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第80話 焦りと暢気



 屋敷の入り口、馬車を乗りつけたときのまま、女中さんは熱い日差しを浴びながらも涼しい顔で微動だにせず立っていた。


「お気づきになられましたか」


「イーリスはどこだ」


 自分でも驚くほど余裕のない、燃えあがる炭のような声が出てしまう。


 しかし女中さんは顔色ひとつ変えない。まっすぐな長い黒髪、切れ長の目は少しも揺れない。


「さあ? 私も何も伝えられずにここに来たものですから」


 事実だろう。イーリスがあの貴族の男に馬車で連れ去られた時、この女中さんは僕らが乗るための馬車を探しに行っていた。となれば行き先など知り得ようはずもない。


「……先ほどの、彼女が馬車に乗りこんで行ったときとは随分態度が違いますね。いえ、余裕が無いとでも言うべきでしょうか」


 心当たりを探ろうと言葉を選んでいると、女中さんのほうから口を開く。


「そうねぇ……事情が変わったというところかしら? 仲間の一人が先にここに案内されていたと思っていたところに、不在を告げられれば不審にも思うのではなくて?」


 かすかな魔力の風を伴いながら、ヘルさんが一歩前に出る。彼女のドレスの後ろ側に、氷の結晶が育ち始めているのを見た。


「それだけではないでしょう。おそらく彼女は何かに優れたる方なのではないですか? だから小物と思しき旦那様と密室になることも平気だった」


「……」


 ヘルさんが笑みをそのままに黙る。彼女のドレスの後ろ側は、氷の結晶によって白く染まり始めている。何か、氷の一撃を準備しているような気配だ。


「そして……ああ、私を攻撃なさろうとはしないほうがよろしいかと。交渉の余地無しと見られればどうなるかわかりませんから」


「単なる警戒よ、続けて?」


「……いいでしょう。そして、その優れた人物が……連れ回されているにせよ、どこかに監禁されたにせよ、今まで何の反応もないのはおかしい。つまり、あなた方も思い至ったのでしょう」


 そこで話を一度切り、ふぅと一息ついてから。


「彼女は負けたのです」


 ふっと風が起きた。ヘルさんは何もしていない。


 一瞬で女中さんの背後に回りこんだツバキが、抜き身の刀を彼女の首筋に突きつけていた、


「刀を下ろしたほうが賢明ですよ」


「ツバキちゃん、下ろしてくれるかしら。まだ私たちには聞くべきことがあるわ」


 敵味方の両方からいさめられても、ツバキは聞かない。


「今見せたみたいに、私は一瞬での移動を好きなだけ出来る。その気になればこの都を10分で一周することだってできる」


「まあ……それで探し回るおつもりですか? 民家や屋敷や、店舗や詰め所、地下室と屋根裏部屋まで?」


「……ッ!」


 現実的ではない。いちいちそんなに見て回れば、とうてい10分で済むものではないし、見落としがあればそれだけで破綻する。


「そんなに速く移動できるなら、黒いローブの彼女が乗った馬車を追いかけて行き先を確認しておけばよかったではありませんか。なぜそうしなかったのです? ……いえ、言わずとも分かります。楽観視していたのでしょう? 私たちには何もできないと」


 そうだとも。『不死王』イーリスならば滅多なことにはならないだろうとタカをくくっていた。だがそれは、彼女がいまだに何の動きも見せないことで焦りへと変わっている。


 そして、この一年で十分に名を広めたであろう『赤髪』ツバキに脅されてなお動じないこの女中にも、得体の知れない脅威を感じ始めていた。


「さて、このままでは話しにくいですね。後ろのお連れ様を気絶させますが、反撃しないことを約束していただけますか?」


「ええ、かまわないわ」


 ヘルさんと髪とドレスをはためかせていた風が止み、彼女の背後に育っていた氷が霧散する。


「はっ!? 何を言って……」


 突如ツバキの背後に現れた人物が彼女の首筋に指を触れさせると、パリリ……というかすかな電流が発せられる。それだけで、ツバキは意識を失い、ずるりと崩れ落ちた。


 そこにいたのは、二人いた女中のもう片方。双子だろうか、同じ顔をしている。


「姉様、あまりお客様を煽ってはいけないわ」


「そうだったわね、アーダー」


 姉様と呼ばれた……刀を突きつけられていたほうの女中は、地面に倒れ伏すツバキを抱き上げて僕へと寄越した。お姫様抱っこという感じで抱えると、くったりと脱力しているものの呼吸は正常であることがわかった。


