表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/57

1-9. 模擬戦②

まずい。

これはまずい状況だぞ。

昨日せっかく掴んだ微かな自信がさっきの戦いで吹き飛んでしまった。


あのクミンとクロウの衝撃的な戦いの後、僕たちの前にはチャイとかいうあの陽気な生徒の試合があったが、そんなものは目にも耳にも入らなかった。


どうして、こんなところへ来てしまったんだ。


やっぱり僕は場違いじゃないんだろうか。


「こら。何おどおどしてんのよ。私との戦いに集中したんじゃなかったの?」


今はチャイの勝利で前の試合が終わったところ。

どうやら圧勝だったようだ。


いや、そんなことはどうでもいいんだ。

会場の中心へと足を運んでいる僕の心は揺れに揺れていた。

アカネの言葉なんてものも耳を通り抜けて行った。


「待って」


ふと。

返事もせず俯き歩いている僕の前でアカネは立ち止った。

こっちを振り向き、両手を腰に当て、僕を睨みつけている。


「なんだよ」


「そんなびくびくしたまま私と戦わないで。昨日私が言ったことは本当なのよ。正々堂々向かってきなさい」


フンッ!

と、それだけ言い捨ててアカネはまた前を向き歩き始めた。


そうだ。

一体何をしているんだ僕は。


あれほどアカネに勇気づけられてもまだ不安を持ったまま戦おうとするのか?

これまでもそうだ。

どこか迷いを持ったままアカネとは戦っていた。

その結果が19敗という結果を招いてしまっていたんだ。

昨日だって、考えに考えて自信をつけたじゃないか。


これは、僕の戦いだ。


さっきの試合がなんだっていうんだ。


「……ふぅ」


立ち止ったまま、ゆっくりと息を吐く。

目を閉じ、集中する。


再び歩き始めた僕は、昨日の自信を取り戻していた。




「はじめ!」


――最初っから行くわよ。


……来る!


先生の号砲と共に僕は素早く右に動いた。

いや、避けたんだ。アカネの攻撃を。


僕の左わずか数センチのところを火の玉が飛んでいく。

あぶなかった。まさかこんないきなり攻撃を仕掛けてくるなんて。


「よく避けたわね。さすが副委員長」


わかっていたとはいえいきなり来るとは想定外。

少し対応が遅れてしまった。

危ない。


「絶対に当ててみせるんだから」


軽く呟くと同時に、アカネが動いた。

両手から幾つもの火の玉を顕現しながら、僕の方へ走ってくる。


次々と放たれる攻撃を躱しながら、僕はアカネを待ち構えた。

ある程度の間合いになった瞬間、僕は水の魔法を放ったけれど打ち消されてしまった。


水と火とじゃ、水が強いはずなんだけどな。

僕のEランクの水魔法では、アカネのBランクの火魔法に勝てるはずもない。

すぐさま蒸発して消えてしまうのがおちだった。


火の玉をもう何回躱し続けただろうか。

傍から見ればそれはただの追いかけっこ。

観客席からはクスクスと笑い声も聞こえてきてたりする。



――なんだあいつ、避けてばっかじゃねぇか


――夫婦喧嘩かよ



「ったく!すばしっこいんだから!」


僕にはその素早さしか取り柄がないんだから仕方ないだろ!

雷魔法の特権、スピード。

僕はそれを思いっきり足に活用し、相当な素早さを今手に入れている。

と、言ってもできるのはそれくらい。

魔法の扱いに不慣れな僕は、攻撃なんてできやしない。

ただのチキン野郎に見えても過言じゃないんだ。


だから場違いだったんだ。


なんて、前は思っていたけどもう違う。

この'躱す能力'の高さをアカネは買ってくれていたんだ。

とは言っても、この能力の根源は、雷魔法なんかじゃないんだけれど。


「今日はいつもよりもしぶといわね!さっさと当たりなさい!」


当たるもんか。

今日の僕は気合いが違う。

アカネの魔力が尽きるまで躱し続けてやる!



