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1-18. 職員室にて


「失礼します。カナタ先生おられますか?」


放課後、夕日が差し込む教室を後にした僕とアカネは職員室に立ち寄っていた。

そういえば、職員室に入るのは初めてだな。

山積みになった書類、雑に置かれたコップ達、その中で一際小奇麗な空間を見つけたかと思えばそれが目的のカナタ先生の机だったわけで。

意外と綺麗にしてるのな。


「お、どうしたどうした委員長ちゃんと副委員長ちゃん。これはあれかい?もしや結婚のご報告かい?」


職員室でいきなりなにを口に出しておられる。


「バ、バカにしないでくれますか!結婚だなんて……そんな、まだ」


まだ?

アカネよ。カナタ先生の冗談に付き合うからそんなに顔を赤くする羽目になるのだ。

無視だ。無視。


「カナタ先生、今ちょっとお時間よろしいですか?」


「なんだいなんだいショウちゃん。君はノリが悪いねぇ。それにそんなにかしこまっちゃって。なにやらお困りかな?」


この先生はまったく。

あれほどの事件があったというのに担任教師の自覚というものはないのだろうか。


「今日のクミンのことで、ちょっとお話が」


「そんなに話すことないけどなぁ」


笑顔でさらっと要件を濁すカナタ先生。

こっちは話すこと大ありなんですよ。


「先生、どうして遅刻の振りなんてしたんですか?」


「ありゃ?バレてた?」


「バレるもなにも、入ってくるタイミングが絶妙すぎます」


先生に助けられたといえば間違いではない。

あの場で先生が止めに入ってくれなければ事態はもっと深刻になっていただろう。

ロイは犯罪者の濡れ衣を着せられたままこれからの学校生活を送るハメになっていただろうし、他の生徒に対するクミンの脅迫も引き続きエスカレートしていっただろうし。


「それに私、先生が逃げるように去っていくの少し見ましたから」


後でアカネに聞いた話ではあるのだが。

アカネが若干遅刻してきた時にうっすらと逃げていくカナタ先生の後ろ髪を見たそうだ。

詰めが甘いのやらなんなのやら。


「ありゃあ。これは先生もドジっ子ですねぇ。てへっ」


なにが、てへっだ。いい年して。


「どうして、あのタイミングだったんですか?もっと前に止めていればロイも傷つかずにすんだかもしれないのに」


太陽の日の話が出る前に。

先生が事態を収めてくれれば。

もっと温和に丸く収まったのではないだろうか。


「先生は生徒のいざこざに不介入の立場を取っているからねぇ。ちょっと見物させてもらったよ」


「見物って先生!本当に大変だったんですよ!」


それでも担任教師か。


「でもまぁ私の偉大なる活躍によってまるーくさらーっと収まったし良かったじゃん。これでクミンちゃんの横暴な行為も止まるでしょう」


「え、先生知っていたんですか」


初耳だ。

聞いてもいなかったが。


「当たり前じゃない。あんなことされて相談しにこない生徒がいると思う?」


「それは、そうですけど」


クラスのみんなも捨てたものじゃない。

班編成の時に聞いた、ごめんね、という言葉に嘘はなかったのだ。

あの中には心配していた人もちゃんといたんだ。

よかった。

本当にその一言に尽きる。


「それでも、クミンをもっとはやく止めていれば……」


「過去と向き合うんじゃなかったの?」


僕の訴えに重ねるようにしてカナタ先生は静かに言った。

目は開いていないように見えたけれど、その表情にもう笑顔などなかった。


「えっ……」


「過去と向き合う。ショウちゃんがロイちゃんに言った言葉でしょ。もっと早く先生が止めていたら、向き合うことなんてなかったと思うけれど」


「き、聞いていたんですか」


「そりゃあ、君たちの先生だからね」


中庭は僕らのクラスの真下にあるといってもいい、ロイがいつも眺めている風景の一部でもある。

盗み聞きは良くないですよ。本当に。


「逃げたい思い出と向き合う、忘れたい記憶と向き合う。昔の自分と向き合うってことは凄く大変なことだと思うよ。昔の甘かった自分や逃げ出した自分を認めて反省しなくちゃいけない。誰もが考えたくないことだと思う。ましてやロイちゃんの抱えているものの大きさを考えれば先生だって簡単には言えない。逃げてもいいんだって言うかもしれない。それでもショウちゃんは向き合えって。立ち向かえって言った。きっと、私が同じ事を言っても変わらなかったでしょうね。ショウちゃんの言葉だからこそ、ロイちゃんはあの場で過去と向き合う決心をしたんじゃないかな?」


