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第71話 暗所会議

 暗転した部屋がわずかな光を取り戻す。円卓には7人が座り、その表情は分からない。発光水晶の配置から、僕とヘルさんはお互いに顔が見えるくらいには明るいところにいた。一方的に僕の様子を観察するために逆光を利用している。


「テオくん、これからの会議で君に発言権は基本的に無いものと思ってくれ。私が君に発言を促した時にだけ話すこと。理解したならはいとだけ言ってくれるかな」


「……はい」


 これはこの会議における僕の自由を奪ったわけではない。おそらくは失言によってつけ入る隙が生まれてしまうのを防ぐためだ。


 対応策としては……なるべく短く、単語での返答を心がけることだろうか。矛盾を防ぐために虚偽の発言もしないほうがいいだろう。


 およそひと月前になる、ハインツさんに石化鉄鋼ゴーレムの破片を売ったときのことを思い出した。あの時はかなり安く買い叩かれそうだった。価格交渉とはちょっと違うかもしれないけど、僕はこういう会話での戦いは苦手かもしれない。


 でも、やりようはある。サイレンさんが自身を最高権力かつ味方と言った意味を考えるんだ。


 会議の結果……つまり僕の今後の処遇についてはすでに出来レースで決定済みだ。サイレンさんが嘘をついていない限りこれは覆らない。


 先ほど彼は反対派……僕を危険と判断する一派が7人のうち4人いると言った。つまり、通常の多数決なら反対派が優勢だ。しかしサイレンさんが放免は確定だと言っているのなら、議決権について票の価値は一定ではない。


 感触から、反対派もどういう決定になるかは分かっているのだろう。そうなると考えられるのは、少しでも僕の印象を悪くすること……? なるほど、だから怒らせるために僕に暴言を吐いてくることが予想できるということか。


 これは、僕がつけいる隙と怒りを見せないようにする戦いなんだな。虚偽やごまかしをせず、僕がどれだけ怒りに耐えられるかが勝負の分かれ目。ならば心を落ち着けて、忘れるな、他人から煽られるなんてゲームやってりゃ当たり前だったじゃないか。


 さあ、かかってこい! 僕は一筋縄じゃいかないぞ!


「まず、彼は我々から何かしない限り安全だと思われます」


「うむ」


「確かに」


「そうだな」


 誰かの発言が、次々と同意を引き出す。あ、あれ……?


「かつ、浸食王と敵対したことから人間文明に対する執着が見られます。現状では人類滅亡につながる可能性は低いでしょう」


「ヘルヴェリカの報告では女性に対する興奮の兆候も見られると」


「主に胸、尻、下着姿、自身が局部を女性に対して露出すること……ふむ」


「美少年も連れておりましたな」


「そういえば、あれはヴァロール家の末っ子か。よく拾えたものだ」


「しかし現在の宿では風呂を分けている」


「それこそ意識しているからだろう」


 煽りなんかよりよっぽどキツいのがきてる……彼らが敵対的でないのは良いことだけど、性癖について真面目に議論されるのはものすごく恥ずかしい。発言さえ許可されていればすぐにでも話をそらしたい。


 っていうかヘルさん! なんてことを報告してるんだ……あなたは僕の味方じゃないのか!?


 そんなことを考えながらちらりと隣に座る彼女を見る。暗い中で茶目っ気たっぷりにちろりと舌を見せてきた。


 ……絶対に後で文句いってやる。


「ふむ、今日はちょうど本人がこの場にいることだし、聞いてみるのはどうだろう」


「なるほどいいアイデアですな」


「議長、彼にどのような女性が好きか……いえ、どのような女性に興奮するかという質問を」


「そうだね。テオくん、返答してくれるかい?」


 ウオォオオォオオオォーーーーッッ! 煽りよりも数倍キツいのが飛んできたァーーッ!


「え、ええっと、それは俺の危険かどうかというのとどういう関係が……」


「テオくん、返答以外の発言は許可していない」


 なんでこのタイミングで重圧かけてくるんだよ! なんだこれ! どうあっても答えなきゃ駄目なのか!?


「……胸を、触らせてくれる人」


 あぁあぁぁ! くっそ、くっそ、今朝のアルマさんとの一件の印象が強すぎて馬鹿みたいな返答しちゃったじゃないかよ!


 しかも「おぉーー! なるほど……」とか頷かないでくれよ! 恥ずかしさが、顔の火照りが!!


