第67話 結局あいつの風呂はどっちなんだ
「ところでツバキさんや」
上にのしかかって制圧したまま、限りなく優しい声で話しかける。
「な、なんでござるかなぁ」
何かよくないものを感じ取ったのか、もぞもぞと逃げ時を探るようにうねり始めたので、捕まえた腕に力をこめなおす。
「いぎっ!? ちょ、それはっ、待っ!!」
「王都に向かう馬車でアルマさんを責めてみたり、解呪を妨害してみたりしてたみたいだけどさぁ……もしかして、イーリスが王都にいるって考えついたから? 自分がイーリスの元に連れていくなり、彼女をこちらに呼んでくるなりして僕の呪いを解けば、アルマさんに恩が売れるから」
ビクッとツバキの体が硬直する、オフショルダーで露出した背中から、冷や汗が一筋流れるのが見えた。
「1年前にこの世界に来たって言ってたもんね、その間に王都に一回は訪れているんじゃないかな。当然元の世界とのつながりのある地点は確認するよね……大聖堂とか」
「……」
「過去一年間のどこかの時点で王都にある大聖堂を確認した君は、セラくんの証言からイーリスがこちらの世界にやってきたことを知る。旅をしているという状況から見て、ごく最近だということも」
抵抗はなく、ただおとなしく僕の話を聞いている。
「イーリスが囲われ姫気質だって思っていた君は、彼女がまた王都に戻って取り巻きを作ると予想した。僕らの旅程を考えればもうすでに到着していてもおかしくない。実際に居たわけだしね」
「……はい」
そこまで聞いて、ツバキは完全に脱力してごつんと床に頭をつけた。
イーリスがこちらの世界に来ているという情報、大聖堂が王都に残存しているということを知っていて、解呪で恩を売れると考えたツバキは、アルマさんの解呪具の累積効果という方法に動揺し、雑な方法で妨害を試みた。結果失敗、さらに提案しようとしていた内容とまったく同じことを僕が言い出してしまった。
「まったく、王都に行ったりヘリオアンで冒険者してたり……他にはどこに行ってたりしたんだ?」
「それって何か関係があたたたっ、待って待って」
「いいから」
「……まず王都、ヴォルカ連峰、ワノキラとかのシェアヒ草原周辺はあらかた回ったし、ラナ島とか、あとグルニス大洞窟も」
「人の多い都市、それに採掘ポイントで有名なところばっかりだ……僕のこと、探してくれてたんだね。ありがとう」
僕のお礼の言葉を聞いて、ツバキは長いこと沈黙した。
再会した時、死んだと思っていたと言っていた。でも、そうじゃなかった。自分がこの世界に来たということは、僕もこちらに来ているのではないかと考えて、ずっと探していた。どこに行っても見つけられなくて、それでも諦めずに。ファストトラベル手段のないこの世界で。
一年経っても見つからなくて、僕がこっちには来ていないんじゃないかとか、ただ病気が悪化して死んだだけなんじゃないかとか、そういう不安との戦いになっていたんだ。
だから、一ヶ月前に再会した時、あんなにぼろぼろと綺麗な涙を流してくれたんだ。
「うん……私も、テオにもう一度会いたかったから。ぜんぜん、見つからないこととかは辛かったけど、誰も知ってる人いなかったけど、ずっと一人ぼっちだったけど……辛くなかったよ」
たった一人でこの世界に投げ出され、それでももしかしたらといるかどうかも分からない友人を探し続けた少女の旅路を想った。胸のうちに、暖かい何かが満たされた。
「まあそれはそれとして、アルマさんには謝りなよ」
「あだだだだっ! はい、はいぃっ! 謝るからこれ以上キメないでぇ!!」
ぷしゅー……と煙を上げてぐったりするツバキを置いて、一度トイレにと部屋を出た。
*
ファンタジー世界といえば、中世という文明としてみれば未発達の時代が舞台となる。
この時代はさまざまな誤解が渦巻いている時代でもあり、中でも強烈なのは「ペスト病にかからないようにするために、お風呂に入らない」というのだろう。
未発達ゆえ医療もさほど進んではいないが、代わりに魔法が先進医療にも迫る力を見せていた。
そもそもこの世界にペストは存在せず、いくらかの伝染病もさほど流行しない。
風呂文化が身支度や疲労回復などの役割に寄っていたことを考えれば、各家庭とまではいかないものの王都の宿屋ともなれば浴室がついていることは珍しくなかった。
とは言え、大浴場を設置できるほどの敷地は無い。せいぜい男女別、それも宿泊客ごとに時間を分けての入浴となっていた。