――ガーネット。



すぐさま危険を察知する。


「ガーネット!」


来た。

今まで全く躱しきれなかった技。

何度となく挑戦してきたけれど、躱せなかった技が来る。


アカネを見れば、その周りに無限とも思えるほど大量の火の玉が生成されている。

気づいた時には、一斉に襲い掛かってきていた。


躱しきってやる。


右へ左へ。空中へ。

跳んで。滑って。止まって。

あらゆる軌道を描く無数のそれを、僕は躱し続けた。

足には雷魔法を最大限に付加させて。



――右、、左、、くっ、、



躱して、躱して。

全神経を研ぎ澄ませて。集中させて。

昨日誓った決意を胸に、躱し続けた。


反応する。アカネの声に。無意識な深層心理に。

本人はそれほど意識していないだろうが狙いはきちんと僕に伝わる。

あとは、体が反応するかどうか。


とはいえ多少掠ったものもあったが、体に纏っていた水のベールのおかげでそう大事には至らなかった。

昨晩、少しは方策を考えておいてよかった。


「こ、このっ…!」


さぁ反撃だ!

初めて全て躱され、驚いているアカネに隙ができた。

渾身の魔力を足に込めて、地面を蹴る。

両足が光る。雷をまとって。

放たれた雷は地面を這い四方へ散らばる。


「いっけぇぇぇ!」


今日が、0が1に変わる時だ。


「はい。そこまで!時間だよ」


という希望も、先生の号令により空しく打ち消された。



 ***



「もう最悪。変に励ましたりしなきゃよかったわ」


試合を終えた僕たちは観客席へと戻り、模擬戦を振り返る。

少し誇らしげな僕と完全に気力をなくしているアカネ。

なんだか試合の前後で立場が入れ替わっているような気がした。


「単純すぎなの。アンタは。妙に気合入りすぎ」


引き分けという初めての経験にアカネの落ち込み方といったら。

励まさなかったらよかったなんて、どこの負け犬だ。どこの餓鬼だ。


「しかもガーネットまで躱されるし。あぁもう!」


横の少女は今、獣と化して頭を抱えて暴れまわっています。


こんなアカネを見るのも初めてかもしれない。

最初で最後だったりして。

そりゃあ、あの技を躱せたのは初めてだったけれど。


でも、引き分けという結果に終わったのも、きっと自信を持ってこの能力を使えたからだ。

今日だけで大分成長したと感じられる。


「正直驚いてるんだよ、アカネ相手にここまで戦えたこと。昨日の励ましのおかげかもね」


「うっさい!」


返答は相も変わらず暴言。

口を極限まで開いて放つ餓鬼のような言葉。


「わかったでしょ。私がアンタを買ってる理由が少しくらい」


その後に目に涙を湛えて静かに言い放つアカネは、なんだろう。もう感情の起伏が激しくてついていけない。

それでも言いたいことはなんとなくわかるんだ。



――だからショウは強いって言ったのに。



声に出して聞きたいものだねまったく。

僕には聞こえているのもわかっているくせに。


結果は引き分け。

それでも張り合えて嬉しい。



――後で覚えておきなさいよね。



おやおや。

どうもこのワガママなお姫様の機嫌は収まらないらしい。



――でも、やっぱりかっこよかったな。



口で言ってくれればいいものを。


「なによ。どうせまた盗み聞きしてるんでしょ」


「いや、別に」


「ふんっ。アンタには隠したくても隠せないわよ!」


「じゃあ直接言ったらいいのに」


「誰がアンタに言うもんですか!」



――また好きになっちゃうじゃない。



僕は意地悪なんだ。

こんな素直じゃない素直な女の子のそばにいながら。

彼女の気持ちに気がつかないフリをしている。

そのことにアカネは気づいているだろうが。

それに僕は気づいている。


「意地張りすぎなんだよ」


僕がもう少し強くなったら。

彼女の想いに応えてあげようと思っている。

まだ足りない。

彼女のそばに寄り添うことを他でもない僕自身が許さない。


アカネはそれをわかっているんだろう。

だから直接言ってくれないのだ。伝えてくれないのだ。


とはいえ。

今日は記念すべき1日になった。

下級学校から争うこと20戦目。


0勝19敗1分。


0を1に変えることができたんだから。



ありがとう、アカネ。



なんて、僕もまたそれを胸にしまう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