1-10. 模擬戦③
なんて異様な静けさなんだ。
なんて強大な威圧感なんだ。
彼ら2人が円形の会場に入った途端、観客席の誰もが固唾を飲んだ。
会場が無人の荒野のように寂れた感じを醸しだす。
「スミレちゃん!準備はいい?」
カナタ先生が荒野に立つ1人、スミレに声をかける。
「はい」
「ロイちゃん!君は?」
コクリと頷くもう1人、ロイ。
「それでは、最後の試合。はじめ!」
僕たちは自然と手を握りしめていた。
口も開けず、目も動かさず。
会場の中心に立つ2人をみんなが注目していたんだ。
タラリ――
頬を伝う汗。
ポタリと床に落ちて飛び散ると同時に、スミレの声が木霊した。
「炎竜よ…!」
スミレの足元に展開する火炎。
円を象ったその中心から天へと放たれる一筋の紅。
火炎の威力が増すと同時に、その炎は徐々に形を変えていく。
広がる熱風。舞い飛ぶ火の粉。
手で覆いながらも辛うじて開けた視線の先には、一体の炎の竜が体をうねらせていた。
あれはなんだ!?
見たことのない大規模な技。
会場の数十メートルはあろうかという天井に届きそうなほどの大きさの炎、いや、竜。
未だに轟く火炎の呻き。
「……」
場内の誰もが口をあけ、無言のままそれを見ていただろう。
僕なんてあまりの光景に腰が抜けている。
これが――
――Aランク!?
アカネは天才。アカネが最強。
そう思っていた僕の常識は一気に、瞬時に、全てが覆された。
「『炎竜・火炎』!」
この轟音の中からの透き通った声。
かと思えば、あの巨大な竜が口を大きく開け、その眼光は明らかにロイをとらえている。
ロイは圧倒されているのだろうか、竜の口から吐き出された燃え盛る炎の塊をただじっと見ていた。
そのまま炎はロイを飲み込んだ。
「こりゃあ凄ぇ。'具現化'なんてできるんか、あのお嬢様は」
戦闘から目を離せなかった僕(腰を抜かしていたからかもしれない)の背後から突然呟く声がした。
やっとの思いで後ろを振り向くと、自称陽気人間のチャイだった。
具現化?
「ぐ、具現化?」
「あれ、お前知らねぇの?」
そりゃ、見るの初めてなんだから仕方ないだろう。
「確かに、あんなもの見たことないかもしれねぇな。田舎育ちのショウくんは」
田舎育ちで悪かったな。
「ごめんごめん、そんな嫌な顔すんなって。あんなの都会育ちのオレでも見たことそう見たことないんだからよ。あれは具現化って言ってな。魔法で形を創り出して留めるのさ。小さなものでも相当な制御能力が必要なんだぜ。ましてや、あんな巨大でご立派な竜となれば、流石は財閥のAランク娘ではあるってことだよな」
なるほど。
陽気なくせに案外物知りなんだ。
陽気なくせにってのもおかしいけれど。
つまりは、常人には真似できない凄い技ってことだろう。
なんと簡潔な。
「アカネは……できる?具現化ってやつ」
「できるわけないでしょ!バカ!」
問答無用、即答されてしまった。
きっと自分より途方もない上の実力を目の当たりにしたからイライラしてるんじゃないか?
田舎じゃあんなのあり得ないことだからな。
存在自体を知らない程度には。
一方の場内は先ほどの火炎により発生した煙にまみれている。
ロイがどうなったのかもこちらからはわからない。
普通なら攻撃をやめそうなところだけれど。
あのお嬢様は更なる攻撃を仕掛けようとしていた。
というか、もうその態勢に入っている。
炎竜の周りに相当数の槍が顕現されていた。
それを捉えたころには時すでに遅し。投射が始まっていた。
嘘だろ。このお嬢様。
もうロイは凄まじいダメージを受けているはずなのに。
下手すりゃ死んでるかもしれないのに。
「酷だねぇ、あのお嬢様も」
なに呑気なこと言ってんだよ。
「止めないと、この試合!ロイが死ぬ!」
「焦るなよショウくん。カナタ先生は止めちゃいないだろ。まだロイは生きてるさ」
そうかもしれないけれど。
カナタ先生だって見えてるかどうかも分からないのに、焦らずにいられるかよ。
炎の槍がロイがいるであろう場所に何本も突き刺さっていく。
そのお蔭だろう、煙が徐々に晴れていきうっすらと立つ影が確認された。
「確かに、生きてはいるみたいだけれど」
思ったのも束の間。
「『炎竜・紅蓮』!」
言葉と同時に炎竜が影に突進。
そのまま。
飲み込んだ。
炎竜の動きに合わせて熱風が轟く。
嵐以上の破壊力を持ったそれは、場内のありとあらゆるものを吹き飛ばしていった。
必至で椅子にしがみつき耐えることしかできない。
目も開けられない状況下でロイがどうなったのかも確認することさえできなかった。
「ど、どうなったんだ?」
暴風が収まり瞼をあけた僕の目に飛び込んだのは。
カナタ先生と炎竜を体に纏ったスミレの二人だけ。
ロイがいた場所は炎竜の起こした爆風が強かったのであろう、土煙に覆われている。
「もういいでしょう」
スミレは完全に勝利を確信していたようだ。
誰だってそう思うよな。
火炎の息吹だけでもはや終わりのはずの戦闘なのに、このお嬢様は強烈な追撃までしたんだ。
槍を浴びせて竜に食わせやがったんだ。
どこまで財閥を誇示したいんだよ、まったく。
ロイは大丈夫なのか。
「先生。早く終了の号令を」
――パンッ――
時が止まった。
対峙者でない僕ですらそう思った。
意味が分からない。
それが率直な感想だ。
何が起きたんだ。
もはや言葉にならない。
でもこの声は、あの時廊下で聞いた声。
「はい、そこまで。引き分けだよ」
――スミレの後ろには
――手を魔法銃のようなL字にして
――ロイが立っていた。
「こいつは予想外の展開だよなぁ、おい」
チャイの呟く声は微かに震えていた。
「……」
スミレはただただ呆然と立ち尽くしていた。