「僕の、言葉だから?」


「そう、友達の君の言葉だから」


「と、友達?」


いや、一方的に気になっていただけで。

それほど喋ってはいないんだけれどな。


「あの二人、心配してたよ。二週間くらいいろんな人に探りを入れてたんだって?それでクミンの怒りを買わないかって。私に相談しにきてたもの」


信じられなかった。

ロイとクロウが。そんなに僕らを気にしていたなんて。


「まぁ先生としてはそういったことに不介入だから、何もしなかったけどね」


「なにかしてくださいよ。おかげで燃やされましたよ、家」


「燃やされたってほどでもないでしょう?離れの小屋でボヤ騒ぎが起きただけって聞いたけれど」


えっ。

いや、アカネは、確かに、家が火事にあったと……。

チラリとアカネの顔を見る。


「まぁ確かにそういえばそうだけど」


「家が少し燃えたって言ったよね!」


「小屋も家の一部でしょうが!仕方ないじゃない!クミンのこともあった後だったんだから!」


「それにボヤってほとんど燃えてないんじゃ」


「か、壁が一部黒くなってたのよ!」


「ぜんっぜん大丈夫じゃん!僕の心配返してくれよ!相当心配したんだぞ!」


「話を聞かないアンタが悪い!」


「話をきちんと伝えないアカネが悪い!」


いろんなことを考えた。あぁ考えたさ。

火事の大きさも、被害の大きさも、みんなの苦労も、いろんなことを考えた。全部徒労だったってか。


なんだ。クミンのそんなちっぽけな脅迫に僕は血相変えて怒ってしまったのか。

なにがざまぁみろだよ。小さすぎるよ。

ボヤ騒ぎってなんだよ。やるならとことんやれよ。

いや、やらなくていいけれど。


実はクミンってすごく子供なのでは。

後で頭に一発ガツンといれて、それでこちらの事件も丸く収めてしまおう。


「はいはい。痴話喧嘩は職員室じゃなくてお家でやってくれない?」


「痴話喧嘩なんてしてません!」


だから顔が赤いって。

いやいや、そんな話をしにカナタ先生を訪ねたわけではない。


「先生、ロイが太陽の日の被害者だって、知っていたんですか?」


「やっぱり、それがずっと気になってたんだよね?」


先生もお察しの通りで。


「うーん、実は先生もさっきまで知らなかったんだ。ただ会話は聞かせてもらっていたから、クミンちゃんの主張と、先生に伝えられていた事実とを重ねて伝えただけだよ」


「つまり、先生は被害者は誰だか知らなかったけれど、太陽の日の真相は知っていたということですか」


「そういうこと。あんまり言っちゃいけないんだけどね。本当に。ただあの場はロイちゃんを守るために言わざるを得なかったから、仕方なく、ね」


「どうして、知っていたんですか?」


「それこそ答えられないなぁ。ここだけの話、太陽の日の真相は事がことだけに公にはされていないんだよ。先生も話してしまったことでどんな罰則を受けてしまうのか」


真犯人に操られ発動した超巨大魔法。

その被害者がロイで、今も生きている。

世間に公表すれば、ただでさえ罪を抱えさせられてしまったロイもさらに生きにくくなってしまうことは容易に想像がついた。


「どんな罰則を受けるんですか?」


「んーげんこつ?」


「割と軽いな!」


どうせ嘘でしょうに。


「おやおや、あの日のことが知りたいのは君たち夫婦だけじゃないみたいだね」


「誰が夫婦よ!って、え?」


先生の言葉で後ろを振り向くと、職員室の扉からチラチラ顔を出すスミレがそこにいた。

僕らと目が合ってしまったスミレはすぐさま扉に隠れる。


「こらこら、隠れてないで出てきなさい!」


少し気まずそうにスミレは僕らのもとへやってきた。


「貴方達。ここから先は大切な話なので席を外してもらえないかしら」


「なんだいスミレちゃん。また愛しのロイちゃんのことを聞きに来たのかい?」


「せ、先生!」


また?

スミレのやつ何度も先生のところに聞きに来ていたとでも言うのか。

それに、僕は今目の前の顔を紅の髪の毛と同じくらいまで赤らめた財閥の気品もなく純真無垢な少女のような子を知らない。

誰だコイツ。本当にスミレなのか。


「はいはい君たち。先生はもうこの先一回しか言わないからよくお聞き」


かよわいスミレのことは置いといて。

僕ら三人はカナタ先生の方を向く。


「太陽の日の真相はあの時先生が言ったことが真実。それ以上は先生も知らないわ」


先生の言ったことは本当のようで、詳しい事を聞いてもやはり知らないらしく何も教えてくれなかった。



 ***



「なぁスミレ。そんなにロイのこと知りたかったのか?」


職員室から三人仲良く追い返された後、僕らは昇降口まで自然と歩くことになった。


「別に。私は彼のライバルだから知っておこうと思っただけよ」


顔を赤くした無垢な少女はどこへやら。

スイッチでもどこかにあるのだろうか、今のスミレはいつもの気高いあのスミレに戻っていた。


「なんでカナタ先生なんだ?直接聞けばいいのに」


お。顔を赤らめるスイッチがなんとなくわかった気がした。


「口の減らない田舎者だこと。貴方達の知らないことがいろいろあるのよ。いろいろ」


「ふーん、そんなもんか」


正直なところ、そこまでの興味はなく適当に答えるのであった。


「いいこと?私はロイのライバル。それは個人でもチームでも変わりないわ。貴方達はロイと同じ班を組むのだからそれ相応の責任を持ちなさい」


「え、それって、僕たちまでスミレのライバルになっちゃうの?」


「誰が貴方のような気品のない方をライバルなどに据え置くものですか。付き人風情が」


僕ってロイの付き人だったのね。


「ロイってそんなに気品高い?」


「えぇ。少なくとも私の隣の財閥の風上にも置けない餓鬼のような男の子よりはずっとね」


クミンよ。聞かせてやりたいねぇ。

お前が崇めていたスミレというお方はとんでもなくお前の敵であるぞ。


「せいぜい頑張ることね。ロイの足を引っ張るようなことがあれば貴方も竜の腹のなかよ」


あの炎の竜に飲み込ませることだけは、本当勘弁していただきたいものだ。

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