1-13. 深まる疑念
高得点を2連続で叩きだして以降、目ざましい点数は聞こえなかった。
あ、得点じゃないか。割合か。度合いか。
それこそ20台、30台が平均のようで。
カナタ先生が驚くのも無理はないように思えた。
僕はそれからというもの4,5人との同調度を測定してみたが、生憎アカネを超える同調度を持つ人はいなかった。
むしろ低い。低すぎる。
陽気で説明したがりの都会人、チャイとは12。
ロイに至っては3だった。
3ってなんだ。3って。
赤の他人じゃないか。赤の他人だけど。
アカネとの同調具合の凄さを身を持って感じた。
3といっても最低記録ではない。
0がいるんだな、0が。
下には下がいるというやつだよ。
いや、全然、見下してはいないけれど。そんな低俗な僕ではない。
聞いて驚くなかれ、ロイとクロウ。
彼らの同調度は0。
唯一の友達のように見えて全く同調していなかった。
正しくは、魔法の相性は最悪だった、というべきか。
それが友達になれない理由にはならず。
単に、意外だった、と述べるべきか。
そうそう。
クミンがやたらロイを睨んでいたのは気になったな。
周りはざわついていたからロイのことをさして気にしてはいないようだったけれど。
彼だけは、ずっと、執拗に、ロイを追っていた。ような気がする。
鬼のような敵意を教室内で見せられてしまえば気づかないわけにはいかないが。
クラスのみんなも今日ばかりはクミンを避けていたような様子。
模擬戦で裏切られ、同調度でもロイに横取りされてはクミンもたまったものではないか。
実はスミレのことが好きだったり。
んなわけないか。
「さて、これくらいでいいでしょう。この同調度はあくまで目安。魔法を学ぶにあたって2人1組で行動することは多いし、そのペアを決めるための指標の1つにするだけだから」
2人1組。
個人波長の同調度。
補助魔法の練習相手。
下級学校の魔術競技祭でもあったような。
確か名前は。
「君たちが学んだ魔法を披露する魔術競技祭。1人で戦うモノリス。2人のジービス。4人のテトラス。成績にももちろん考慮されるこの試験のようなイベントをまずはみんな目標にするわけだけど、同調度はジービスの競技に大きく影響するからね」
そうそう。ジービス。
下級学校の時もアカネと組んでたっけ。
その頃は同調度なんて概念もなかったし、ほとんどお遊びみたいなものだったが。
しっかりしてるな。上級学校は。
魔術競技祭。
学期末にはもちろん座学のテストはあるわけだが、魔法の実技のテストにあたるのがこの魔術競技祭だ。
テストなのやら祭りなのやら。
審査官や審判もいて内容は成績に加味される。
更には学校対抗の代表もこの競技祭で決定するらしい。
とはいえ、僕には無縁の話だけれど。
直近の競技祭は7月。
今は4月だから残り3ヶ月。
いやいや、早いよ。
一応学期末のテストにあたるわけだから仕方ないのはわかるが。
「ペアは1週間後に決めましょう。同調度は生まれ持った魔法の質にもよるけど、案外目標が近しい人とか打ち解けた人とか精神的な部分も関わってくるから、それまでに仲良くなること。以上!」
アカネと同調度が高いのも頷ける。
心の中まで知っている人、そしてそれを受け入れてくれる人なんてなかなかいないからな。
ペアもそのままアカネでいい。
じゃあなおさらロイとスミレの同調度が異常に高いのかは疑問だ。
出会ってすぐに打ち解けるはずもないし、それこそ魔法の質が似通っているのか。
光と炎。
うぅむ。ますます魔法の波長とやらはわからぬ。
***
時刻は昼食タイム。
例のごとくアカネと机を向かい合わせにアカネの作ってくれたお弁当を頬張る。
うんうん。
今日の鶏の煮物はおいしい。
「僕らの同調度高かったね。今度補助の関係ってやつ試してみようか」
「そうね。アンタの低ランクの魔法でどれだけの補助ができるか高が知れるけどね」
この委員長は。
あぁそうですとも。弱いですよっと。
「それにしてもロイとスミレって本当に縁があるのね。後で聞いたんだけど入学時の同調度74ってこの学校が創立されて以来の高さらしいわよ」
最高記録だと。
「へぇー。そりゃすごいな。さすがは自称ライバル。でも一体なにがあったらあんなに高い同調度が出せるんだろう」
言って。
言ったことを後悔した。
そういえばこのクラスには常に聞き耳を立てているうるさい奴がいたんだ。
「そうか!君たちもやっぱり気になるよな!」
ガシャンと。
机をくっつけたかと思うともうそこに鎮座しているチャイは言った。
「なによ。またアンタ?卵焼きはもうあげないわよ」
「そんなことより、ロイとスミレだよな!聞いたかい?この学校創立以来の最高の同調度らしいぜ!」
