1-19. 先輩との出会い
太陽の日の騒動から一夜明け。
午前の授業は今までの緊張感が嘘のように温和な雰囲気に包まれていた。
なにせクミンが大人しい。血気盛んな性格も目つきもどこへいったのやら、すっかり彼も丸くなってしまった。
それに伴いクミンに脅迫されていたであろうクラスメイトもそこそこは落ち着いたようである。
中にはロイやクロウに話しかけたり誤りに来る人たちもチラホラ見受けられた。
僕は僕の矜持に従って行動したまでだが、結果としては良かったといえるのではないだろうか。
「ショウ君やい。見てみろよこのクラスの変わりよう!あの澱んだ空気が嘘みたいじゃないか!」
チャイ君やい。顔が近いぞ。鼻息すら聞こえるぞ。
とはいえ新鮮ではないものの、ある程度改善したことはなんとなく感じる。
そんないきなり馴れ馴れしくなるなんて思っちゃいない。
「そうだね。ロイを毛嫌いしていたのは本心じゃなくてやっぱりクミンの影響が強かったんだね」
「これも俺のおかげってやつ?今日クラスのみんなに話したんだ!ロイやクロウをもう仲間はずれにしなくてもいいんじゃないかって!」
チャイ君やい。それはなかなかすごいことをおっしゃったのでは。
「なんだよ。あの時は僕らから少し距離を置いてたくせに。いいやつじゃん」
これに関してはチャイにも罪悪感があるようで、珍しく顔の前に手を合わせて謝られた。
「あの時はほんっとごめんな!俺にもいろいろあったんだよ」
「全然いいよ。みんないろいろあったってのはわかってるから」
クミンの脅迫についてはもうこれ以上は追求するまい。
どうせみんなちっぽけなことだったんだろう。そう願いたいものだね。
「ショウ」
チャイと二人で話していると、珍しいな、左隣から声をかけられた。
いつ聞いても渋いねぇ君の声は。
「どうした?」
そんな改まった顔をしてどうしたんだい、クロウ。
「いや、素直に礼を、と思ってな。ありがとう」
今日は雨でも降るのかね。まさかクロウからお礼を言われるなど思ってもいなかった。
それでも陰ながら心配してくれていたのだ。こちらこそ、というべきか。
「ううん。僕は、別に、なにも」
単にきっかけを与えたに過ぎない。
それにカナタ先生のおかげもあるけど、たまたまいい方向に転んだだけであって事態は坂道を下っていったとも考えられる。
本当に、たまたまなんだよ。あるいは、ロイの力といったところか。
「ただ、これ以上の詮索はよしてやってくれ。状況が改善されたのには感謝しかないが、ロイも昔を思い出した反動が来ててな。そっとしておいてくれ」
「うん。わかった。ありがとう」
ロイの立場を自分に置き換えたら、と考えるとぞっとする。
ぞっとするなんて失礼な言い方かもしれないけれど、僕には果たして耐えれるのだろうか。
クロウの忠告は守るべきだろう。ロイは相変わらずといったところだろうが、少なからずあれほど重たい過去と向き合ったあとだ、今は確かにそっとしておくべきなのだろう。
これ以上の詮索も、しないでおこう。
ひとつだけ気になることはあったけれど、カナタ先生も知らないようだしロイにも聞くわけにもいかないし。
また、時期を見計らって一つ一つ解決していこう。
「はいはーい、みんな席についてねー!午後の授業を始めるよー!」
時刻はお昼すぎ。昼食を食べ終わって喋っていたらカナタ先生が元気よく扉を開けて入ってきた。
もうそんな時間か。この学校少し昼休み時間が短くはないだろうか。
「はいはーい、みんな起立!体育館に集合ね!」
席に着けといった途端立たせるなどしっちゃかめっちゃかですよ先生。
生徒のみんなもえぇぇと不満気な顔やらため息やら。
「何するんですか?先生」
と、生徒の一人が一言。
