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1-15. 過去と向き合うということ


「僕はロイに聞きたい。このままでいいのかって。もっと話したくないのかって。もっと笑いたくないのかって」


「あのなぁ。さっきも言ったが俺たちはこの状況を受け入れてるって」


「僕はロイに聞いている!」


「ちっ……」


さすがのクロウも少し静かになってくれた。

まぁ静かにならない理由もないんだけれど。


「俺は、別に、このままで」


「本当に?」


「……」


その瞬間、ロイの眉が少しだけ動いたのを僕は見逃さなかった。


「そんなに毎日、外を見るだけの生活が楽しいかい?」


こんなこと、口に出すのは辛かった。痛かった。言いたくはなかった。

だけど、向き合わなければならない。

ロイの、気持ちに。

何も思わない、彼の気持ちに。


「僕には楽しそうには見えなかった。寂しそうで。壊れてしまいそうで。そんなロイを見ているのが辛かったんだ」


「……」


重なるんだ。

昔の僕に。

心の声が、聞こえてしまう。

無垢な子供の無邪気な気持ち。陰口。

心がきゅっと締め付けられるあの時の僕に。


「僕も昔、みんなに邪険に扱われたことがあった。嫌なことをたくさん言われた。仲がいいと思っていた友達にも裏切られた。心がどんどんしぼんでいくのがわかった。そういう思いを、してほしくないんだよ」


「……」


僕は続ける。


「だから教えて欲しい。クミンとの間に何があったのかを。そして向き合っていこうよ。絶対、いい方向に変わるから……」


僕が、そうだったから。


「貴様!それ以上ふざけたことを抜かすとぶち飛ばすぞ!」


ガツっと。

そこまで言って僕はクロウに胸ぐらを思いっきり掴まれた。

苦しい。

本気だ、クロウは。

目が、口が、顔が、心が。

彼もまた、何かを背負っているんだろうか。



――思い出させるな!ロイに、昔のことを!



