1-14. 4人ぼっちのチーム作り
クミンの参入以降、少し気まずいまま過ごした昼食を終え初日の授業も間もなく終わりを迎えようとしていた。
入学式の廊下事件といい、今日の授業の覚える量といい、1日1日が相当長い。
「魔術競技祭のメインイベントってみんなわかっているよね」
夕焼けが窓から入り込む。
人の影も机の影も全部ごちゃごちゃにしたコントラストが揺らめいている。
「そうテトラス。4人1組で戦うメインイベント。そのチーム分けを2週間後に行うから、覚悟しててね」
ロイは相変わらずといった様子。
昼間の眩しい太陽の反射光も、夕暮れどきの淡い光も。
いつだって。今日はずっと。
右肘をついて、顎を右手に乗せて。
ぼんやりと、外を見ていた。
「ショウ、聞いてる?テトラスに向けてチーム分けをするって」
「聞いてるよ。ちゃんと耳に入ってる。そんなぼけーっとしてたか?」
「うん」
あぁそうかよ。
ロイのことを考えていたから仕方ないか。
「4人のチームか。僕とアカネと、あと2人が問題だな」
「私は決まりなのね」
「そりゃ委員長と副委員長だからね」
くだらない会話。
下級学校での毎日を思い出す。
「あとはチャイとマリンかなぁ。ロイとクロウでもいいけど」
「そうね。でもきっと」
アカネの言いたいことはわかる。
わかってしまう。
「ロイとクロウだろうな」
彼らをチームに加えてあげなければならない。
おそらくは。
誰も彼らをチームに入れないだろうから。
「今日ではっきりしたわね」
「うん。クミンが一体なにをそんなに気にしているのか」
調べる必要がある。
「2週間、ちょっと動いてみようか」
「そうね」
僕らの探偵活動が静かに幕を開けた。
***
とはいったものの。
僕らは実に非力な探偵であった。
「なにもわからなかった」
諜報活動を開始してから2週間。
これといった成果は実に見事にするっとまるっとなんにも得られなかった。
「誰もかれも話すら聞いてくれないだなんて」
ロイの名前を出すとすぐに顔をしかめそそくさとその場を去る。
お決まりのパターン。クラスのほとんどが同じ行動をとってきた。
「成果なしか」
「成果がないのが成果かしら」
ただのこじつけじゃないか。
「なにそんなに落ち込んでんのよ」
「そりゃ落ち込むさ。クミン以外のクラス全員に聞いて回ったおかげで僕ら2人もすっかり敵陣に侵入してしまったわけじゃないか」
最初の1週間であらかたの聞き込みは終えてしまい。
その後の1週間というもの、話をした全ての生徒に無視されてしまった。
「クミン以外ってのがポイントよね。これでアイツが主犯であることはほぼ確定したも同然じゃない」
「それは2週間前から勘づいていたじゃないか」
「確定するのが大事なのよ。2週間前はただの可能性の話でしょ」
それもそうだが。
「あの情報通のチャイですらこの件については知らないの一点張りだもんな。スミレにいたっては私は関係ないだなんておっしゃる」
スミレはほとほとどうでも良さそうだった。
いやいや、あなたの大切なライバルが抱える問題なんですがね。
勝ち負けがつけばそれでいいというのか。
チャイとは特にこの話題がきっかけで疎遠になることはなかったけれど、僕らの置かれた状況を察してか少し距離を置かれている気がする。
そういう勘だけは本当にいいのな。アイツは。
「カナタ先生も先生だよ。生徒のいざこざには不介入だなんて」
「とんだ先生だったわね。単に知らないだけかもしれないけど」
「あぁ。あれは多分知らないんだろうなぁ」
笑顔でつっぱねられてしまった。
最後の頼みの綱だったのに。
その先生はこれまた笑顔で教壇に立っている。
相変わらずのスーツ姿。セミロングの青い髪。凛々しい立ち姿。
瞳を見せることはほぼほぼないが、僕は先生が漆黒の輝きに満ちた瞳であることを知っている。
同調度測定の時。
一瞬開かれたその目は黒々としているのに透き通っていた。見惚れた。
「さてさて、2週間が経ちましたね。それでは!4人の班作り、スタート!」
いきなりなんだよなぁ。前振りも前置きも全部すっ飛ばして、いきなりなんだよなぁ。
僕らはとりあえずクラスの動向を見守ることに決めていた。
最後のほんのわずかな可能性にかけて、ロイたちと同じ班になりたいと思う人がいないだろうかと、一縷の望みを託していた。