さっき聞いたよ。
二度言うな。
「みたいだね」
「ライバルっていいなぁ。公に宣言したライバル。衆目に晒した公然のライバル。あぁ愛しい私のライバル!」
またこいつは。
聞こえるようにいいやがって。
後ろから刺すスミレの殺気が本当に痛いぞ。
こやつ、だからスミレの背を向ける位置につけたのか。
全く隅に置けない。
「はぁ。チャイの見境ない煽りには誰もついていけないよ」
「煽ってなんかいないさ。単に凄さを伝えているだけだ!最高記録だぜ最高記録。この学校の歴史を考えてくれよ!」
確か15年だったっけか。
「いや歴史浅いわ!」
思わず声が出てしまった。
声に出して突っ込んでしまった。
「そういえばチャイのペアって誰になりそうなの?」
「あぁ俺か?そんなに気になっちゃう?教えようかなーどうしようかなー」
「いや、いいよ」
なんだこの面倒くさいやつは。
「そんなに知りたいか!仕方ない。ずっとこれまで一生を賭けて秘密にしていたけどそこまで言うなら教えてあげようじゃないか!」
ものの30分前だろうが。
「マリンー!お前も来いよ!」
「ちょ、ちょっとチャイ君。声が大きいよ……」
女の子かい。
別に男女でなければならないなんて風潮はないんだが。
揃いも揃って僕の周りはみんな異性のペアになりそうな予感。
マリンと呼ばれて現れた女の子は淡い黄色の髪が肩にかかっていた。
眉をひそめて声もひそめて。かよわげな女の子。
「あ、喋るのは初めまして、だね。マリンっていいます。よ、よろしくね」
うん。よろしく。
なんて返す暇もなく。
「マリンは俺が選んだ一番の女の子だ!これでジービス勝てなかったら逆立ちで校内一周してもいい」
「ちょ、ちょっとチャイ君。逆立ちなんてできるの」
マリンさん。
突っ込みどころが違いますよ。
「一番の女の子だなんてかっこいいわね」
だよね。アカネ。
「そりゃ文字通り一番さ!俺はこのクラス全員との同調度を測って、そして一番高かったのがマリンなんだからな!」
こいつ。
40人全員と測定してやがったのか。
通りで自信満々に一番だなんて言えるわけだ。
「いやぁでも全然君たちには敵わないよ。相思相愛の委員長コンビ、65を叩き出したラブラブ夫婦には」
「誰が夫婦だ」
付き合ってすらいない。
「誰が相思相愛よ」
そこはなんとなく合ってる。
「おっと失礼。上には上がいたんだった。そうだ!ロイにも直接話を聞いてみよう!おーい!ロイ……」
「チャイ君、ちょ、ちょっと……」
ロイの名前を言いかけて。
マリンがそれを妨害するように。妨げるように。
初めて大きな声を出した。
「それは、今は、やめとこう。ね?」
マリンの視線はチャイの後ろをチラチラ捉えている。
スミレ、ではない。
その対象はおそらくクミンだった。
「え?あ、あぁ。マリンが言うなら仕方ないな。4人で仲良く食べようじゃないか!」
少し動じた様子のチャイだったがものの1秒で元気になっていた。
「ちょっと」
僕より先にアカネが口に出す。
「マリン。アンタもそうだけど、どうしてロイを避けてるの?」
ドストレート。ド直球。会心の質問。
いやいやいやいや。
僕もどう聞いてあげようか迷っていたが、こうもなりふり構わず聞くとは容赦ない。
ほら、マリンが戸惑ってるじゃないか。
泣きそうじゃないか。
え。
泣きそうなほどのことなのか。
「そ、そんな、ことは。ほ、ほら!4人で食べたかったし」
この子は嘘をつくのが下手なんだな。
顔が全く笑っていない。
「そんなことはどうでもいいわ。私は聞いてるの。どうして避けているのかを」
引くに引けなくなってきた。
「まだ入学して間もないけれど、明らかにおかしいじゃない。このクラス。私たち田舎者にもわかるように説明してくれないかしら」
アカネの目は直接マリンを見ているわけじゃないけれど。
それでも少し気が立っていることは雰囲気でわかる。
「おい。うるさいぞ君たち」
それを制したのはチャイでも僕でもなく。
クミンだった。
「なによ。さして大きな声は出してもいないし、そもそもアンタには関係ないでしょ」
アカネさーん。
財閥相手になにをおっしゃっているのやら。
「昼食の時間くらい静かにしていたまえ。ご飯がまずくなる」
「それとも、アンタになにか関係があるっていうの」
マリンが視界の端に捉えていたであろうその対象を。
アカネも感づいていたらしい。
「静かにしていた方が、身の為だよ」
最後はアカネの耳元で。
囁くようにしてクミンは僕らの前から離れた。
「ご飯が不味くなっちゃったじゃない」
アカネの挑発にはヒヤヒヤもんだよ。
クミンか。
どうやらこのクラスがロイに抱く異様なまでの嫌悪感は。
やはり彼が一役買っているらしい。