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1-17. 太陽の日


太陽の日。


田舎者の僕であろうと、財閥の息子であろうと、常に笑顔の教師であろうと、この国の誰もが知っている当たり前のような事件の名前。

三大事件簿には入るだろう。いや入れるのすらどうかと思う。他の事件など比べ物にならない。

王政が破れて15年、それ以降この国で起こった最大の事件。


草原にはぽっかり穴が空き、山が一つ二つ消し飛び、近くの建物を塵と化した、太陽のような大きな光の塊。

この国最大の魔力発電所すらその犠牲となり、約二週間この国を暗闇に落とし込んだ。

事件の起こった場所は都会から隔絶された辺鄙な所だったため、犠牲者こそ0と奇跡だったが、王政脱却の兆しが見えた発展途上のこの国に大打撃を与えた出来事であるのは間違いなかった。


誰も直接見たものはいないという。しかし、高々と打ち上がった光の玉を見たものは多い。

神々しくも思える塊を人々は一瞬崇めたという。後に、すべての元凶である悪魔的存在であることが判明したのだが。崇拝にも値しない。


そこから名付けられた事件。

それが太陽の日。


驚くなかれ。

その事件は未解決事件である。未だ真相に至っていない。犯人すら捕まっていないのだ。


その主犯をロイだというこの財閥息子は何を根拠にそんなことを言うのだろうか。

余程明確な証拠がなければ口に出すことすらおぞましい。

大罪人だぞ。間違いなく。刑務所に入れば済むってものでもない。


誰がなんと言おうとこの国の敵である。国家を挙げて検挙したいはずである。

その犯人を知っている?馬鹿を言え。すぐさま警察に言うべきだ。

何故クミンはそう思い込み、そして僕らを守るなどといった名目でロイを突き放すのか。


その辺に僕らの抱える事件の鍵がある。はずだ。


「ククク……。ククククク……」


太陽の日という僕からは溢れ出てしまいそうなほどの言葉を聞いて以降、頭の中がぐるぐるとかき混ぜられているような感覚に陥っていたが。

未だ一人席に座っていないクミンの不敵な笑い声に、一回思考をシャットアウトした。


「そうだ。そうだよ。なぁ、ロイ。さっきお前は過去と向き合うと言った。そして人殺しを認めた。なぁ、そうだよな」


「……」


さすがのロイも二度は答えなかった。

なんだ。この喧嘩、まだ続けるのか。


「そう。過去と向き合うのは素晴らしいことだ。じゃあ、こいつも正直に話してくれたまえよ」


わかった。

この言葉を聞いたとき、僕は察した。

クミンはロイが犯人だという明確な根拠を持っているわけではないんだ。

あくまで、何らかの形でそれを知っている、だけ。

だから、本人に認めさせる以外の方法がないんだ。そして、それを実行しようとしている。


「ダメだ!今ここで答えるべきじゃない!」


ロイの。彼の空っぽな心は。

今ならなんだって答えてしまう気が僕にはした。

思わず叫んだ。止めた。次にクミンが何を言うのか分かってしまったから。


「……太陽の日。犯人はお前か?」


過去と向き合って欲しい。

そう望んだ僕だったが、こればかりは時も場合も内容も悪すぎる。

きちんとした瞬間に、きちんとした形で向き合う必要がある問題だ。

こんなクミンが一方的に場を収めてるところで認めてしまったら。

何が起こるかわからない。


「ロイ!」


しかし、ロイは口を開く。


「うん。そうだよ」


別にロイが犯人という確証があるわけではなかった。否定する未来もあったわけだ。

でもなにかを察したんだ。クミンの言い方なのかロイの心の中なのか、根拠を明示することはできないけれど。


最悪だ。


僕のせいで、僕がきっかけを与えたせいで、ロイが。

犯罪者であることを認めさせてしまった。


いや、きっとなにか理由はあるのだろう。そう思いたいだけかもしれないが。

それでも。ロイは認めた。はっきりと。


教室が静まり返る。前より一層深く。深淵にたどり着くまで。深く、深く。


「そうだろうな!僕はあの時見ていたんだ。僕だけが見ていたんだ!ロイ、お前が人を殺し、あたりを崩壊させていく様を!」


思い出した。

郊外の辺鄙な場所に建物なんてと当時は思っていた。

そこには、あったんだ。

'ブルドン家'の研究所が。


なるほど。確かにあの事件で一番被害を受けたといってもいいのはブルドン家だ。

