第8話 村人たち
途中でアルマさんに追いついて村に戻ると、彼女の家の前に何人かの村人が待っていた。僕らの格好……アルマさんは土埃にまみれて、僕は服のところどころが焦げている……を見て、信じられないという表情だ。
「お前さんがた……えぇ……まさかとは思うがね」
「ただいまです、村長。今朝、例のゴーレムをテオさんが倒しました」
村人たちがざわめく、村長も目を丸くした。
「こりゃ驚いたな、ちょうどお前さんにアレをどうにかしてもらいにきたとこだったんだ。まさか頼む前に終わっちまってるとは」
だからアルマさんの家に集まってたんだな。でも留守にしてたから戻るのを待っていたと。
「村長、村の東側にゴーレムの残骸をそのままにしています。素材はそのまますべてテオさんに。それから……もう村に入れます、みんなを」
村長はがっしりとアルマさんの頭を掴むと、力強くごしごし擦った。
「わかってらぁ、今日のうちに一人残らず弔ってやるよ。がんばったな」
アルマさんの髪をぐしゃぐしゃにした後、村長は僕に向き直った。
「お前さんは俺らの村を救ってくれた。村を代表して礼を言わせてくれ、ありがとう」
村長が頭を下げると、村人たちもそれに倣う。
「い、いえ……十分な報酬がありましたし、アルマさんも手伝ってくれたんですよ」
「えぇ、なんとなく察しがつく。足手まといにはなりませんでしたか」
「トドメを刺したのはアルマさんです」
「へっ、どうせ譲ったんだろうがい。村の衆に怪我の治療をさせますんで、アルマの家で休んでいてください。 お前ら!」
その場にいる6人の村人が村長を見る。
「デンはひとっ走りして薬師と薬を取って来い、ローダは人集めて宴会の用意だ。俺らは見かけた奴何人か見繕って回収に行く」
彼らが解散して一人が薬師をつれてくる間に、村は慌しくなっていった。
薬師に手当てされている間に、何人かの村人が野菜を持ってきたり、果物を持ってきたりした。
アルマさんはなかなか大事だったらしく、体力回復用の乳白色のポーションを飲まされた後に睡眠薬で強制的に眠らされていたので、僕が野菜や果物やらを受けとった。
僕のケガといえば、手のひらがちょっと赤くひりついたくらいだった。それなのに薬師のお姉さんが念入りに薬を塗ってくれて、さらには包帯まで巻いてくれるという徹底振り。なんだか大げさでちょっと恥ずかしい。
包帯って引っ張られるような締め付けられるような、なんとも言えない違和感があるんだなぁ。つーんとする薬の匂いが包帯越しにも漂ってくるし。
いくらかの時間、眠っているアルマさんの様子を見ていた薬師のお姉さんは「目が覚めるころには全快ね」と言い残して帰っていった。
見舞いの村人たちも打ち止めで、ただ外だけが行きかう人々でにぎやかだ。僕とアルマさんは隔離されたような静寂の中で二人だった。
アルマさんの寝息は安らかで、本当にもうダメージは残っていないんだと思う。魔力の余波なんてよくわからないものに、この世界はよく対処できてるなぁ。
「さて、と!」
いい加減ボロボロに焦げた服を着替えないと、脆くなってるところにまた何かの事故で脱げてしまったらいよいよもって露出狂という疑いに反論できなくなってしまう。
鉱石でパンパンに膨らんだ鞄から一度中身を全部出してしまって、持っているはずの服やらを装備しなおそう。きっと奥深くにあるはずだ……。
なかった。いや、予備や付け替え用のものはいくつかあったけど、僕がいつもつけている・・・この世界に初めて来た時の装備は影も形も見当たらない。
仕方がないので予備のエンチャントゴースト・布服を着る。布服とは新規キャラの初期装備で、これにランダムエンチャントという、装備に効果を付与する魔法を施してみたところ、移動速度増加と物理攻撃99%カットの効果を持つ最高レベルのレアエンチャントがついてしまったという、とても悲しい装備である。着てるとめちゃくちゃ初心者っぽくて恥ずかしいから、物理攻撃しかない地域を移動するときにだけ着替えるというような使いかたをする。
あとは……火竜石の腕輪、幸運の指輪、石化鉄鋼のガントレット、エンチャント土掘り・モグラナックル、転移の指輪、エンチャントパワーアップ・滑り止め手袋……なんか手に装備するのばっかりだな!?
それぞれに有用な効果はあるけど、とりあえず今はおいておこう……。
最初に装備していた採掘用のものが軒並み無くなってしまったのは痛い、まあ戦闘用や移動用の装備が無事ならとりあえずは生きていけそう……。またいつか鉱石掘りとして復活してやる……!