 足をにじにじと動かして恥ずかしさに耐えていると、影のうち一人が言った。


「ふむ、ヘルヴェリカ……わかるな?」


「……はい」


 ヘルさんは短く返事をすると、僕に向き直り。


「んっ」


 その二つのたわわな乳を、両腕で抱きかかえるようにしながら僕へと差し出す姿勢をとった。


「!??!?!?」


 何をしてるの、という言葉をなんとか飲み込む。発言を許可されていない。代わりに目で必死で訴えかけるも、悩ましげな目で見つめ返され、そして小さく頷いてみせただけだった。


 ……ヘルさんも、彼らより立場が低いんだ。命令されれば、拒むことができない。だけど、なぜか彼女の口元には笑みが浮かんだ。暗くて見えづらかったし、すぐにきゅっと唇が引き結ばれたけど、でも確かに見た。


 さ、触るべきなのか……!? っていうか発言と同じようになにか動くのも許可必要だったりするのかな!?


「ああ、ヘルちゃんに触るために動くことは許可しよう」


 気がついたようにサイレンさんが言う。この人本当に味方!? 普通こういうときは止めてくれるんじゃないの!?


 しかし、ここでヘルさんに手を出すということは「色仕掛けが通用する人物である」と思わせることだ。ならば僕に対する警戒も多少敷居が下がってくれる……しかしだからと言ってこんなセクハラをするのは。


 ヘルさんは今しがた僕と目を合わせ、頷いてみせた。つまり彼女からのメッセージは「やれ」ということだ。


 震える手を伸ばし、彼女の持ち上げられた大きなふくらみに触れた。ぴく、とヘルさんの体が震えたのに釣られてびくっと手が跳ねる。


 おぉ……とざわめきが広がる。くそエロじじいどもめ、どんな奴らか知らないがこんなことさせるなんてどうせおっさんかじじいだろ。うぅ、恥ずかしい。


「うん? たったそれだけ触るだけでいいのか?」


「ッ!」


「ぅくっ!」


 反射的にぎゅっとヘルさんの胸に思いっきり指を沈めてしまう。小さくあがった悲鳴にあわてて手をゆるめ、すりすりとなでるように動かす。ヘルさんの体がふるふると震えた。


 発言の縛りが思ったよりキツい。ヘルさんに謝ることすらできないなんて。


 触っている僕がこんなに恥ずかしいんだ、触られている彼女はもっと……屈辱すら感じているんじゃないだろうか。くそ、歯がゆいし少しイライラしてきたぞ。


「ふぅむ……間違いありませんな、戦力こそ高いようですがその性格から危険度は低いと見ていいでしょう」


「低い戦力でなにやら反抗的なヘルヴェリカとは真逆よな」


「全く、我々に生かされていると理解できずに調子に乗りおって」


「しかしヘルヴェリカはメスとしてなかなかのものだからな、しばらくは楽しませられよう」


 っていうか、さっきからヘルさんに対して失礼な言動が出てくるな。こうして胸を触っている実行犯の僕が言えたことではないけど……それでも、心の奥底が鮫肌でこすられるようだ。


 まるでこの状況、僕を恥ずかしがらせるんじゃなく、ヘルさんを辱めるためにそうしているみたいだ。


「乳も尻も張っておりますからな、触られて悦んでいるのが見てとれますし、このまま宛がってもよいのでは」


「それもそうだな……おい君、その女は君のものにしてもらって構わん。好きに扱えばよい、今やその程度しか価値の無い女だ」


 頭蓋骨の、脳みそが入っている部分が火の海になった。羞恥ではない、興奮でもない。ヘルさんを人間ではなく、モノとしてみるような、下にみるような発言に下品極まる侮辱を感じたからだ。


 脳が怒りの炎に焼かれて考える機能を失って立ち上がりかけた僕を、ヘルさんは先読みしていたかのように速やかに突き飛ばした。


 石造りの床に背中と後頭部を強く打ちつける。倒れこんだところにヘルさんが覆いかぶさり、耳元にささやき声を残した。


「耐えて」と。


 その言葉だけ残して、唇が耳から離れていく。


「いきなりなんだ!」


「一体何をする!!」


「ヘルヴェリカ、貴様……!」


 円卓から次々に動揺した怒声が上がる。怯えたような、弱い犬が虚勢を張るような吠え方と同じものだ。


「申し訳ございません。この男を求めるいやらしい身体がテオさんにもっと触って欲しくなり、思わず前に出てしまいました」


 僕の中で煮えたぎっていた怒りの熱を冷ましてくれた氷の花は、すっと立ち上がると、美しい一礼を見せた。その声にはいささかの恥も感じられない。


「この身体を捧げられるならばこの上ない喜びです。どうか私めの全ての任を解き、彼の所有物になるよう命じてくださいませ」


 静謐、玲瓏、絶佳、美麗……下品な辱めをものともしない、氷結した美しさが彼女にはあった。

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