周りには他の建物はなかったはず。

そこでクミンは見ていたのか。たった一人。太陽の日を。

しかしよく生き残っていたな。


「もう十分でしょ」


言葉を発するなんて勇気のあること、誰にもできなかった。

けれどスミレだけは立ち向かっていた。


「ロイは認めた。それで十分じゃない。贖罪に値すると思うけれど」


「は。十分なものか。最悪の大罪を犯した本人がのうのうと生きているんだぞ!相応の謝罪と反省の意を示してもらわねば」


「いいっていってるでしょ!」


「スミレ君?」


スミレは俯いたまま、顔を上げることはなかった。

気品高いスミレがどうして思いのままに叫んだのか僕にはわからなかった。


「はいはーい。いやぁごめんごめん!とてつもなく途方もなく遅刻してしまってね!さぁ、授業を始めましょ!」


すっかり忘れていた。今、授業中だったのか。

というか僕がクミンを掴みかかったのが始まる一分前程度だったような。

時刻は既に三十分以上も過ぎている。カナタ先生。本当に遅刻したんだろうか。

タイミングが良すぎませんか。先生。


「何してんのクミンちゃん!一人で立ってカッコつけてないではやく座りなさい!十分目立ってるよ。わかってる。君はかっこいい!」


どん底の雰囲気を丸投げしたような態度にクミンは突っかかる。


「先生、遅れては困りますよ。でも、おかげで犯罪者をあぶりだすことができました。今日だけは遅刻も大目に見てあげましょう」


「犯罪者?なんだいなんだいそれは!先生気になるなぁ」


クミンのやつ。

先生にまで言う気か。なんてやつだ。

しかし口は開かない。僕の口は固く閉ざされている。震えがとまらないんだ。筋肉に信号が伝わらない。


「あの未解決事件、太陽の日の真犯人が明らかになったんですよ!」


「へ?太陽の日?いやいや、何を言うんだねクミンちゃん。あの犯人は死んだじゃないか!」


先生が何を言っているのかさっぱりわからなかった。理解するのに時間がかかった。脳が言葉を噛み砕ききれなかった。


「はっ?なにを勘違いして」


「全く面白い事を言うなぁ。刑事ドラマの見過ぎじゃないの?さ、遅れたけど授業始めるよー」


七転八倒の急展開に僕も含めてクラス中が混乱している様子だった。

人殺しだの、犯人だの、実は犯人は死んでるだの、なにがなんだか。


バンッ!と、クミンは机を叩く。


「ふざけたことを言わないでください!」


「クミンちゃん。あんまりふざけたことを言うと先生、怒っちゃうよ」


常に笑顔がトレードマークのカナタ先生であったが、怒ると怖いということを僕の辞書に追加しておこう。

うっすら見開かれた目から凄まじいオーラを感じるぞ。透き通った綺麗な瞳なのに。


「なにか勘違いしているみたいだから先生が正しておくね。事件の首謀者は何者かを操り太陽の如き魔法を発動させた後、その強大な魔法に自身も飲み込まれ死亡。これが太陽の日の顛末だよ。これ以上でもこれ以下でもない」


「操り……。じゃああの化け物は」


「化け物?それは魔法を発動させられてしまった人物のことかい?それはちょっとかわいそうだなぁ。真犯人に操られて事件を起こしてしまった悲劇の人物だよ。十分被害者なんだよ。誰だか知らないけれど化け物なんて二度と呼ぶんじゃない。その子は謝っても謝っても謝りきれないだけの罪を背負わされたんだ。生きていくこと自体が苦痛に違いないんだから」


「……」


それ以上クミンが口ごたえをすることはなかった。

意気消沈といったクミンの背中はしゅんと丸くなってしまって。

顔は見えないけれど、きっと目は見開かれてワナワナ震えているんだろう。自分が犯人だと信じてやまなかったロイが、脅迫に近い(というか犯罪だけど)ことまでしてクラスメイトを遠ざけさせたロイが、実は被害者なのかもしれないという事実を知ってしまったから。


カナタ先生が言っていることは本当かはまだわからない。

なにせ世間では未解決事件と扱われている太陽の日の真相を知っている人物なのだから。

先生は被害者について何も言わなかったけれど、この時の僕にはもうある程度確信に近いものがあった。


先生はロイが太陽の日の被害者であることを知っているんだろう。


入ってくるタイミングといい、クミンの押さえつけ方といい、ロイを擁護しているとしか思えない。

じゃあなんでクミンに暴れさせた?

