第78話 地下牢
王都内であることは確かながら、どこにあるかも分からない屋敷の地下。
石造りでできたじっとりと薄暗い半地下の牢屋に、荒縄で縛り上げられたイーリスが閉じ込められた。やや高い天井のギリギリ横に、わずかな明かり用の窓が開いている。
突き飛ばされて倒れた姿勢のまま、格子ごしに自身を閉じ込めた貴族の男を睨みつけた。
「こんなことをしたって、あなたには何の得もない」
「わかっとらんな。お前にはテオとかいう男の持つ素晴らしい力との交換材料になってもらう」
「……テオの?」
このときやっと、イーリスは要求されているものが予想した二つ……女としての自分でも、不死王としての自分でもないと理解する。
テオがそれなりに仲間意識の強い男であることは付き合いの浅いイーリスでも分かっていた。これを悪意持って監視する人間が知らぬはずはないだろう。
素晴らしい力とは、おそらくは『採掘王のダイヤモンドツルハシ』のことで、この男はそれと人質を交換しようと目論んでいる。
なるほど、答えを教えてもらえばどうということのない話だ。
ヘルヴェリカとツバキはその強さが国内に知れ渡っているらしいし、テオ本人をさらえるのならば直接奪えばいい。要はもっとも扱いやすい人質として自分が選ばれたのだとイーリスは悟った。
(その気になればいつでも脱出できる……が)
馬車に乗っているときに感じた嫌な悪寒。この男はおそらくまだ何かがある。
それを解き明かさないかぎりは、隠し持っている何らかの手段で負けてしまいそうな気がした。
幸い、自分の正体……『不死王』には気付いていないようだ。もし自分について知っていれば、テオのツルハシになど目もくれないだろう。何せ『不死王の永遠なる焼き鏝』は王武器の中でも一線を画す……特殊効果だけ見れば頂点ともいえる性能なのだから。
「さて、わしは上で待たせてもらうよ、君のお友達が来るのをね……」
クククと、低い笑いを漏らして、薄暗い地下牢を出て行く。後にはイーリスだけが残された。
(……大事な人質と言いながら、見張りもたてない。人質としての価値を維持するためか、衣服も奪われなかった)
イーリスが身に纏う黒いローブ、それに手がかかることはなかった。
(確かに、取り出さねば分からんだろうな)
ぼぅっと荒縄を焼き切り、ローブから右腕を出す。そこには、白熱し、まるで練り飴のごとくやわらかく巻きついた金属棒があった。
誰にも言っていない『不死王の永遠なる焼き鏝』の隠された能力!
それは『魔力を流し込んだ分だけ高温になる』能力!
本来は焼き鏝として機能させるための加熱能力だが、意外にも制限が設定されていないのである!
イーリスはこれに融点付近まで魔力を流し込むことによってやわらかくし、『トーチハンド』の魔法を応用して腕全体を耐熱状態にしてから巻きつけることで、ローブの下に『不死王の永遠なる焼き鏝』を隠し持っていた!
どちらも消費魔力は軽微、その気になれば一週間はその状態を維持することも軽い。
そして魔力の供給を止めれば急速に熱を失い、そのままの形で固定される。この場合は何年だってそのままでいられる。元の形状に戻したいときは、そう念じながら魔力を流し込むと戻る。
(そういえばテオの王武器は隠し持つのに向かんな、それも狙われる原因か)
思い返せば記憶にあるどの王武器もある程度の携行性はあった。そういう意味でもあれはハズレなのだろう。
「……む」
なかなか頑丈なのか、力ずくで捻じ曲げようとした金属格子はびくともしない。もともと肉体ステータスはさほどあがらない『不死王の永遠なる焼き鏝』では力が足りないようだ。
(なるほど、見張りがいないのは自信のあらわれでもあるわけか)
魔法による破壊も考えたが、魔力の風を感知されたらすぐに脱走がバレてしまうだろう。物理を対策しておいて、魔法を対策しない理由がない。
(ならば)
腕に巻きつきながら発熱する『不死王の永遠なる焼き鏝』を、そっと格子に押し当てる。
が。
「だめか……」
加熱によって焼き切ろうとしたものの、金属のように見える格子はまるで軟化する様子を見せない。
(そうか、石化金属……!)
薄暗さから気づくことはできなかったが、牢屋の格子はすべて石化金属によって作られていた。
魔力の皮膜を持ち、都合よく金属と岩石の性質を切り替える物質。
破壊するには同じく石化金属か、強力な魔力のバリアを打ち破るほどの魔法が必要だ。
なるほど、貴族の男が妙に自信ありげだったのも頷ける。それにこうして見張りがいないことも。
ならばと錠前に熱してやわらかくした『不死王の永遠なる焼き鏝』を流し込む。これで鍵を複製しようという魂胆だ。
しかしうまく回らない。鍵穴を満たしきれていないのか、あるいは魔法などで細工をされているのか。
(では、この格子と石床の接合部を破壊するのはどうだろうか……)
観察するに、妙に深く格子の棒が差し込まれていることに気づく。予想できるのは、石の部屋に一面の格子なのではなく、この部屋全体をまるで石化金属でできた虫カゴのようにして、それを隠すように石を積んでいるということだ。
無論、目の前の格子が破れないのならば、六面すべてに脱出口は無い。
「……」
しばし考える。そして至る結論は。
「やめだ、やめ」
ぽてん、と冷たい石の床に横たわる。
牢屋を脱出して何か探れればいいと思ったが、どうにも難しそうだ。あとはテオ達があの男の脅しに屈しなければいい。
どうせあの貴族の男には『不死王イーリス』をどうこうできる力などないのだ。奴が自分をか弱い人質だと思っている間はとくに危険はないだろう。
(お姫様のようにおとなしく待っているから、さっさと助けにきてくれよ)
最悪の場合、かなり強引にここを出ていくことも可能だが、今はまだそのときではない。暴れればそれだけで目的や情報が失われてしまうのだ。
可愛らしいあくびを一つこぼしたイーリスは、そのままうとうととまどろみの中に落ちていくのだった。