結果は、まぁ、ほんとに一縷の望みで終わったのだけど。
「誰も来ないわね。私たちの方」
一番後ろ。左から4席並んだロイ、クロウ、僕、アカネ。
誰も後ろに近づかない。目さえ顔さえ向けることはない。
2週間の行動がすべて裏目に出てしまったようだ。
タイムリミット。
仕方なく、僕らは重い腰を上げる。
「ねぇあなたたち。誰も組むあてがないなら私たちと班を組みましょうよ」
「うん。いいよ」
いつもと同じように窓を見て。
いつもと同じように肘をついて。
少し物憂げに。寂しそうに。
ロイは小さく返事をした。
「クロウも。ね」
「あぁ。よろしく」
相変わらず腕組みして一点を見つめて。
少しも動じていないんだなクロウは。
「先生!」
アカネが声を上げる。
皆が忌み嫌っていた後ろの席から突如上がった声に、誰も振り返ることなく静かに声と物音だけを潜める。
「なぁに?アカネちゃん」
「ちょっと外で話してきてもいいですか?」
「うん!いいよ。お構いなく」
「ほら、いくわよ」
半ば強引に。
雰囲気に押されつつも。
僕たち4人は教室を後にした。
――怖いもの知らずめ。
多少の陰口はわかっていたが。
――ごめんね。
謝られたことに、僕はまだクラスに一縷の望みとやらを託さずにはいられなかった。
***
「アンタたちね。いつまでもあのまんまのクラスで本当にいいの!?」
だからいっつも入りが直球すぎるんだよ。
もうちょっと人の気持ちを気にしなさいよ。
「別に。いいよ。俺は」
校舎の中庭。
一本の大樹の周りを囲むベンチに腰掛けるロイとクロウ。
その前に突っ立つストレート娘、アカネ。
横から見守る僕。
ロイは僕らに目を合わせることなく、空を見上げている。
鳥が一羽、太陽の前を横切っていた。
「私が良くないのよ!どうしてクラスメイト同士仲良くできないの!」
どんな事情があるんだよ。
「どうしてお前達はそこまで俺たちに介入する。変な勘ぐりをしなければお前たちまで怪訝な目で見られることはなかったはずだが」
僕たちが無視されていることをクロウは知っていたのか。
なにも考えていないように見えて案外見ているのかこの人は。
「私は一人二人が一方的に仲間はずれにされるのを見たくないだけなの」
「詭弁だな」
「は?アンタもう一回言ってみなさいよ」
「詭弁だな」
「二度も言わなくていいわよ!」
言えって言ったのはアカネじゃないか。
「ほっとけ。たかがクミンがぎゃあぎゃあ騒いでるだけだ」
クロウは知っていたのか。それもそうか。
「なによ。知ってたの」
「財閥の権力振りかざして、俺らと関わるのを無理やり避けさせてるのさ」
そういえば。
2週間の捜査中、クラスの中で唯一話を聞いていない生徒がいた。
「当事者は全て知ってたってわけね」
簡単なことだったんだ。
僕らが変に動き回るよりも。
本人とちゃんと向き合って話をするべきだったんだ。
勝手に触れてはいけないなどと考えていた。
いや、考えるだろ。普通。
「あぁそうだ。知った上で受け入れている。皆がどういう態度を取ろうとそれで構わない。今のままでいい」
「良くないわよ」
「いいって」
「良くない!」
「なにをそんなに俺らにこだわる。あぁそうか。お前らはまだクミンの脅迫を受けていないのか」
一生徒に一体何が出来るって言うんだ。
「アンタはクミンがなにをやってるか知ってるっていうの」
「家族を人質にとるだの、友人をゆするだの、アレのやることは度を越えている」
嘘だろ。
財閥の息子ってだけでそこまで。
でも、どうして。
なにがそこまでクミンをそうさせるんだ。
「どうして。アンタ達のなにがクミンをそこまで動かすの」
「さぁてね。知ったことか。もういいだろ」
立ち上がろうとするクロウ。
だけど。
アカネが口を開く前に僕の口が開いていた。
「良くないよ!」
「なんだお前、喋るのか」
確かに今まで口をつぐんでいたけど。
「僕にはわからないよ。入学式の時、廊下で困ってた僕を優しく助けてくれたロイがそんな恨みを買うなんて。わからないんだよ」
「せいぜい2週間程度の付き合いのお前に、俺たちのなにがわかる」
「……」
クロウにはわからないだろう。
けれど、僕にはわかるんだ。
ロイの状況をなんとかしないとって。
ロイが笑える環境を作りたいって。
どうしてかって。
――……。
ロイはこの2週間あんな仕打ちを受けてもなんとも思っていなかったんだ。