの後ろへ瞬時に回り込み彼の背中へ拳を軽く三発当てていた。
「いや、やっぱり、俺の勝ち」
何がしたいんだこの二人は。
僕とアカネをゲームオーバーにしてあっさりとクロウの勝利かと思われた初めてのサバイバルゲームは。
正直納得いかないがロイの勝利で幕を下ろした。
もうちょっと真面目にやれ。
僕は何度もこのセリフを飲み込んだのだった。
***
「君たちなぁ。少しは真面目にやってくれないか!これじゃジュースも奢ってやんないぞ!」
僕が胃の中まで戻した言葉はブルーム先輩が代わりに言ってくれた。
「そこまで無理して戦う必要もないだろう」
戦う必要はあるだろう。何のためにブルーム先輩がわざわざ試合を見てくれたっていうんだ。
「やれやれ。今年の一年生は手のかかる子が多いって聞いたけど、先生の言ったとおりだな」
「誰から聞いたんですか?」
「カナタ先生」
あのヘラヘラ教師め。僕らのことをそんな風に伝えていたのか。
でもこの件に関しては鵜呑みにしておこう。
財閥の御子息二人にロイとクロウ。どう考えても手のかかる子ってのに該当するだろう。
「どうして戦いたくないんだい?特にロイ。君は最後の攻撃以外全くなにもしていなかっただろう」
思い返せばロイが動いたのは最後の勝敗を決する時のみだったかもしれない。
アカネの攻撃も全く動かずに防いだっていうのか。
「そんなに攻撃できません」
「防御専門ってわけかい?でも攻撃しなくちゃ試合には勝てないよ」
「……」
ロイが返答に困っているとクロウが横から助け舟を出す。
「ロイは昔からそういう性格なんだ。だから俺も無駄な戦いはしたくなかっただけだ」
なるほど。クロウはロイが攻撃しないことを知っていたから棄権を申し出たのか。
いやいやいやいや。
それなら素直にクロウに攻撃されてしまえばいいじゃないか。
なんでわざわざ反撃に出る必要があったのか。
「じゃあなんでロイが勝ったんだよ」
「ロイは昔から大の負けず嫌いなんだ。どんな些細な勝負事でも負けることを良しとしない」
ひねくれもの!手がかかりすぎだ!
「攻撃はしないけど負けず嫌いねぇ。それって大いに矛盾していると思うんだが!」
ブルーム先輩。ご正論ありがとうございます。
「……」
ロイもクロウも、これ以上なにも答えなかった。
「わかった、わかったよ!仕方ない。これはテトラス班だ。個人戦でもないし防御だけでも充分やっていけるように取り計らおうじゃないか!では、失礼して……」
ブルーム先輩は物分りの良い素晴らしい先輩であるとこの時素直に思った。
ただ、やることは唐突で頭が回るのに若干手間取るが。
「No.3 水球!」
僕らから前置きもなく少し距離をとったかと思うと、ブルーム先輩はおもむろにロイへと水魔法をぶっ飛ばした。
僕らの横スレスレを通っていった水の球は一直線にロイの方へ。
思わず仰け反ってその場から離れる僕とアカネ。
ただロイは一歩も動かず、顔の手前数十センチのところで水の球を止めてみせた。
どうやって止めているのかは一目見ただけでは分からなかった。
どうも水の球はなにやら壁のようなものに当たって止まっているらしい。
ゆらゆらと光の屈折のような現象が一枚板を形成するように見える。
「No.23 水砲!」
水の球が壁の周りへ飛散したかと思うとブルーム先輩の手からは水魔法が継続的に放たれている。
滝のようにも見えるそれはロイの周りに弾け飛ぶ。
これも壁で防いでいるんだ。
回り込んで見てみると、ロイには一切の魔法が通っていない。
ただ継続的に魔法を防いでいることでロイがやはり壁のようなものを作り出していることが飛び散る水の形で僕にもわかった。
「No.43 水衝!」
滝のような水は更に威力を増し、もはやロイのいた場所を全て包み込んでいた。
どうなっているのかは目視では全く確認できない。
「やれやれ。本当に興味深い一年生達だ」
先輩が攻撃を止めると濁流のような勢いの水は徐々に収まり、軽く水浸しの無機質なフロアが顔を出した。
ポタポタと水滴の音が心地よいが、何よりも全身に水を浴びているはずのロイが全く濡れていないことに意識が向くもんだから、せっかくの風流な音色もなんと意味のないことか。
「オッケー!君たちLLの役割が決定だ!攻撃はショウとアカネ。その補助をクロウ。全面的な防御をロイにお願いするよ!」
かくして僕らテトラス班LLにおいて僕が攻撃に回ってしまうというなんとも非情な決断が下されたのだった。
抵抗の余地などありゃしない。
クロウの方が補助に向いているだろう。僕なんて、与えられた役割に付き従うしかないのだ。全うできるかどうかは別として。
タイミングよく授業の終了を告げるチャイムが鳴る。
立方体の建物や水面に反響したせいかより神秘的に聞こえたのは気のせいか。
「ほい!じゃあこれにて第一回LLの練習を終了するよ!」
ありがとうございました、と先輩にお礼をして僕らは教室へと戻る。
先輩が小声でロイを引き止めていなければ、の話だったが。
聞こえてしまったんだ、これが。他の二人は聞こえていなかったようだけれど。