わざわざ遅刻なんてしなければこんな大事にもならなかったのに。


ほっとする安心感も束の間、カナタ先生に対する疑念も増すばかりだった。


「ほら、クミンちゃん、席について。授業始めるから」


にこっと笑うカナタ先生に少し恐怖を覚えたのは言うまでもない。

心の中で絶対怒っているよな。

僕に対する感情じゃないからさっぱり聞こえないけれど。


クミンはうつむいたまま自分の席、スミレの横へとガシャンと音を立て座る。

身体には力が入っていないようで、肩を下げ腕も垂らして、今のクミンを見て財閥の関係者だと言うやつはそういないだろう。


時計の針は授業終了10分前をさしていた。

いやいや、もう終わりじゃん。


案の定カナタ先生はそれ程喋ることもなく、終了のチャイムが鳴ると同時に笑顔で職員室へと戻っていった。

いやいや、仕事しろよ。


先ほどの熱気も冷めやらぬ教室内の生徒は誰一人として動こうとせず、ただ次の授業を無心で待っているようだった。

クミンの隣、スミレを除いて。


「ちょっと貴方、貴方の方こそ膝をついて、頭を床に叩きつけて謝ることがあるんじゃないのかしら」


「……」


「先程までの発言は、先生の言った真実が本当であるならとても看過できないと思うのだけれど」


「……」


カナタ先生の真偽はスミレにだってわからない。

わかるとすれば、それはつまり。


「ロイ。答えにくいかもしれないけれど、できれば答えて欲しいんだ。カナタ先生の言ったことは本当なの?」


重たかった。

想定の百倍は重たかった。

認めさせたことでなんになるっていうんだ。

けれど、クミンに着せられた犯罪者という濡れ衣を晴らすためにも僕は口を開かざるをえなかったんだ。


きっとカナタ先生の言ったことが真実だとしても思い出したくないだろう。

操られていた本人の気持ちは先生の言ったとおり、とてつもなく重たくて辛くて、想像することさえ胸が締め付けられる。


「……だいたいは、あってるよ」


ロイは認めた。右肘を付いて外をぼんやりと眺めながら。

クロウはもう黙っていた。ロイが向き合うと言ったのだから口出しは無用ということか。


「それでも、俺がしてしまったことに間違いはない。被害者づらをする気はないよ。あれは、事実。俺にも責任はあるんだ」


きっと。

今までずっとロイは自分の中で消化しきれない思いを溜め込んで溜め込んで。

操られていたとしても、操られたのもまた自分の責任だと背負いに背負い込んで。

やりきれない思いを胸の中に秘め続けていたんだろう。


それと、向き合う。向き合っていこうとしている。

果たして向き合うことが正しいのか僕にはわからないけれど、僕の矜持に従ってそれを正しいと思うほかなかった。


ロイは席を立ち、ゆっくりとクミンのもとへ歩み寄っていく。


「だから、クミン。ごめん。君の家には随分と迷惑をかけた。今まで償ってきたつもりだったけど、それはつもりであって、クミンにまでは届いていなかったみたいだ。だから、君の気が済むまで、俺は謝り続けるよ。ごめん、クミン」


「……もういい」


クミンは顔を上げることなく、震える声で答えるのがやっとだった。


「もういいですって?ふざけないで。貴方も謝りなさい。ロイにも、そしてクラスのみんなにも」


「……」


しばらく動く様子はなかったが。

スミレに促され、クミンは立ち上がる。

彼の目は少し潤んでいたが、まぁそこまで言及する必要もないだろう。

顔や佇まいから、財閥のプライド、自尊心などとうに感じられなかったのだから。


「わ、悪かった」


「それだけ?」


全く、スミレには容赦という二文字すら見当たらない。


「みんなも、す、すまなかった。もう、僕は、何も言わないし、何もしない」


「誠心誠意これから謝ることね。貴方のやったことは十分犯罪よ。きっともみ消すのだろうけれど。別に私はそれでも構わないけれど、財閥の顔を傷つけないためにも反省と謝罪の二つは忘れないことね」


「……」


言葉は発せずとも軽く頷いて、クミンは力なく席に着いた。

クラスのみんなもある程度納得している様子。中には不満そうな顔を浮かべる人ももちろんいたが。

結局はクミンの勘違いから生まれた二人の喧嘩のようなもの。

正直言って僕らにされた脅迫はとても見過ごすことなんてできないけれど、少しだけクミンにも同情したのだろうか、一旦保留にしてあげることにした。



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