とにかく、今は我慢して予備に着替えよう。僕は服を脱いだ。あ、しまった下着のことを忘れてた。しょうがないからしばらくノーパンで過ごすか。
「おはようございます、その格好で外に出ていかないでくださいね」
「くぅ~~~~このタイミングで起きるんだもんなぁ~~!よりにもよって着替えようと全裸になったタイミングでなぁ~~~~!」
アルマさんの目線から逃れるように体をくねらせて、あわてて服を着る。アルマさんに借りた服はところどころ破けたり焦げたりしていて畳みにくかったけど、なんとか綺麗に見えるように畳んだ。
「遠慮せずとも、私はあなたに恩があるのですから見せ付けて欲求を満たしてもかまいませんよ」
本当はゴーレムを倒した報酬としての石化金属なんていらないんだろう?とジト目が言っているような気がする。
「誤解だって……というか恩がどうとかでそんな絶望的な決意しないで」
この人、石化銅を渡す代わりに体を要求したりしてたらどうしてたんだろう。すごく心配になる。いや、むしろそうなる前に僕がゴーレムを倒す手伝いが出来て良かったのかな。
「ところで体の調子はどう? 薬師のお姉さんは起きたら全快してるはずだって言ってたけど」
「……あ、とてもすっきりしてます。えっと、いつもより調子がいいくらいですね」
アルマさんは何かに戸惑ったように見えたけど、すぐに起き上がって体をほぐした。
腕や足を伸ばしたり、上体を反らして伸びをしたり。反らした胸に乗った二つのふくらみが、彼女の動きに合わせてぽよんぽよんと動く。
「ああっと、散らかしてゴメン。すぐに片付けるね」
咄嗟に目を反らして予備の下げ袋に装備やら回復薬やらを詰め込み、鉱石を鞄に戻す。ストレッチすることで強調される女性的な曲線に見とれたわけじゃないんだ。
*
「おーい、飯が出来たから外でてこい」
村人のローダさんが家の入り口から声をかけてくる。宴会って言ってたから、どこか集会所みたいなところが近くにあるのかな。すごくいい匂いがただよってくる。
「行こう、アルマさん」
僕が言うと、アルマさんは頷く。靴を履いてとんとん、つま先をノックして僕と一緒に家を出た。
「はい、行きましょうか」
家を出た瞬間、大歓声と拍手が湧き起こった。家の前に村人たち(おそらくほぼ全員)が集まっており、次々に駆け寄ってきて祝いの言葉や感謝、労いの言葉を口にした。僕にも、アルマさんにも。
100人は超えていそうな人数にもみくちゃにされていると、村長の大声が響いた。
「お前らぁ! いったん散れぇい!」
その一声で村人たちは大笑いしながらも僕らから離れた。散開して各々皿に食べ物を盛ったり、井桁に組んだ焚き火を囲ったり、地べたに座り込んだり、丸太に腰掛けたりしている。
……アルマさんの家の前がなんか広い。
旧カルメヤ村にあったアルマさんの家は広場に面していたけど、こっちの村では向かいに誰かの家やら畑やらがあったはずだ。
それがなぜか円形の広場になって、中心には大きく木材を組んだ焚き火。地面はまるで掘り返した直後のように固まりきっていない。焚き火を背にして目の前に仁王立ちしている村長に聞いてみた。
「あの、村長。ここってさっきまで家、ありませんでしたっけ」
「おぉ、宴会の邪魔だったからつぶした」
何やってるのこの人たち。
あ! もしかして中央の焚き火にくべてある薪ってまさか……。
「まあそんなことはどうでもいい、お前を村の連中に紹介したら飯だ。好きなだけ食え」
村長は僕を隣に引っ張り、広場に声を張り上げた。
「聞けぇい、お前ら! こいつがテオだ、俺たちの悲願を叶えた男だ! 俺たちの肉親を弔うこと、かつての思い出の家に帰ることを叶えた!」
村人たちは真剣に聞き入っている。顔を伏せて震えている人、しかめっ面をしながらも目じりに涙を浮かべる人、目を閉じて頷く人。誰もが村長に耳を傾けていた。
「俺たちの止まらなかった涙を拭ったのがこの男だ! 俺たちは今日、やっと死者を弔い、そして家に帰ることができる!」
それから、と一息つくように呟いて、何度か深い呼吸をしたあとにまた口を開いた。
「1年、決して諦めることなく、立ち向かい続けた者がいる。そいつは村の掟を破ってはゴーレムの元へ行き、挑み、逃げ帰った。通じないとわかってなお、矢を変え弓を変えて戦い続けた」
僕はピンときて、こっそりと村長から離れた。目立たないようにゆっくり移動して後ろに回りこむ。
「俺は、ここに二人の英雄がいる気がしてならねぇ。俺たちは二人に感謝してこの宴をささげるべきだと思う。テオに並ぶもう一人の英雄、アルマ!」
僕は村長が名前を呼ぶと同時に、アルマさんを両手で持ち上げた。筋力パラメータが振り切れている僕にとって、人間一人の重さなんて風船と同じだ。短い悲鳴が聞こえたけど気にしない。
