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1-16. 燃え上がる感情

アカネの実家が火事に遭った連絡を受けたのは、翌日の早朝、いつもの時間にいつもの場所へ向かっている時だった。

男子棟と女子棟の間の中庭。学校が始まる30分前の集合時間。

ここ2週間でやっと身体に馴染んできたルーティーンをこなし、自分の部屋を出るときに携帯が鳴ったんだ。


「ごめん、ショウ。今日は先に行ってて」


いつもは冷静なアカネの声が今日に限って少し震えていた。

昨日のクミンのこともある。その声を聞いた瞬間僕の中にも嫌な予感が走った。


「どうしたの、アカネ」


一体、クミンのやつ何をした。


「昨日の深夜、家から火が出たって。電話で叩き起こされて。それで今日の朝早くに実家に戻ってきたの」


火事、だって。

偶然なのだろうか。それとも。


「それって、もしかしてクミンの仕業……」


「わからない。断言はできないけど」


いやいや、先に聞くことはそれじゃないだろう。


「大丈夫?みんな、怪我はない?」


僕とアカネの生家。

たくさんの思い出が詰まったその家には、アカネの両親と弟が今も暮らしている。


別に、僕と、アカネの生家というのは間違いではない。

僕はずっとアカネの家で育ってきたのだから。

それはすなわち、僕の家でもあるということで。


「えぇ。みんな怪我一つしてなかったわ。お母さんが守ってくれたみたい」


アカネの母さんは火属性の魔法の熟練者。手練。

この親にしてアカネあり。アカネの何倍も強いんだこれが。

よかった。本当に母さんには感謝しなきゃ。


「家も少しは燃えちゃったけど、お母さんの魔法でなんとかなったわ。手紙もお金も燃えなかったし」


「そっか。本当によかった」


安心した。

家族も大切なものも失わずに済んだ。

けれど。

クミンへの猜疑心は火を増すばかり。確信があるわけじゃないけれど、タイミングが良すぎる。筋書き通りに行き過ぎている。


「連絡が遅れてごめんなさい。飛び起きた時にショウにも連絡しようとは思ったけど、心配かけたくなかったし。人が多くても結局なにもできないしね。もうこっちを出て学校へ向かってるから。少し遅刻気味だけど」


