第74話 また会いに行こう、友達に
「ここまで連れてきてくれて本当にありがとう。これで護衛の依頼はお終いだよ、テオ」
寂しげな音色を隠せずにいながら、それでもあくまでも穏やかな声に、僕は何も言えずに目を閉じる。
そうだったね、君との旅が楽しくて忘れてたよ。元々は安全なところまでの護衛をお願いされてただけだって。
でも、それでも僕は――
「おまたせー。あれ、何してるんだい?」
飄々とした様子でサイレンさんがドアを開けて入ってきた。とぼけたような声が今までの空気をぶち壊してくる。少年の胸に顔をうずめて抱きしめられる僕を見て、さぞかし戸惑ったことだろう。
「……今はそっとしておいてください」
「そういうわけにも……ほら、許可証作ってきたから受け取って」
「……」
顔はセラくんに抱きしめられたまま無言でサイレンさんの声がするほうへ手を伸ばすが、ぱたぱたと空を切る。見かねたセラくんが代わりに受け取って手渡してくれた。
「君ら一体どういう関係なの」
「仲間です」
僕の即答に、セラくんが苦笑いで続く。
「あはは、仲間ですよ」
あっ、やばい、目がうるんでくるのを感じる。いやいや、さすがにこんなところで泣くわけにもいくまい。なんとかこらえなきゃ。
「それで……ズビッ、これが許可証ですか」
ぐぐぐ、と名残惜しくもセラくんから顔を離し、許可証を見る。羊皮紙のような質感の、ややくしゃくしゃとしたカードで、何かの文章と判子が押されている。
「なになに……『テオ・カルメヤの武器携行に協力すること。王室侍従長三席 サイレン』だって。三席ってことは王子付きの侍従長ってことになるのかな」
僕が実はいまだにこの世界の読めないことを知ってか知らずか、一緒に覗き込んだセラくんがわざわざ声に出して読み上げてくれる。なんかすごい偉そうな肩書きだ。
「正確には第二王子以下だね。まあ君たちには関係ない話だから忘れてもいい。問題なのはこれが許可証というよりは命令書だということだ」
「つまり、命令を聞く義務を持たない者には無効ということですか?」
「そう、私より位が上である王族と侍従長の主席、次席がそれにあたるね。ま、ようは王城内で使えない場所があるって程度の話さ」
「えっと、他の貴族とか軍部とかは……」
「ないよ、私はこれでもこの国で8番目くらいに偉いからね」
「はちっ……!?」
実際にどれくらいかはわからないけど、さすがにこの数字の小ささはサイレンさんがかなりの上位者であるだろうと考えられる。ちらりとセラくんを見ると、ふるふると首を横に振った。
「ヴァロール家は王国において重要な役割を果たしてきた貴族だけど、それでも上から数えられる位置にはいないよ。上位に名家がいくつかあって、他はすべて『その他』扱いってところ」
「す、すごいんですね……サイレンさん」
その上位の名家相手にすら要求できる立場にあるとは、道理で会議での他の人たちからの扱いが違ったわけだ。
「まあね、尊敬してくれていいよ」
こともなげにそう言って、サイレンさんは話を続ける。
「とりあえずしばらくは王都にいてくれるかな。数日中に必要な情報が手に入るかもしれない」
「情報?」
サイレンさんはくるりと背を向け、ドアを開けた。顔だけニヤリとこちらへ向けて言う。
「いい餌が手に入ったから、大物が釣れそうなのさ」
そのまま部屋を出て行き、ドアは静かにぱたりと閉じた。
*
「あ、おかえりなさい。ご飯にしますか……って、セラくんは一緒ではないのですか?」
宿屋に戻るとアルマさんが出迎えてくれたが、一緒に出かけたはずのセラくんの姿が見えないことにやや不思議そうな顔をして見せる。
いや、もしかしたら暗い顔をしているの見咎めたのだろうか。彼女は今やとても目がいいのだから。
「お別れだって。王都までくれば大丈夫だろうって……」