「がはっ!」


ドサッと。

クロウは僕を地面に叩きつける。

首もお尻も心も全てが痛い。


「ちょっと!アンタなにすんのよ!」


「い、いいんだ、アカネ。クロウ、僕が悪かった」


咄嗟に謝った。

彼の心の声を初めて聞いた僕は謝った。


「……いや、す、すまない」


クロウも謝った。

なにに謝ったのか、その時の僕にはわからなかった。


「ごめんね」


ロイがやっとの思いで絞り出した言葉は謝罪の言葉。

なんだよ。なんでだよ。

なんでロイが謝るんだよ。

君は、何も、していない。何も、感じていない。

どうしたらそこまでからっぽになれるんだ。


それから僕らは少しの間、といってもどれだけの時間が流れたのかはわからないけれど、静かに、ちぐはぐな方向を見つめていた。

風はない。音もない。聞こえる微かな僕の心臓の音。

鼓動のリズムに合わせて僕は思いを馳せる。

なにもわからないけど、なにかがあったであろう、ロイの過去に。

クロウが血相変えて僕に訴えかけてきた、ロイの過去に。

相当思い出させたくないんだろうな。

ロイも、クロウも、クミンも。

きっと、なにかを抱えている。重くて、壊れそうで、大きい、なにかを。


「名前」


沈黙を破ったのはまさかのロイ。

三人とも彼の方へ静かに顔を向ける。


「名前、決めようよ。この班の」


そういえばカナタ先生に言われてたっけ。

メンバーと班の名前を決めておけと。

名前なんて考えられる気分では到底ないんだけど。


「ラピスラズリ」


アカネが答える。


「名前、決めるんでしょ。他に案がないならこれに決定するわよ」


「なんだその意味のわからん名前は」


クロウよ。どこを見ている。

女の子の顔もまともに見れないのか。

いやいや、おどけてる気分でもないが。


「私の、目標。私がたどり着きたい場所。それがラピスラズリ」


その名前、確かアカネの母さんの。

僕は思い出す。離れて2週間ちょっとしか経っていない故郷を。

もう随分懐かしく感じてしまう。

あの温かい家族を。


「いいんじゃないか。特に他に意見もなさそうだし」


ラピスラズリ。

アカネの母さんの技。

一度だけ見たことがある。儚くも綺麗な、刹那の赤い色。


「いい名前だね」


そう。

多分初めて。

僕はロイの少し笑った顔をこの時見たんだ。



 ***



あれから教室へ戻った僕たちは、僕たちの入室とともに再び静寂に包まれた教室を尻目に、カナタ先生のもとへと報告に向かった。

四人のメンバーと名前。

ラピスラズリという一見なにもつながりのない名前に先生がどんな反応をするのか少し楽しみだったけれど、存外、


「うん。わかった」


の二言で返され終わってしまった。

リアクションが単純すぎる。


ロイとクロウとはそれ以降特段話すこともなかった。

ただいつもよりロイの目が輝いて見えたのは確かだった。


「少しは心が動いてくれたんだろうか」


「なに?ロイのこと?」


「え、あ、うん」


夕暮れ時。といっても日はもう沈み掛け。影は伸びすぎて影とも思えない。

僕とアカネは寮へと並んで歩を進めている。

ちょっと着慣れた制服。ちょっと履き慣れた革靴。

少しずつ変わっていくそれらは、果たして物自体が変わったのか、僕の気の持ち様が変わったのか。


「あの時ね、クロウはロイの身をすごく案じてたんだ。けど、すごく、辛そうだった。そんな声だった」


アカネにはありのままを話すようにしている。

もちろん、この能力を無意識に発動していることに、罪悪感はあるんだけれど。

それ以上に、今は、大切なことがある。


「そっか。クロウはなんて?」


「ロイに思い出させたくない過去があるみたい」


「……」


珍しくなにも言い返さないのな。アカネ。

僕の思っていることでもお見通しなのかい。


一方の僕も、それからなにも返せなくなってしまった。

思うように言葉が見つからない。


「迷ってるんじゃないの。ショウ」


そう。

迷っていたんだ。僕は。


「うん」


このままロイたちの過去を探っていいものなのか。


「クロウは言った。この状況を受け入れているって。ロイも言った。このままでいいって。そして、二人は過去を思い出したくない」


「……」


「僕は知りたい。どうして二人がクミンと仲違いしたのかを。けれど、けれどね。その過去を暴くことが、必ずしも正義だと思えなくなってきたんだ。僕はそれを解決することが彼らのためだと思っていたけれど、今日の二人の訴えを聞いて、過去に触れること自体、彼らを傷つけてしまうんじゃないかって。そんな僕のエゴで、勝手な思い込みで、彼らの思い出に踏み込んでいいのかなって」


続ける。思いの丈を述べ続ける。


「忘れたい過去。忘れたい思い出なんて、誰しも持ってると思う。僕たちは今その聖域とも呼べる自分の大切な場所に、土足でずかずか踏み込むようなことをしている。僕から見れば正義なのかもしれないけれど、そんなのただの僕の価値観。彼らがどう思うっているかなんて、わからない」


「わからない、なんて。ショウが言うセリフじゃないわよ」


そのセリフの意味すら僕にはわからなかった。


「アンタはそれが、わかるじゃない」


「……」


そう、だけれど。

ロイは何も思ってなくて、からっぽで、真っ白なんだ。


「少なくともクロウの気持ちはわかった。あとはロイがどう思っているかじゃないの」


「だけど、ロイは本当に何も思ってないみたいなんだ。何も聞こえない」


「それすら、アンタの勝手な思い込みじゃないの」


えっ。


「アンタもだろうけど、私も今日初めてロイの笑った顔、あれが笑ってたのかはわからないけど、少し嬉しそうな顔を見た。確かに、心が動いた瞬間を見た。彼だってきっとなにか思っていることがあるはず。じゃないと、あんな綺麗な顔はできないわ」


綺麗だった。

澄んだ橙色の瞳。

引き込まれそうになる、吸い込まれそうになる、ずっと見ていたくなったあの目。


「私は、過去とは向き合うべきだと思ってる。アンタがそうだったように。私からすればロイもクロウも過去から逃げている。思い出を振り返らないようにしている。そんなんじゃ一歩も前に進めやしないわ。足は動いててもその場に立ち止まっているだけ。きっとその嫌な思い出から彼らはずっと逃げてきた。逃げて逃げて。あの異常なクラスの状況すらも受け入れてしまうくらい」