おおよそ50分を持ち時間としていたが、セラ君と一緒にお風呂というのも気が引けるので、時間を半分こして別々に入浴していた。
セラくんが上がったので入れ替わりで入る。体を流して湯船に浸かると、熱が染み込んでくる感覚が心地いい。
はぁ、とため息をつく。余分な熱とか、疲労とか、悪い気持ちだとかが口から抜け出ていくようだ。
「おう、入ってるか」
「でぇぇえぇい!?」
何の前触れもなく浴室のドアが開き、手ぬぐい程度のタオルで胸を隠しただけのイーリスが入ってきた。
飛沫を上げながら体をひねって自分のアレを隠す。この動きを可能にするのは鍛えに鍛えあげた物理寄りステータスだ。もはやお湯など僕の動きを拘束することはできない。
「まったく、風呂の割り当てを教えてくれないとは……入り損ねるところだったろう」
いきなり乱入してきたイーリスはタオルを置いて桶を手に取り、浴槽からお湯を汲んで肩口からゆっくりと浴びる姿を見せた。でっぱりの少ない体ながら、曲線を描くようにして白く細い身体の上をお湯が滑り落ちていく。
「い、いや、あの、なんで男湯にっ!」
同じ時間、女性陣は二個あるうちのもひとつの浴室で入浴中のはずだ。
「馬鹿を言え! 体が女とは言えこの精神は男なんだぞ、女風呂に入るわけにはいかないだろう」
手を広げたイーリスの、小ぶりながらもふくらみのある胸が眼前に迫る。ピンク色の二つの点が僕に迫る速度を求めると、もしかしたら目をつぶるのは若干遅かったと分かるのではないだろうか。
ぎゅっと目を瞑ることで暗闇が訪れると思いきや、直前に見たぷっくりとピンク色に可愛らしく自身を主張するぽっちが瞼の裏にフラッシュバックする。
「精神が男でも身体は女じゃないか! 前隠せ前!!」
「あっ、そ、そういう目で見るな!」
もし自分が女になったら何をするか、の代表的答えである「女湯に堂々と入る」はイーリスにとってはむしろやりたくないことらしい。自分がツバキにされたセクハラには寛大だったけど、他の人にするのは正義感が許さないのだろうか。
わちゃわちゃと言い争いをしながらも、とりあえず僕が何も無い壁を見続けることで一応の解決を図った。というよりは、なんとなく出て行くタイミングを失ったというのもある。
背中越しにしゃわしゃわと髪を洗う音が聞こえてくる。ざぁ、とお湯で流して……石鹸を泡立て、くちゅくちゅと音を立てて体を洗って……。
「ねぇ、わざとやってない?」
「何がだ?」
心底不思議そうな声、何について言われているかわからないといったように。
そりゃあ石鹸の泡なんてすべりがよくてぬめりがあるわけだし、そういう音を出すこともあるだろうけど、それにしたって。
くちゅくちゅ、くちゅっ、くちゅくちゅくちゅ……。
それにしたって、これは、なぁ……。
「そこまで時間かけなくてもいいんじゃないかな、割り当て時間もそんなにないわけだしさ」
「俺は念入りに洗いたい派なんだ」
やめる気配の無い返答に、僕は自分の人差し指にある指紋の皺を数え始めた。暖かくて気持ちよかったはずのお湯は急に温度を上げたように感じられて、今自分はぐつぐつと煮られているのではないかという錯覚が襲う。
と、お湯を汲んで身体を流す音。や、やっと終わった……! 血行が良くなりすぎてまずいシチュエーションが過ぎ去ったことに安堵する。
それが一瞬の油断で、失敗だった。
「ちょっと空けてくれ。俺も湯船につかりたい」
「えっ、ああ、おっけ……い」
ああ、イーリスが入ってきた段階で無理やりにでも出ておけばよかったじゃないか……。
湯船にもう一人浸かるスペースを確保するために、うっかり振り向いてしまった。
イーリスの幼いながらもわずかに女性的な特徴を帯び始めたような身体は、片足を湯船のふちにかけていて、高くなった分見下ろすように曲がっていた。
胸に二つ、小ぶりでやわらかい果実が重力に従うようにぶら下がっている。先がピンク色に色づき始めた果実は、まだ食べごろではないという主張と、もう食べたいだろうという誘惑の両方を放って、頭をくらくらさせた。
暖かいお湯に上気した頬、湿った桃色の髪がそこに張り付き、潤んだ瞳はじっと僕を見つめている。
何より、片足だけ上げたせいで、足と足の間の、つるりと、し、ああ、み、みえ……。
「おい、どうした、おい……! ……、……!」
ゆっくりと暖かい温度に沈み込んでいく感覚の中、僕の意識は薄れていった。彼女の周りに、あんなにも取り巻きが多かった理由を実感しながら。