「ツバキさんが気を逸らせたことで、交渉の余地は消えましたか?」


 僕がツバキの無事を確認するのを見て、アルマさんが二人に問いかける。これでイーリスが帰ってこなくなってしまえば大変なことだ。


「そんなことはございません。ですがその前に自己紹介を……私はアルテーリエ、そしてこちらが妹のアーダーです。覚えていただければ幸いですわ」


 二人見事なシンクロで一礼。


「あ、テオです。こっちがアルマさん、ヘルさん、で、ツバキ」


 ぺこりと頭を下げ、両手がふさがっているために顎で示してこちらも紹介する。


「何のんきに挨拶返してるんですか」


「あ、つい」


 依然として緊迫した空気ではあったものの、やはり挨拶されたら返さねばという気になってしまう。


「まずは馬車へお乗りください。説明させていただきます」


 そう言って馬車を示す……えー、どっちがどっちだろう。目印も何もないせいでアルテーリエさんとアーダーさんの違いが分からない。


 ヘルさんとアルマさんが馬車に乗り込むのを後ろで待ちながら、横に立つ双子を見つめる。


「……何か?」


 目が合う。鋭い目つきが睨んでいるような印象だ。その瞳の奥を覗き込むように、じぃっと見つめた。


「ええと、君がアルテーリエさん?」


「違います、私がアーダーです」


「そっか、ありがと。アーダーさん」


「……テオさん? 何しているんですか?」


 アルマさんが馬車の中から不思議そうに声をかけてくる。なんでもないと答えて、僕も馬車に乗り込んだ。




*



「ひらめいたぞ!」


 かっと目を見開き、飛び上がるように起き上がるイーリス。黒いローブのフードが脱げ、桃色の髪がさらさらと揺れた。


「……お兄ちゃん呼びは絶対強い」


 いかに普段気取っていようと、誰も見ていなければ男などこういうものである。どころか、彼はかつて多くの男を虜にした猛者だ。『そういう演技』の研究には余念が無い。


 立ち上がってポーズをとり、ぱっちりとウィンク。


「ねーぇ? あたしをここから出してほしいな、お兄ちゃんっ♡」


 沈黙。そもそも、牢屋にはイーリス以外誰もいない。


 大きなため息をつきながらまた牢屋の硬い床に座り込む。


「全く、見張りの一人でも立てていれば篭絡できたものを」


 もしかしてそういう意図で見張りを置いていないのか、とも考えてしまう。テオやツバキのような例外を除いては破壊が難しい石化金属の檻だ。見張りなど余計というものだろう。


 男を喜ばせる芝居も、観客がいなければ無意味なのだ。


(しかし……)


 改めて考える。この牢屋から読み取れるあの男の人物像を。


(石化金属をこんなにも大量に……しかも、牢屋などといういかにも優先順位の低そうなものに使用している)


 他に囚われている人間も魔物もいない。まるで新品かのように手入れはされているものの、最近使用されていたようにも見えない。


 ということは、使用頻度はかなり低いのではないだろうか。そんなものをわざわざ石化金属で作るのは何故か?


(理由と目的がある。石化金属でなければならない理由、そして目的……)


 ごろりと横になって、ぼんやり石床を見つめる。


(俺……ではないな。ある目的のために……作っておいたものを、とりあえず俺に使った。手入れされている状況を見れば、その目的は達成されていない)


 用済みとあれば放置が基本だ。だがいくらかの手間をかけてここを維持しているということは、まだこの牢屋には役割がある。


(いや、それよりも。そもそもこんな檻をどうやって用意した? 石化金属はかなりの貴重品のはず。金で買ったにせよ現物を集めて作ったにせよ、そんなことが個人でできるのか? 奴自身からは何も感じなかったが)


 馬車の中でのやりとりを思い返す。


「んっ……」


 どれだけ思い返しても、脅威を感じなかった。戦闘能力はないと考えていいのだろうか。


「まあ、いざとなればテオやツバキに勝てる奴などいないか」


 またも思考を放棄し、目を閉じた。


(あー、今日はさっぱりしたものが食べたいな……)


 などとテオたちの心配など露知らず、暢気にも夕食のことを考えはじめるのだった。



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