「うん。わかった」


「私がいないからって寂しくて遅刻しないでよね」


「うん。それはない」


冗談が言えるくらいには大丈夫なんだろう、きっと。

それじゃあね、と。

微かに震える指先で電話を切り、携帯を左ポケットにしまう。

しまった先でギュッと携帯を握り締める。


僕は今どんな顔をしているのだろう。

ひとまず、一旦、落ち着いて。扉を開けてクミンに突っかかってはだめだ。アイツの思うツボだ。

機会を伺うんだ。



 ***



――ざまぁみろ。



前言撤回。ものの見事に。


授業の始まる一分前。結局思い悩みながらいつもの通学路を歩いていると結構時間がかかってしまった。

ふぅと扉の前でひと呼吸ついて心を落ち着けたのにこれだ。

僕の顔を見るやいなや、飛び込んできたクミンの心の声。


ざまぁみろだと。ふざけるな。

やっぱりコイツか。クミンの仕業なのか。

クミンの過去なんて僕にはどうでもいい。アカネと僕の生家を燃やした。その事実には変わりない。

可能性だったものが僕の中で確定事項に昇華され、無意識といっていい、僕はクミンに詰め寄りまるで昨日のクロウのように力いっぱい胸ぐらを掴んでいた。


「ぐっ……」


音速といってもいい、いきなり掴みかかったのだから驚いたのだろう。

クミンは抵抗する間もなく僕の思い通りに持ち上がっていた。

そりゃ誰も思わないだろ。

ドアを開けて三秒で掴みかかる奴がいるもんか。


教室内は騒然としている。

僕も一応クラスのみんなから無視される対象に入っていたようだけれど、当人が掴みかかっていればそれも考慮に入らないか。

生徒のほとんどが僕らから距離をとり、何をしやがると言いたげな目で僕らを凝視する。

スミレだけは何事もないように教科書を広げ授業のはじまりを待っているが。

隣の席で騒ぎを起こしてほとほと申し訳ない。

今は、そんなこと、どうでもいいが。


「クミン、お前!なんてことしやがるんだ!」


「一体なんのことだか、さっぱりだ」


しらばっくれるのか。顔が笑っているぞ。


「アカネの家を燃やしたの、お前だろ」


「ハハハ。なにを根拠に」


根拠だと。

そんなものあるか。

ただ僕の述べた事実はクラスのみんなに少なからずきっかけを与えたようで。

そうか、コイツはクミンの脅迫に逆らったんだと、それでクミンからの仕返しがあったのだと、ある程度の納得は言ったような印象を受けた。

そう、聞こえたから。


「証拠なんてない。だけど確証はある。クミン、お前の報復だろ」


こんな力があるとまでは想定していなかった。

一夜にして家を突き止め火をつけるなど。

どんな情報網を持っている。どんなしつこい神経をしてる。どんな行動力がある。


「天罰じゃないのかい。昨日、僕の忠告を聞かなかった、天誅」


「知らないのか。人の起こした天罰は、犯罪っていうんだぞ」


認めないのはわかっている。

それでも僕は珍しく気が立っていた。気が立たない方が申し訳ないくらいだが。

苛立ちに任せて、無意識に、僕はクミンを床に叩きつけていた。

痛みはもちろんあっただろう。

ただそんなのはお構いなしといった感じでクミンは懲りずに追撃する。


「まぁ、よかったじゃないか。ショウ」


なにを言い出す。

何もよくない。


「君には家族がいなくてさ」


コ……コイツ。


僕には家族がいないから。血の繋がった家族がいないから。

だから天罰をくらわなかったと。言いたいのか。言いたいんだな。


それでもアカネの両親は僕にとっての家族で。

アカネの家は僕にとっての家も同然なんだ。


いろいろな黒い感情が渦を巻く。僕の心を捻りながら包んで潰していく。

気が付けば。

右手を拳にして振りかぶっていた。


ただ、その鉄槌はクミンを捉えることはなかったが。


「がっ……!」


しかし、クミンは吹き飛んでいた。

頬を抑えながらこちらを睨みつける。血が少し滲んでいる。痛々しい。


「家族がいないことを、アンタが馬鹿にする権利はないわ。アンタだけじゃない、誰にだってない」


僕の目の前に揺らめく仄暗い橙色の髪。

なんだい、今日はポニーテールなのかい。

五分くらい遅刻してるぞ。アカネ。

僕の獲物を横取りするな。アカネ。


「あいにく、私の家族も大切なものもみんな無事よ。所詮、アンタの脅迫もその程度ってことね」


みんなの視線が集まる中、言い放つ。

きっとこの場で堂々と叫ぶことに意味があるのだろう。

彼らもまた、クミンの被害者なのだから。

と。そういう意思をアカネの背中から汲み取る。


「ふ、ふざけるな!誰の許可を得て僕を殴っている!」


「アンタがショウを侮辱したからよ。私の許可を得て殴ったわ」


「いちいち口の減らない女だ。いいか、全ては昨日の僕の忠告を無視したから起きたことだぞ!責任は全て貴様らにある!」


もう自分がやったと。脅迫したと白状したも同然のセリフだな。

痛みと怒りで我を忘れているのか。

こりゃ殴られたこと本当にないな。初心者だな。初めては僕が奪いたかったものだ。


「無意味な忠告に従うほどお人好しじゃないわ。昨日も言ったけれど」


「なんなんだ。なんなんだ貴様らは。家を燃やされてもなおあの化け物についてまわるっていうのか」


あぁあ。自白しちゃった。


「えぇ。そうね。少なくとも非力で傲慢で下劣で卑劣なアンタよりは仲良くしがいのあるクラスメイトだから」


「僕の言っている意味がまだわからないのか!貴様ら愚民をあの化け物から守る!それが財閥としての責務だ!」


生徒が皆見ている中で、ロイ達を化け物呼ばわりすることに僕の心は煮えたぎっていた。

次は僕が一発いれようか。拳を。


「アンタの勝手な価値観で判断しないでくれる。化け物なんて、このクラスにはいない」


「化け物なんだよ!鬼なんだよ!怪物なんだよ!そいつはな!そいつは……」