「君たちのテトラス班の監督係を決めるのだよ!」
***
「どうも!俺はブルーム!君たちの監督係に任命された。俺についてきたからには絶対テトラスは優勝だから任せておけ!」
ブルームと名乗る青い短髪の人物が僕たち'ラピスラズリ'の監督係らしい。
いきなりのテンションの高さに僕ら四人はリアクションに困っていた。
「君たち元気がないねぇ!最近の若いもんはこれまたどうして」
僕たちは体育館に集められたあと、各自班ごとに分かれて監督係を紹介された。
学年は二つ上の三年生。四年次まである上級学校の上から二つ目の学年だった。
「それじゃあ自己紹介といこうか!君たちのことをかっこよく教えてくれ!」
ブルーム先輩のノリの高さは置いといて。
これから僕たちは進級までの一年間、監督係の指導のもとにテトラスに望むそうだ。
下級学校では二人で戦うジービスまでしか存在しなかったため、実質テトラスで試合を行うのは上級学校一年生が初めてというわけ。
皆スタートラインは一緒。右も左もわからないため、先輩に指導についてもらうという教育の方針らしい。
と、珍しくカナタ先生が真面目に言っていた。
僕らは軽く自己紹介を済ませ、ひとまずはこれからの練習方針を立てるという名の雑談タイムに移行していた。
「ほぉ君らLL班はなかなかユニークな集まりのようだね!これは面白くなってきたなぁ」
「先輩、LLって?」
「ん?ラピスラズリ[Lapis Lazuli]だろ?だから、LL!長いし!こっちのほうが呼びやすいし」
アカネの憧れ、目標とする技がアルファベット二文字に省略されてしまった瞬間であった。
「ちょっと先輩!勝手に略さないでください!」
「いいじゃないか。なんか、かっこいい!」
かっこよさを追い求める姿勢は素晴らしいという他ないですね。
アカネは不服そうに、けれど先輩であるからそれほど強く言い返すこともできずに頬を膨らませていた。
なんだ。かわいいな。
「いやぁでも本当に驚いたよ!なんせこのLLは計6属性もの魔法を使えるなんてね!」
「6属性?」
クロウが問い返す。
僕は改めて考えてみて、自分で納得したがロイとクロウの二人は未だに首をかしげているようだった。
「あれ、知らないのかい?俺はみんなの資料をあらかじめ先生からもらっていて使用する魔法の属性を知っていたんだが」
そういえばと。
模擬戦以降、特段試合のようなものもなく、授業も基礎の基礎でそれほど魔法を使った試しがない現状で他の生徒の魔法なんて僕自身もあまり知らなかった。
ロイとクロウ、あとはクミンやスミレは模擬戦の印象が強すぎたため勝手に覚えてしまったが。
僕の魔法なんか興味も持たれてないわけで。
「ロイは光、クロウが土、アカネが火、そして残りがショウ!全く一人一属性で合計四属性ですら珍しいのに、この班は光に加えて三属性持ちまでいるとは。本当に興味深いよ!」
「おい、ショウ。お前三属性も使えるのか」
「え、あ、うん。実はね」
僕の使える属性は残りの三つ。すなわち、水と風と雷。
すごいな。偶然でもこうもよく重ならずに揃ったもんだと感心した。
「所詮Eランク程度の魔法だけどね」
アカネよ。せっかく人が驚かれていい気持ちになっているって時に変な口を挟むなよ。
事実だけれど。
ロイは少し口を開けてじっと僕の方を見ていた。
そんなに驚かれてしまっては僕も照れるぞ。君も十分すごいじゃないか。光だなんて。
「これは、ぜひとも!ローレンシア率いるテトラス班に勝ってもらいたいものだね!」
「ローレンシア?」
いきなり出てきた名前に戸惑う僕ら。
「あぁ。紹介しよう。あそこに見える翡翠色の美しい髪を持つ可憐な女性。彼女こそすなわち三年生の主席にして俺のマイハニー!ローレンシア!だ!」
マ、マイハニー?