安全な場所へ到着するまで追跡する暗殺者からの護衛、それが僕らがセラくんから請け負った依頼だ。目的は、王都にたどり着いた時点で完遂されていると言えるだろう。
「……そう、ですか。元々、そういう話でしたよね。では今日のご飯は5人で……」
アルマさんはいつもの無表情のようにも見えたけど、その三白眼が潤み、目尻からぽろりとしずくをこぼして見せた。
ぽろぽろとこぼれる透明な水滴は、やがてとめどなくあふれ、ぱたぱたと床にしみていく。
「楽しい、旅でしたよね」
頬に涙の川を流しながらも、微笑みながらまっすぐに僕を見つめてくる。僕も知らず知らずのうちに両頬を濡らしていた。
「うん、俺も……そう、思う」
涙が止まらず動けないでいる僕の肩に、ヘルさんがそっと優しく手を添えた。逆の手で僕の手をつないで、部屋の中へと促す。ツバキも俯いて肩を震わせるアルマさんの背をやさしく叩き、椅子に座るように促した。
それから……。
イーリスが食事を部屋に運んできてくれて、僕とアルマさんは泣きながらそれを食べた。おいしい料理だったけど、セラくんと食べた焼いただけのイノシシ肉とか、港町の屋台で売ってた揚げ物とか、そういうのを思い出してまた泣いた。
思い返せば短い付き合いだったのに思い出話は尽きなくて、とりとめのないまま話し続けた。ヘルさんが優しくうなずいてくれたり、イーリスは替えのハンカチを手渡してくれたり、ツバキはじっと黙って聞いてくれたりして、3人とも親身になってくれていた。
やがて語り終えて暗い部屋の中、ベッドに横たわり天井を見つめる。窓から差し込む星明かりが、部屋を青く青く照らしていた。
「思い返せば、最初はあまり好きではありませんでした」
僕が起きていることを察したのか、隣で同じように仰向けになったアルマさんがぽつりとこぼす。
「そういえば時々ケンカっていうか何ていうか……言い争いみたいなのしてたね」
「どこかの誰かさんが妙に甘い顔をしていましたからね」
「し、してたかな……」
くっと天井に手を伸ばす。青い光の中で、白く頼りない手がひらひらとゆれた。握ってみても、その手の中には何もない。
「贔屓されてるんじゃないかって、内心拗ねてましたよ」
つんつん、指でキツネを作ったアルマさんが僕の握りこぶしをつついてくる。キツネは口をあけて僕の手を咥えた。
「そんなつもりなかったのになぁ、二人とも同じくらい大事な仲間だよ」
手をぱっと開いて、キツネの口から抜け出そうといたばたもがく。しかし、手のひらのくぼみを押さえたキツネは簡単に離してはくれない。
「……私は、さっさと依頼を終わらせたいなと思っていました」
「最初のころ?」
真横でこくりと頷く気配。
「けれど、今はそんなこと思ってなくて……それなのに、もう終わってしまって」
アルマさんの声が震えた。手のキツネは拘束をゆるめて、もういつでもするりと抜け出せる。
「もっと早くに仲良くしてたら、セラくんも私たちと離れがたいと……そう思ってくれたでしょうか」
力なく震える手を、思わず握り締めていた。天井に向かって、支えあうように立つ二本の腕。
「わからない。だけどセラくんも、僕らのことをちゃんと仲間だと、友達だと思ってくれてるよ」
「……」
指先がもぞもぞと動き、絡み合う。そのまま視線を引っ張るように手が僕らの顔と顔の間に落ちる。
その様子を目で追っていた僕は、繋いだ手の向こうに、こちらを見つめる三白眼の微笑みを見た。
「だったら、嬉しいですね。私、村では友達いませんでしたから」
確かにカルメヤ村では周りにおっさんばっかりだったね、人気者ではあったけど。
「時々会いに行こうよ。遊んだり、話したり、ご飯食べたりしにさ」
「……はい、そうです……ね」
三白眼のまぶたが下り、安らかな寝息が聞こえ始める。
それを見た僕も同じように目を閉じると、驚くほど簡単に深い眠りへと滑り落ちていった。




