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第75話 忘れ物


 朝。


 眩しい日差しと鳥のさえずりが窓から部屋に入り込み、その清々しさが朝食後の満腹感と相まって一日の活力となるべき場面において。


「……」


「……」


 セラくんが居なくなった朝、僕ら5人は彼とイーリスが同室していた部屋で、二つあるベッドのうちの片方を囲んでじっと見つめていた。


 正確には、そのベッド脇に置かれた鞄である。


 僕とアルマさんは一目で泣き腫らしたと分かる赤い目で、ほかの3人はなんとも気まずそうな表情で、その忘れ物をどうしたものかと見つめていた。


 セラくんの荷物、置きっぱなしだ……。


「……え、えぇと~、どうしたらいいのかしら、これ」


「当人のもとに返すのがよかろう。しかし、その、なんだ……」


 ヘルさんはあからさまに困っているし、イーリスは妙に歯切れが悪い。


 いや、それもそうだろう。昨晩はまるで友人の葬式のように泣き明かした僕とアルマさんをなだめてくれていたのだ。


 今生の別れとも思えるほど悲嘆に暮れる様子を見ていて、それが昨日の今日である。


 別れに大泣きした翌日に再会とは、僕も気まずいし周りも同じだろう。


 しかしながら、セラくんの忘れ物をほうっておくわけにもいかない……どうしたものか。


「まぁ、ほら……昨日は突然の別れでござったし、そのー、改めてこれまでの感謝とか? そういうのを伝えるのも悪くないはずでござるよ」


 ツバキがキョロキョロと回遊魚よりもせわしなく目線を泳がせながら、愛想笑いとも苦笑いともつかない作り笑いをしてみせる。明日には筋肉痛にでもなっていそうなほどの表情筋のひきつり具合だ。