ガラッと。

突如として今まで微塵も動かなかったクロウが席を立つ。


「おい。それ以上言うな」


なにかを察したのだろう。

クロウはクミンを制した。

しかしクミンの口は。言葉は。その勢いのままに。衆目の前で。

絶対に言っちゃいけない言葉を口にした。


「人殺し、なんだ!」


あれほど騒がしかった教室が。椅子も机も人もバラバラに散らばる教室が。

その一言で。一瞬にして。刹那にして。

静寂に包まれた。


「……」


さすがのアカネも。それから僕も。

クミンの言う言葉をそのまま飲み込むことはできなくて。

動揺した。

動揺、した。


「お前、いくらブルドン家の息子だとしてもこれ以上の暴言は看過できない」


誰も開かなかった口を、真っ先に開いたのはクロウだった。

クミンの方へ歩み寄る。どす黒い殺気とまで言える雰囲気を身にまとって。

いや、明らかに殺気だけど。

生まれて初めて感じた殺気だけど。


ただ。

それをロイが制した。

立ち上がり、クロウのもとへ。右手でクロウの左腕を掴んでいた。


「クロウ、待って」


「……」


そりゃなにか言いたげだよな。言いたいことたくさんあるよな。

そう、思ってたもんな。クロウは。

けれど。

今、ロイはなにか違うことを思っているんじゃないか。

なぁ。ロイ。


「向き合って、行く時なんだよ」


その言葉を聞いて。

昨日の会話も。昨日の覚悟も。

全てが報われた気がしたんだ。


「は。なにをほざくか化け物め。この、人殺しめ」


クミンの目は本当に化け物でも見るかのような目だった。

身体は引き気味だが目つきだけは勇ましい。

いや、ただ単に怯えているだけだ。これは。


「うん。わかってる」


わか、って、る?

ロイ、君はなにを言い出すんだい。


「そ、そうだぞ人殺しめ。しかも貴様はそれ以上の危害をこの国に加えている」


「うん。それもわかってる」


クミンの言っていることは単なる戯言だと思っていたが。

こうもあっさりとロイに認められると、逆になにを信じていいのか僕には数秒じゃ判断がつかなかった。

ロイは、人殺しで、それ以上の悪いことをした、と。

とてもじゃないが一度に受け入れ切れる情報ではない。


「あ、謝れよ。膝をついて、頭をつけて、叩きつけて。この国全てに謝れよ」


ロイがしゃがむ。膝をつこうとする。

それすなわち、土下座をしようとする。

そんな。謝らないでくれよ。

謝ってしまえば、認めてしまうんだよ。

君の犯した罪とやらを。


「待ちなさい」


その一言で、ロイは動きを止めた。

なんだスミレ。こんな騒ぎがあってもずっと隣の席に座っていたのか。


「ロイ、それ以上膝を曲げることがあれば私の竜が貴方を飲み込むわ」


「ちょ、スミレ君。冗談はよしてくれたまえよ。僕は財閥関係者として正当な主張を、お願いをしているだけじゃないか。どうしてそいつの肩を持つんだい」


「ライバルだから。私のライバルがこうも下に見られるのがたまらないのよ。ライバルは対等な関係。彼を侮辱するのは私を侮辱するのも同じ。彼に膝をつかせるのは、私に地に跪けと言っているのと同義よ」


ブルドン家とローズマリー家。

その御子息同士の争いがここに勃発していた。静かに。したたかに。言葉以上の深いレベルでの争いが僕には見える。


「は、ははははは。彼が、何をしたのか、スミレ君は知っているのかい」


「知らないわよ。そんなこと。知る必要もないわ。私は、今の、この時間の、目の前のロイをライバルだと言っているの。過去に何を犯そうが、今この場に立っている、それは、そういうことよ。それに、彼の目を見ればわかる。十分に罪を背負ってそして謝罪してきた。そんな目」


「謝罪だって。そんなの僕は一度も聞いたことがない。だからこの場で、謝罪をしてもらいたいんだ。罪を赦すに等しい謝罪を。相応の謝罪を」


相互の理解に若干のズレがあるのが僕にもわかった。

謝罪をしてきたというスミレ。謝罪はしていないというクミン。

スミレの意見はあくまでもスミレの主観ではあるけれど。それでも妙に信憑性があるように感じてしまう。

財閥の気品というものだろうか。そういった修羅場を何度もくぐってきていそうな。


「逆にお伺いするけれど、ロイが人を殺したとしてどうして今平然と学校に通っているのかしら。罪に問われているならば流石にこのような名門の学校には入学すらできないはずでしょう」


「そ、それは……」


確かに。

スミレの介入があり少し時間に余裕が出来たから冷静に考えられるけれど、本当にそうだ。

クミンの主張には少し主観が入りすぎているような気がする。

人を殺して罪に問われないはずがない。問われているならば入学は難しい。問われていないならば告発すれば十分に反省させられるはず。

何を根拠にクミンはロイを人殺しだというのだろうか。


「さ、席に戻りましょう。ここは勉学に励む場所。人を罰するところでも裁くところでもないわ」


スミレの一言に生徒の止まっていたかのような時間が動き出し、ガラガラと机を戻し始めるみんな。

ロイもクロウもスミレに促され、席に戻る。クロウは相変わらず不服そうな顔をしていたけれど。

あれ。そういえば僕たち結構長いことゴタゴタしているよな。

カナタ先生はまだ来ないのか。


「さ、裁けるはずがない……」


クミンがなにか言ったようだが、生徒のほとんどはそれを本能的に無視した。

彼らもまたクミンに脅されていたのだ。当人が鬼の如く荒れている今ほど関わりたくないものはない。


「あ、あいつが……犯人なんだぞ。あの日の。……太陽の日の」


僕にはクミンの呟きを到底聞き流すことなどできなかった。

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