「でも、それも二人の意思かもしれない。散々いろんな選択をした挙句、落ち着いた結果なのかもしれない」


逃げる前に。

一度でも抗ったことはあるんじゃないだろうか。


「アンタね。少しは自分を信じなさいよ。彼らの過去なんて私は知らない。私は私の矜持に従って、過去とは向き合うべきだと思っている。戦わなきゃ、いけないって。アンタもそうだったでしょ」


自分を、信じる。

自分の考えを、相手に押し付ける。

ものは言いよう、考え方も人それぞれ。

それなら、僕があの頃救われたように。

アカネの言葉を今一度信じてみるのもいいのではないだろうか。


「そ、そうだね。クロウに言われて謝ったけど、やっぱり、過去とは向き合うべきだよね。うん。明日、また……」


「おやおや君たち。いいところにいるね。少し話をしよう」


僕の決意が再び固まったところで。

二人の雰囲気をぶち壊すかのように、クミンがそこに立っていた。

日は既に沈んでいた。


「なによアンタ。脅迫でもしにきたの」


「脅迫だなんて人聞きの悪い。話をしようと言っているではないか」


間違いない。アカネへの耳打ちといい、これはきっと。

脅迫だ。


「悪いことは言わない。明日にでも、君たちの班を解散するんだ」


「誰がするもんですか」


「僕が誰だかわかっているのかい。なんでもできてしまうんだよ。君たちはなにもわかってはいない」


いい機会だ。

過去と向き合う。

クミンもまた、過去と向き合わなければならない。


「なぁクミン。どうしてそんなにロイを敵視するんだい」


「うるさいな。口を慎め。貴様が開いて良い口など存在しない」


問答無用。開くために口はある。

しかし過去に触れた途端、語調が変わりすぎではないか。


「クミンがそうする理由が知りたいんだよ。それで納得すれば、僕たちも素直に班を解散するから」


権力を行使して、法外な脅しまでして。

彼らと関わらせない理由。


「僕は君たち一般市民を守ってあげてるに過ぎないんだよ」


「守る?それが彼らと僕たちを遠ざける理由?」


これまた意外な答えだな。


「そう。あのケダモノに近づいてしまえば、みんな怪我をする。傷を負う。だからね、僕がわざわざ守ってあげているのさ。あの化け物から」


「僕にはロイもクロウも化け物になんて見えないけれど」


「君たちは知らないだけだ。彼らの本性を。僕は知っている。だから、班を解散しろ」


僕の前にアカネが出る。立ちふさがる。


「わかったわ。彼らが化け物なら私も近づくのはやめましょう。でも、それをこの眼で確認するまで、私は勝手に近づくから。ご心配ありがとう」


ほら、行くわよ。とアカネ。

いやいや、まだクミンに詳しい理由を聞いていない。


「後悔、するぞ」


「なんの後悔?アンタの忠告を無視して傷つく後悔?それなら結構。忠告無視した時点でアンタには関係ないから。その時は私の責任。自業自得ってことで」


「御託はどうでもいい。解散しろ。これは命令だ」


「アンタに命令される筋合いもないし、アンタにそんな権利もない」


アカネは僕の手を引いてスタスタとあるく。

半ば強引に。僕も軽く足を引きずられている。


「ショウ君、君からも言ってくれないか。アカネ君は危険な領域に立ち入ろうとしている」


僕は歩を止める。

アカネも制して。


「生憎だけど、僕もアカネと同じだから。それよりも、どうして彼らを化け物と思うのか、それを教えてくれよ」


クミンは僕の質問には答えなかった。


「ショウ君、君、家族は、元気かい?」


家族?家族だって。

いきなりなにを言い出すんだこいつは。


「なによアンタ。脅迫するつもり?」


「アカネ君、君の家族も、大変だろうね」


「そんな脅迫に私たちが屈するとでも。行きましょう、ショウ」


クミンからもなかなか理由は聞けそうになかったし、僕はアカネの意見に乗り足早にその場を去った。



――後悔、するよ。



クミンの憎悪に満ちた声が聞こえてきたが、僕はそれをアカネには伝えなかった。

おそらくアカネも背中で感じ取っていただろう。

けど、僕らはそれを無視した。

軽視した。といってもいいだろう。

この時はまだ、クミンの持つ権力ってやつの強大さを僕らは知らなかっただけだった。



翌朝。

アカネの両親の家が火事に遭った。


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