「……待っていれば、向こうから取りにくるかもしれんぞ」


「ンッ……!!」


 恥ずかしさが振り切れたのか、アルマさんが顔を真っ赤にして俯く。さらさらした黒髪から覗く耳もうなじも、まるで融けた鉄のように真っ赤だ。僕も顔が熱くなるのを感じた。


「ツバキが言うことももっともだと思うし、み、みんなで渡しに行こうか」


 床を転げまわりたいほどの恥ずかしさを抑え、顔をヒクヒクと痙攣させながらもなんとか平静を装う。


 いつ来るかわからないままカチコチに緊張して待つよりは、自分から会いに行ったほうがいくらかマシだ。




*



 とはいえ、セラくんが今どこに居るかを僕らは知らなかった。おそらくはどこかの貴族の屋敷か、それとも王城の一室あたりを間借りしていると思われる。


 彼の行き先を知るために昨日も訪れた王城へと、今度は5人の雁首そろえてやってきたわけだけれども。


「お教えすることはできません」


 灰銀の鎧を着込んだいかつい番兵はにべもなく拒み、目を合わせることすらしてくれない。


 ちらりとヘルさんに視線を向けて助けを求めるも、その動きを察知したのか、番兵はしかめっ面で先手を取って言う。


「ヘルヴェリカ様、あなたは昨日付けで全ての権限を剥奪されたと聞いております。いかにあなたと言えども特別扱いはできません、お引取りを」


 取りつく島もなく、兵士に追い返されて城を後にした。



*



「どうしよう、何か手はないかな」


 城門を遠巻きに、こそこそと建物の裏に隠れて番兵の様子を伺う。彼は微動だにせず、どこかへ移動する様子もない。


「城を出入りする人間に知ってそうな者がいれば、声をかけてみるのはどうだ?」


 じわじわと日差しの暑い日であるにもかかわらず、黒いローブを着込んで頭をすっぽりフードで覆ったイーリスが言う。こいつこの怪しさ満点の格好でそれを言うのか。


「誰が知ってるかもわからないし、それに僕らが話しかけても怪しいだけだよ」


 唯一ヘルさんならいくらか顔が利きそうだけど、さっきの兵士の態度を見る限り望みは薄い。


「それらしいものをさらって吐かせるというのはどうでござろう?」


「却下だ却下、大騒ぎになるだろ」


 ツバキが物騒なことを言い出したので人差し指でトントンとバッテンを作ってみせる。むう、と彼女は不満げに口をとがらせた。


「というか、ヘルさんはその……昨日に今まで地位を追われたのですか?」


 アルマさんが顎に指を添え、首をかしげる。確かに王都に入るときには顔パスだった人が、王城では門番にすら冷たくあしらわれるのはいくらか唐突に思えるだろう。


 ヘルさんの地位が奪われたのは僕の失敗によるものだけど、そのときのやり取りはあまり話したくない。


「ふふ、偉い人たちの前でテオさんといちゃいちゃしすぎちゃって……♪」


「……」


 両頬を手ではさみ、やんやんと首をふるヘルさん。そして凍った鉄のように真っ黒なジト目で僕を見るアルマさん。


 あまり話したくないと思っていたのは僕だけだったようで、一切の容赦なく誤解を招く言い方で昨日の様子を伝えられてしまった。


「……そこまでひどいことはしてない、よ」


 かろうじて言い訳にもならない言い訳をひねり出してみるけど、激流の中を漂うワラよりも頼りない。僕を見る彼女の目は……いや、ツバキやイーリスまでもがすごい顔で僕を見ている。


「露出したのですか、お○んちんを」


「すとーーーーっぷ!!」


 恐ろしいほど冷たい表情でとんでもない単語を口にするアルマさんを、ばたばたと慌てながら大声で止める。女の子が軽々しく口に出していい言葉ではない。


「そ、そういうことはしてないよ! えっと……」


 そんなにひどいことはしていない、と言いかけて自己嫌悪に陥る。あの場面において僕は間違いなくセクハラ行為を行っていたのは確かで、それをヘルさんの前であたかもたいしたことではないかのように言うのは間違っていると思ったからだ。


「えぇ……ふふっ、露出は……ふっ、くく……してませんでしたね……ぷふっ」


 そんな反省もあったのに、当の被害者に目をやるとこらえるように頬をふくらませて肩を震わせ、時折どうしても抑えきれずに笑いを吹き出している。髪の毛一本ほども気にしているように見えない。


「お尻を突き出させて、それを撫で回したり揉みしだいたりなどは」


「んん~~~!? アルマさんもしかしてけっこう根に持ったりするタイプかな!?」


 ヘルさんに対してではないけど、身に覚えのある内容に一瞬甲高い悲鳴をあげてしまう。っていうかなんでこの人は起こった出来事を詳細に探ろうとするんだ。


「うふふ、ちょっと近いかも……でもこれ以上は内緒ね」


 散々面白がっているのがはっきりと分かるように笑いをこぼしながら、追求をいなすヘルさん。どうしてそこまで内容を知りたがったのかわからないが、はぐらかされたアルマさんは不満げにふくれた。


「……風紀の面から見てもセラフィノには戻ってきてもらう必要があるな。あまりやりたくないが、俺がひとつ試してみよう」


 暑苦しいフードを脱ぎ、桃色の艶めいた髪が風を受けてさらさらと流れる。ぱっちりとした目は虹彩が光の加減でハートマークを作り、小さなみずみずしい唇は妙に視線を捕らえて離さない。


「なっ、お主……やるつもりでござるか」


 イーリスから何を感じ取ったのか、ツバキがゴクリと戦慄する。その頬には一筋の冷や汗が流れた。


「ああ、俺の本気を見せてやる……が、できるならば……『あの姿』の俺を見ても変わらず接してくれると嬉しいんだがな」


 可憐な少女の声でそういって寂しげに笑うと、イーリスはまっすぐに城門に立つ番兵へと歩み寄った。



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