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第79話 戦いの前


「……やっぱり、来ちゃうような気はしていたんだよね」


 ちょっと豪華な家くらいの屋敷で、若い執事さんに案内されて質素ながら上品な調度品に囲まれた客間に通されると、さびしげに笑うセラくんに出迎えられた。


 彼のいつもはふわふわの銀髪も、今は心なしか元気がない。微笑みは困り顔に近いものだった。


「そうは言っても、俺たちが持っているわけにもいかないだろ」


「まあね。でもまさか昨日の今日でここまで来るとは思わなかった」


「いきなりお別れも無しにいなくなられたら、寂しいではないですか」


「あー……ええっと。ごめんね、アルマさん」


 ぞろぞろとソファに腰掛けると、執事さんが紅茶を淹れてくれた。


「あ、どうも……それで、これが忘れ物ね」


「……ありがとう」


 セラくんの荷物が入ったかばんを渡す。それから、沈黙が続いた。


 誰も、何も言わない。セラくんも、アルマさんも、ツバキもヘルさんも。


 僕は今さら何が言えるのだろうかと、言葉を探っていた。王都までの道のりを旅して、たどり着いて、それからどうしようと考えていたのだろう?


 せっかく安全な場所まで来たのに、わざわざそこを出て、また命を狙われる旅に誘う?


 そんな馬鹿な話があるか。


 だから彼とは、ここでお別れだ。昨日の夜だってアルマさんとそう話した。


 これからはたまに会う友人として、こうしてお茶を飲むような関係になるだろう。


 それは決して悪いことではない。そうなっても僕らはきっと楽しくやっていける。


 だけど。


「なぁ、セラくん」


 首に下げていた冒険者の証を引きちぎる。それをそのままテーブルの上に置いた。銀で出来た、Cクラス冒険者であることを示すプレート。


 初めての商談を持ちかけるように内心ばくばくと心臓を高鳴らせ、僕はセラくんの目をまっすぐ見つめた。


「Cクラス冒険者に依頼してみない?」


「……また、護衛をって?」


「いいや」


 否定する。顔が勝手にニヤリと笑うのを止められない。


「君を狙う奴らの討伐を!」


 セラくんが目を丸くした。


「そういえば、もう一人仕事を探しているCクラス冒険者がいましたね」


 何か言われる前に、アルマさんまで乗っかってくる。


「あの……私たちには別な用事」


「いやいや! Cクラス冒険者が二人では心許ないのではござらんか!」


 何かを言いかけたヘルさんを遮って、ツバキまでもが胸を張る。二つ名持ちの冒険者、こちらでは僕なんかよりよっぽど有名な彼女は、実力だって本物だ。彼女も力を貸してくれるらしかった。


 困ったように肩をすくめるヘルさんを尻目に、僕ら三人がずずいとセラくんに迫る。


 三つの顔に囲まれて困ったように苦笑いするセラくんだったけど、気をとりなおして咳払いひとつ。


「えっと、みんなありがとう。すごく嬉しい」


 もう何度も見た、花のような笑顔。


「でもダメー」


『えええええええっ!?』


 あっさりと断られてしまい、そろって驚愕の声を上げてしまう。


「もともと頼みたかったことではあるんだけど、タイミングが悪いんだよ」


 唖然とする僕らに、事情を説明してくれるようだ。


「それってどういう……?」


「連中の親玉、ないしはそれに繋がる人物を探っているけどまだはっきりしない。ただ国の中枢に入り込んでいることは確かだから、王都という『鼻先』に僕というエサを吊るしてみようってことになってるんだけど」


「私たちがいると、彼らも警戒して手を出してこないということですね」


「うん、奴らにはテオたちの強さが十分わかってしまっているみたいで……だから港町からずっと襲撃がなかったと思うんだ」


 確かに、セラくんと出会った直後の二回しか彼らの襲撃を受けていない。さらに、ツバキやヘルさんなどが合流してしまい、手がつけられなくなったということか。


「それなら僕が王都で君たちと別れた後を狙いたいはずだ。強力な護衛が常にいるところを狙うよりはずっと確実だからね」


「まさしく今ってことか」


「うん」


 となれば、今こうして話しているのも良くないということか。そういえば王城の門番も妙に僕らが会いに行くのを渋っていた……こういった狙いを彼は知っていたのだろうか。


 しかしこのアイデアは……。


「セラくん、危ないよね?」


 ようは自分を限りなく無防備にしているのだから、一歩間違えれば悲惨な目に会うことは想像に難くない。


「危ない?」


 それなのに、セラくんはくくっと笑って、自身の左鎖骨を指差した。


「死なないのに、何が危ないの?」


「……」


 思わず固まる。両隣の二人も同じように沈黙した。


 それは、今まで見たことないような暗い笑みで、自分のことなどどうとも思っていないように見えた。


「……せめてイーリスを護衛につけるのはどう? 俺たちの中で唯一顔が知られていない」


 イーリスは回復術士ながら王武器持ちでもあるため、戦力としては申し分ないはずだ。顔と能力を知られていないならこれ以上の護衛はないだろう。


 セラくんも黒く陰った顔をぱっと明るくし、


「イーリスさんがいてくれたら確かに心強いかも。彼女は今どこに?」


 セラくんはイーリスを女の子として扱うつもりなのか、と一瞬思ったが、それよりも奇妙なことに気がついた。


「ここに来てるんじゃ?」


「……? いや、今日は見ていないよ。留守番じゃないの?」


 先に貴族のおっさんの馬車に乗って向かったものとばかり思っていたけど、そういえば姿が見えない。


「ここを教えてくれた貴族の人が……先に行くってイーリスを乗せて……」


 一気に部屋の気温が下がるような気がした。それだけ全員の気が研ぎ澄まされたのだ。


「妙な悪戯を仕掛ける性格の御仁でもあるまいに」


「確実に『何か』あったようね、大物だと楽なのだけど」


「顔は覚えていますし、片っ端から探してみますか?」


「いや、外にあの貴族に仕えてる女中さんがいるはずだよ。彼女に聞こう」


 全員ソファから立ち上がり、まるで戦闘前のような殺気を立ち上らせる。僕もテーブルの上、冒険者の証を手に取り、首に下げなおす。


 それも当然だ、これから戦いに行くのだから。


「セラくんは?」


 一人ソファに座ったままのセラくんに問う。彼もまた、戦う者の顔をしていた。


「僕は一人で大丈夫、ここは任せて行ってきて」


「わかった」


「セラどの! また戻ってくるでござるよ~」


「気をつけてくださいね、セラくん」


 こうしてセラくんに見送られ、僕らは屋敷を出た。

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