第83話 要求
(神霊薬を飲んだってのに性懲りも無くつけた三本目の傷ッ! 俺の体内にはすでに毒が……あぁぁぁぁ……!)
ぐるん、眼球が半回転して白目を剥き、ガラクは意識を失った。
床に伏したまま、再び魔力のかすかな流れがセラフィノの血にまみれた猫っ毛を揺らす。
「間に合えば……いいけど……」
今回は正真正銘の毒抜きだ。ガラクは毒による作用で意識を失ったものの、これでおそらく死ぬことはない。
とはいえ、本当にギリギリのところだった。もう少しガラクに粘られてしまったら、解毒が間に合わず死なせてしまったことだろう。
「おや、終わってるね」
「サイレン、くっ、こほっ……さん」
「ああいいよ無理しなくて」
飄々とした青年の声。王城で会ったサイレンが、何者かの頭を鷲掴みにして引き摺りながら部屋へと入ってきていた。その姿は悠々たるものだが、右手に掴んだ脱力しきった人体が不気味だ。
「うん? ちゃんと生かしておいてくれてるね。よかったよかった……こっちはあっさり死んじゃったからどうしようかと」
「……殺したく、ありませんでしたから」
「うんうん、これで彼から情報を絞れそうだ」
満足げに頷くサイレンが右手に掴んでいた死体を無造作に放り出すと、今度は気絶したガラクを持ち上げて肩に背負った。
暗殺者の家に生まれたセラフィノは、殺人に対して倫理的なためらいはない。しかし、重要な情報を持ってそうな人間は生かすことのほうが大切だというのは、謀略渦巻く貴族社会において半ば常識ともいえるものだろう。
「……テオは、どうしてますか」
ズタボロの体でなお、セラフィノはテオのことを考えていた。
襲ってきた暗殺者も、盗賊も、暴漢も、誰一人殺さないようにと一生懸命手加減していたやさしいひと。
本気なら指先で頭を弾き飛ばすくらいわけないほどの力を持ちながら、彼に倒された人たちはみんな五体満足で気絶していただけ。
彼の仲間でありたいから、セラフィノは己が死の直前まで追い詰められようと、秘しておくべき奥の手を使ってまで襲撃者を殺さないように配慮した。毒を用いてもガラクが死ぬかは五分だったが、それすら避けたかった。
「ああ、そういえば報告にあったね。まあ彼らなら何とかするんじゃない?」
「……」
「そう睨まないでよ。君……えー、セラフィノくん、君と彼らの両方とも「餌」ではあるけど、あっちにはもっと大物がかかりそうなんだ。だったら下手に手を出さないほうがいいだろう?」
「それは、そうですが……」
ずり、と血溜まりの中をソファまで這いより、よじ登るようにしてやっとこさ座る。体にぽっかりと穴が開いたままだが、血はだいぶ止まっていた。
「うわぁ、それ生きてるの……?」
サイレンの嫌そうな顔を気にせず、背もたれに全体重を預けて天井を見上げながら答える。
「だから護衛にとつけてもらった執事さんを連絡係にするついでに人払いしたんですよ。どうあっても死にようがありませんから……彼らにはその情報が伝わっていなかったみたいですけど」
「死なないといっても信じがたい話だからね。極端に死ににくい程度にしか思われてなかったってところかな」
「……彼らは、僕が魔法を使えることを知らなかった」
「……」
セラフィノが目を閉じて言うと、サイレンがかすかに硬直した。表情は相変わらず能天気な笑みを浮かべているが、その通りの感情とは限らないだろう。
「不思議ですね……僕は、こほっ……ノベラポートで、一度魔法を使っているのに」
船酔いしたツバキに、解毒でどうにかできないかという話になって魔法を行使している。無論、体内に入り込んだものを抜き取る、という性質のものなので酔いを改善することはできなかったが。
場所は船着場、人通りも多く見通しの良い場所で、常に見張っていたであろう暗殺者たちがなぜ見落としたか?
王都に隣接する衛星都市、サイレンの力の及ばぬはずがない。
「へぇ、ラッキーだったね。流れ星にでもお願いしたのかい? 『魔法を使えることがバレませんように』って」
サイレンはガラクを担いだままおどけたように肩をすくめて見せるが、セラフィノは目を閉じたまま彼を見ていない。
「………………その男、ガラクと名乗っていました。耳につけているカフスは魔道具で、嘘を見破るそうです」
「そりゃあいい、尋問が楽になる」
結局セラフィノは追求することをあきらめた。今、サイレンにつっかかっても何もいいことはない。
「それと、目的の予想がひとつ立ちました……詳細は、後、で……」
言いかけて、セラフィノの意識が薄れていく。ぬるま湯が体を飲み込んでいくような気分で、現実を手放した。
*
「それで、あなた方の目的は」
走り出した馬車の中、僕らはあらためてアーダーさんとアルテーリエさんの二人に問いかけた。
「私たちの主が『採掘王のダイヤモンドツルハシ』を所望しています」
「……ッ! そんな条件飲めるわけ……!」
「まあまあアルマさん、落ち着いて」
「ですが……」
二人はまったくの無表情で答え、それにアルマさんが険しい顔をする。あまりにも一方的な要求だと感じたのだろう。
しかし、それは一種の綻びだ。
僕が持つ王武器の名が『採掘王のダイヤモンドツルハシ』であることを知っている人物は限られる。
カルメヤ村から出たことのないアルマさん、自身の居場所が知られては困るセラくんは論外。ツバキとヘルさんはちょっと怪しい。けどこのタイミングでの誘拐(ほぼ僕らの不注意)と要求は間違いなく、あの王城地下の会議室にいた影の誰かの仕業だ。
顔のひとつでも拝んでおきたいところだけど……さて、どう言おうか?
「どうして必要なのかな? 欲しがっている理由は?」
「さぁ?」
「私たちの与り知らぬところです」
二人の女中はにべもない。
「……」
アルマさんがじっとりと睨みつけるが、それでも涼しい顔だ。
ヘリオアンの一件で僕が大怪我を負ってしまったのを、ツルハシを失くしてしまったせいだと考えているアルマさんは、再びの失うかもしれないという疑念に警戒しているようだった。
さて、ツルハシが要求されている理由としては単純に力を欲しているという可能性と、奪うことで僕を無力化したいという可能性の二つか。
あの会議にいたなら、サイレンさんが言っていた石化金属ゴーレム使いについても知っているはず。
石化金属ゴーレム使いが共通の脅威だと仮定して、まだ僕が排除していないのにその力を奪おうとするのは辻褄が合わない。
となれば、逆に石化金属ゴーレムが彼らにとっての脅威ではなく、僕こそが警戒すべき相手だとしたら。
(目的は無力化か……)
僕を無力化の上、あわよくば新たな戦力を得たいという目論見だろう。
だったらヘリオアンの時のようにさっさと手放して一度消失させ、王都のどこかにあるだろうそーこちゃんの箱を探して開ければ問題ない。
権力者であるサイレンさんがこちらの味方なのだから、箱を開けることに関して障害はないはずだ。
僕以外の人間が手に持つことで起こる消失現象については知らないはずだし、とぼけて一芝居打てばその後の追求も免れる。
となれば、彼らの目的を果たしつつ、こちらも何の損害もない状況を作れるかもしれない。
交渉次第では相手の情報を得られるかもしれないのなら、さほど悲観する状況ではないだろう。
「……この馬車の向かう先で俺たちは何をすれば?」
「人質交換用の屋敷があります、そちらにて」
揺れる馬車の中、僕らは静かに時を待った。