気になる。気になってしまう。
「ごめん僕トイレ。先に行ってて」
カナタ先生には盗み聞きは良くないと言ったけれど。
太陽の日のこともあって、どうしてももっと深くロイのことを知りたいと思ってしまっていたんだ。
***
「ロイは凄いな!俺の魔法も全く通用しなかったみたいだ」
「それほど本気じゃなかったでしょう、先輩」
「あぁ見えて結構本気だったんだぞ!後輩」
演習場の中は二人だけの空間、他に雑音も無く声もよく反響するし多少離れていても十分に二人の会話は耳に入ってきた。
罪悪感はかなりあった。盗み聞きなんて僕の性分に合わない。
しかし、そんなものを全部投げ捨ててでも聞きたい、聞かなければいけないというようなある種の義務感や責任感にも似た感情が僕にはあったんだ。
「いくつか質問、いいかい?」
「……はい」
ブルーム先輩の代わりに聞きたいことは山ほどある。
が、ここは先輩に任せよう。いい質問をしてくれよ。
「ロイって本当にCランク?書類にはそう記載されていたけれど、俺の目にはそうは見えなかったぞ」
「きっと光属性だからです。やっぱり五行とは系統の違う類の魔法なのでそう見える方は少なくありません」
「そういうもんかな」
そういうものかねぇ。
「俺の攻撃を一歩も動かずに防いだあの魔法って正体はなんだい?」
「光魔法の一種です。光の粒子を凝集させると結構な強度が出るんです」
「それにしてはロイの体内の魔力が動いた感じはしなかったが」
先輩、魔力の動きってのがわかるのか。三年生はやっぱり違うなぁ。
僕もわかるようになるのかな。
「自然光を使っているので、そんなに魔力を必要としないんです」
「じゃああれかい?俺が魔力をかなり消費して発動した魔法をほとんど自身の魔力を使わずに防いだってことかい?ほぉーすごいな!」
ほぉーすごいな!
「どうしてこの魔術学校へ?そういった次元すら飛び越えている印象を受けるんだが」
「父に、行けと言われたもので」
ロイのお父さんか。一度会ってみたいな。
「教える俺の立場にもなってくれよ。優秀すぎる若者に潰される先輩の未来を悲観するよ」
「そんなことは。テトラスは、初めて、ですし。せ、戦法とか、教えていただかないと……」
急にたどたどしくなったな、ロイ。
「無理に先輩をたてなくていいよ。だって」
言葉を一瞬切る先輩。
「戦いたくないんだろ?」
「……」
「こういう学校に入った以上、評価の一部である戦闘は避けられないよ。戦いたくなければ辞める他ない」
二人が喋らなくなると一層静まるこの空間。
物音一つ立てられない。鼓動が身体の中を通って痛いほど聞こえる。
「どうして、戦わなきゃいけないんでしょうね」
「えっ?」
えっ?
「魔法は暮らしを豊かにするもの。火がないところに火を。雨の降らないところに水を。壊れた機械に電気を。魔法はそうあるべきなのに、どうして、人を傷つけなくちゃいけないんですか」
「……」
「学校の授業の一環だから仕方ないとは思います。みんなもそんなに考えることなく戦っていることも。それが当たり前だってことも。でも、やっていることはやっぱり'戦闘'なんですよ」
戦いと戦闘。
二つの言葉に大きな差は無いだろうけれど。
ロイの言う戦闘という言葉には、言葉の持つ以上の意味が込められている気がした。
「ロイはボクシングは好きかい?」
「えっ?」
「拳と拳で殴り合うボクシング。人を傷つけてはいるけれどスポーツとして成立している。アーチェリーや射撃、それらは元を辿れば動物や人を殺す道具であるのにスポーツの道具と化している。この世界にはそんな矛盾地味たことがいっぱいだ。でも誰も理不尽なんて思っていない。人より強くありたい、人より上手くなりたいという欲求は人間が人間であるために必要なんだよ」
「……」
「魔法だって同じさ。皆が共通して持っているもの。そして力の優劣があるもの。誰だって他者より強くありたいと思う。その気持ちを一番素直に表したのが'戦い'なんだよ。言うなれば、'遊び'や'スポーツ'と同義と捉えて構わない。お互いが傷つけあうことを了承した上で同じ土俵に立って優劣を決めているのだから、誰にも責任は問えない。でも、ロイの言う'戦闘'には人の死というのが色濃く見えてくるね。遊びやスポーツではなく、殺し合いとしての戦闘」
戦いが殺し合い。
僕はこれまで一度としてそんなことを考えたことはなかった。
当たり前のように魔法が使え、当たり前のようにみんなで競って、当たり前のように戦ってきた。
けれど、ロイの言う戦闘とは、おそらく死線を越えた先にロイが見たもの。
太陽の日の残酷な一日を乗り越えた経験が、そう思わせているのだろうかと僕は思うしかなかった。
「その気持ちは大事だと思う。人を傷つけたくないって気持ちはね。けれど、こう割り切って欲しいんだ。学校の戦闘なんて所詮は授業の一環で、ただの、'遊び'なんだから」
「……はい」
ロイが納得したのかどうなのか。
僕には到底判断しかねる問題であった。