は、さておき。主席の人が女性とは。どれどれ顔を拝んでおこう。
僕はブルーム先輩が指差す方向へと顔をやる。
先輩の言うようにきらびやかな美しい髪と可憐な立ち姿を有する女性はすぐさま僕の目に飛び込んできた。
その前に、紅の、これまた気高い、気高すぎる女性を見つけてしまったが。
「スミレの班の監督係が主席だと」
僕は職員室の帰り、廊下で言われた言葉を思い出す。
ライバルのチームメイトとしての責任。まったく。主席の監督係についてもらって体制は万全というわけじゃないか。
とほほ。
「大丈夫大丈夫!なんてったって俺は彼女に次ぐ次席だからね!是非とも、彼女のチームに勝ってくれたまえ!」
こんなアホそうな喋り方をして次席かよ!
というストレートなツッコミはさすがの先輩の手前、ぐっとこらえて飲み込んだ。
「二人は付き合っているんですか?」
おいおいなんてことを聞くんだアカネよ。
調子に乗ってしまうだけではないか。
「そのとおりだよ!俺のマイハニー、彼女の右に出るものは俺しかいない!」
次席じゃないですか先輩。右にも出ていないじゃないですか。
なんてくだらない会話をしているとあたりが騒々しくなってきた。
皆場所を移動し始めている。
「そろそろ行こうか」
「え、行くってどこへ?」
ローレンシア先輩のところか。
「君たちの実力を見にね!」
***
ブルーム先輩に案内されてやってきたのは体育館とは中庭を挟んで反対側。
いつも授業を受けている校舎の真裏にひっそりと立つ'個別演習場'といういわゆる個人専用のこじんまりとした演習場。
魔法や衝撃に耐性のある素材で作られているというが詳しくは僕にもわからない。
先輩曰く相当暴れても傷一つつかないということ。
王政が破れて魔法よりもこれまで軽視されていた科学の発展に力が入れ始められているとはいえ、これらの類は僕らの専門外。
後で科学系の学校へ進学した田舎の友達にでも聞いておこうか。
「今から行うのは四人で行うサバイバルゲーム!3発魔法や打撃を受けたらその時点でゲームオーバー。最後の一人には俺がご褒美として後でジュースをおごってあげよう!」
ジュースって。いや嬉しいけれど。
僕には勝機はありそうにもない。
アカネと一対一でも引き分けるのがやっとだったのに、凄まじい模擬戦を繰り広げたロイとクロウと戦う日がこんないきなり来るとは。
僕らは言われるがままブルーム先輩を中心に四方へ足を伸ばす。
そう大きくない箱だ。障害物もなにもない。ただの立方体の箱。
無機質な空間で今から魔法を打ち合うなど、いまいち気合ってものが入らなかったのは事実。
「さて、はじめよう!」
ブルーム先輩が手を叩くと同時に、先輩の足元からかごのような檻のような金属製の格子が現れ先輩を上へ持ち上げる。と、いうか宙に浮かせている。
立方体の中は少々暗くなりなにやら仄かに光る膜で覆われているかのような様相へと変化した。
なるほど。おそらく魔法に耐性をつける魔法かなにかだろう。
僕は始まってからは特に動かなかった。というか動けなかった。僕だけじゃない。誰も動こうとしない。
4人で争うサバイバルなんて今まで行ったことなどないし、ましてや相手はみんな格上だぞ。
それにサバイバルってことは生き延びることに徹してもいいわけだ。不用意に動かずとも……。
「ガーネット!」
とはいいつつも、真っ先に動き出したのはアカネだった。
しかし、心の声は聞こえない。おそらく右隣のアカネは彼女から見て正面のクロウと右隣のロイへ全体的に攻撃を仕掛けたに違いない。
見れば既にいくつかの炎の塊が彼らの方へと矛先を向けている。
しばらくはこの光景がずっと続いた。