高い高いをするように持ち上げて村人たちに見せびらかし、すとんと村長の隣に下ろす。
歓声が上がりかけたけど、村長は慌てて止めた。
「待て待てぇ! まだお決まりの一言を言ってねぇぞ! ……全員準備はいいな? いくぞ」
「二人に乾杯っ!!!」
132杯のさまざまなコップが、歓声と共に夜空に掲げられた。
どんちゃん騒ぎというにふさわしい大宴会だった。次から次へと酒やらジュースやらを注ぎにくるし、何をどれだけ食べても皿には何かしらが盛られていった。
アルマさんは英雄扱いに最初こそ恥ずかしそうにしていたけど、しばらくしたらすっかり受け流せるようになっていて、済ました顔だ。
やがて山盛りになっていた料理たちがなくなりかけると、焚き火は弔いの火になった。
みんな回収された遺骨を火に入れては、舞い上がる火の粉をじっと見つめて祈る。小さな火花たちは、夜空を埋め尽くす星々に混ざって消えていく。これが彼らなりの葬式なんだろうな。
「みんな空に帰れました、あなたのお陰です」
ゆらめく火を眺めていると、アルマさんが隣に座った。正直助かる。なんてったって村人はみんな故人との思い出を語り合っていて、僕だけが一人ぼっちだったから。
「ありがと、みんなにこんなに喜んでもらえるなんてうれしいよ」
心からそう思う。僕のしたことでこんなにたくさんの人が喜んでくれているんだと考えたら、なんだか胸の奥が熱くなるんだ。
この世界に来る前、病室にいる僕はどんなにもがいてもこんなことは出来なかった。誰かと関わって、その人の力になれることがこんなに嬉しいことだなんて。
「あなたさえよければ、ここに留まりませんか。村の誰もが歓迎するはずです」
魅力的な提案に思えた。実際、ここなら穏やかに楽しく暮らせそう。
「でも、とりあえずはヘリオアンかワノキラのどっちかに行かないと。……それからじゃダメかな」
「いいえ。ふふ、それならしばらくお別れですね」
「うん、そうだね」
「出発はいつにするつもりですか?」
「明日には出かけるつもり」
「そうですか、朝から出ればウユラの町に間に合いますよ」
「ありがとう。じゃあ夜が明けたら出発するよ」
居座るほど出ていきにくくなりそうな気がして、思わずだいぶ急な予定を立ててしまった。
「分かりました、では明日の朝食を用意しますのでもう寝ますね。おやすみなさい」
「おやすみ」
アルマさんが家の中に入っていくのを見送る。気がつけば人もまばらだ。この広場のために家をつぶした人はどこで……あの端っこで毛布に包まってる人がそうなのかな。
「よぉ、今日は疲れたか」
今度は村長が隣に座った。手に持った樽ジョッキには酒らしき液体がなみなみ注がれている。
「ええ、まぁ。こんな豪勢な宴会を開いていただき、ありがとうございます」
「いいってことよ。これでもまだ足りないくらいだ」
ずび、と村長は酒をすすった。
「アルマのことだがよ」
「彼女がどうかしたんですか」
「あぁ、あいつはな、実のところ父親と血のつながりは無い」
「えっ、そんな大事な話俺に話していいんですか」
「かまわねぇよ、言いふらす輩じゃないだろ。アルマは森で倒れてたところをあの男に拾われたんだ。それでそのまま義父になった」
こんどはぐいっと一気に酒をあおった。
「ふぅ……アルマはなぁんも覚えちゃいなかった。自分が何者なのか、なぜ倒れていたのか。常識だっていくつか抜けてた。でも俺たちは村に受け入れた。あいつはあの子に対して本物の父親のようにあろうとしたし、あの子はあいつを尊敬し、懐いていた」
空になったジョッキを傍らに置き、夜空を見上げた。僕も釣られて視線を上げると、一面に光る苔でも生えたように光で満ちていた。星の帯が東の空から中天を通り、南へと抜けていく。西の空にひときわ輝く双子の星を見つけて、この世界にはどんな星座があるんだろうと思いをはせた。
「何のことはない。あいつは父親として娘を愛し、あの子は娘として父親を尊敬した。あの二人は家族だった。血のつながりはなくともそう言えた。だから」
星空を見上げたまま、村長は言葉に詰まった。しばらく次の言葉を待つと、絞るように言った。
「だからありがとう、あの家族を救ってくれて。俺ぁ、あの子がいつかゴーレムに挑んで命を落すんじゃねぇかと思ってよ。心配でたまらなかったのよ。親子そろって理不尽に殺されるなんてなぁ……あんまりだろ?」
「そう、ですね。僕もそう思います」
僕の相槌を聞いた瞬間、村長はがばっと立ち上がって僕を見下ろした。
「へへっ、そうだろ? まあそんだけの話よ、お前さんももう寝ちまいな」
ニカっと笑った目じりに何か言うのはさすがに野暮だと思って、僕はただ頷いて寝床へと向かった。