アカネは僕など視界にも、気持ちの端くれにも入れずにロイとクロウへ勝負を仕掛けているのだ。
きっとアカネも本能的にわかっているはずだ。
カッコ悪かったけれど財閥の一味であるクミンの攻撃を凌いだクロウや、自分よりもランクの高いスミレを凌いだロイがアカネよりも格上であろうことに。
悔しい。なんて感情はそれほど湧いてこなかった。
アカネはそうあるべきだ。彼女は先を目指すべきなのだ。
僕は、このまま、見守っているだけでもいい。
――なにをぼけっと突っ立っている。
見守るだなんて早くも前言撤回だ。
アカネが常時放っている炎が誘発した煙の中からクロウの意識がこちらへ向いたことに僕は勘づいた。
その場を勢いよく離れる。
足元から岩が隆起し、僕が数秒前までいた場所は剣山のような有様になっていた。
「なんでアカネの攻撃を防ぎながら攻撃できるんだよ」
意識を集中させる。これが僕の最近自信をつけた戦い方だ。アカネに自信をつけさせられた戦術だ。
目は追いつかない。魔法もさして手応えはない。しかし、僕にはできることがある。
――くらえ。
避けては聞こえるクロウの感情を読み取り、瞬時に足へと情報を伝える。
視界は煙でかなり悪いはずなのにクロウが作り出す岩の数々はしっかりと僕の姿を捉えている。
なんてやつだ。なんて攻撃だ。
アカネももうちょっとマシな攻撃をしやがれ。
そうだ。
躱している間に僕はブルーム先輩が数刻前に告げたこのサバイバル戦のルールを思い出す。
そう。このゲームは魔法を'当てれば'勝ちなのだ。
すなわち魔法の強さや強弱は関係ないということ。
ならば。僕にもできることがあるだろう。早さだけが取り柄の僕の雷属性の魔法、これを当てることができれば、少なからず勝機はあるはずだ。
クロウの攻撃を躱しながら僕はクロウの魔法が飛んでくる場所、クロウが立っているであろう場所へと距離を少しずつ詰めていく。
このくらいなら当たるだろうか。とりあえず2,3発打ち込んでみることにした。
煙の中を貫き、周囲の煙を巻き込みながら打ち放った雷は開けた視界の先にクロウの姿を捉えた。
岩の壁で防がれてしまったが、これでいい。
煙が出ている今がチャンスだ。こちらの動向もそこまで読まれてはいまい。
――邪魔よ!
ダメだ。クロウの方へ意識が集中しすぎていた。
これはサバイバルゲームなんだ。背後からアカネに強かに狙われていることに気づかなかった。
「よっしゃ!まず一発!」
さすがの僕も不意打ちには弱い。直接被弾することは避けられたものの、アカネの炎が左脇腹を掠めてしまった。
ちくしょう。少し痛いな。油断した。
僕は一旦もといた場所へと下がる。全体を見渡す。
アカネも一度攻撃をやめたようだ。煙が引くのを待っているのだろうか。
しかし、煙が晴れた先にクロウは、いなかった。
「なっ!?」
アカネも気づいたときにはもう遅いかった。手遅れだった。
クロウは彼女の後ろへ下から回り込んでいたのだった。土属性の魔法ってそんなこともできるのかよ。
「ぐっ……」
そのままクロウは肩と膝と太ももに打撃をくらわせ、アカネをゲームオーバーに追い込んだ。
ブルーム先輩も言っていた。打撃でも体術でもいいと。
クロウの鬼のような身のこなしの軽さはたった一回見ただけで危険を感じとった。
――!!
来る。次は僕の番だ。
咄嗟に足に雷魔法を最大限に付加させて距離を取る。
予定だったが。
飛んだ先にクロウがすでにいた。コイツ、雷よりも早いのかよ。
――終わりだな。
彼の思惑は十分に伝わってきたが。
何分僕は速すぎるクロウの体術を、躱すすべなど持っておらず、あっという間にゲームオーバーとなってしまった。




