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第65話 うつ伏せのまましゃべり続ける不死王

 地に伏したまま起き上がろうとしないイーリスを4人で囲み、見下ろす。


 ちら、と視線を上げると、みんな困惑した表情だ。


 アルマさんと目が合うと、眉根を少しよせて首を振った。どうしればわからないというように。


 視線をセラくんに移すも、同じように肩をすくめて見せた。


 ツバキは首をかしげて考えこんでいる。


「少年よ」


 まるでそれが当たり前とでも言うように、顔も上げずにイーリスがセラくんに呼びかける。セラくんはすこし驚いたようにぴくりと反応し、恐る恐る口を開いた。


「えっと、何……でしょう?」


 いつもの気安い話し方ではなく、危険人物に接するような丁寧口調だ。あのセラくんがこのよくわからない状況におびえている……!


「俺の刻み付けた『死の印』は役に立ったか? 同行できればよかったのだが、そうもいかなくてな。君のあの後だけが気がかりだった」


「最初は半信半疑だったけど、死なないことを利用して何度も危機を切り抜けられました……途中どうしようもない時があって、そのときにテオとアルマさんの二人と出会って、ここまで助けてもらいました」


「そうか、それはよかった。……君たちは旅をしているのか?」


 どうあっても床にうつ伏せたまま話したいらしい。いや、どうして伏せたままなのか思い切って聞くべきなんだろうけど、どういう風に言えばいいんだろう。


 暑い季節だからか、ローブの生地は意外と薄く、うっすらと彼女の華奢ながら丸みを帯びた体つきが浮かび上がっている。


「うん、まあ……ちょっと用事があって王都にね」


 カルメヤ村を旅立ったのがだいぶ昔に思える。そーこちゃんの箱を開けるための旅は港町ヘリオアンで達成されたけど、何の因果か王都に行くことになって……思えば遠くにきたものだ。


「よし、俺も君たちの旅に同行しよう。力になれるはずだ」


 強力な回復魔法や支援魔法を得意とする上、かの『不死王の永遠なる焼き鏝』を持つ彼女が仲間になってくれるのはありがたい、ありがたいけど……。


「それはいいとして、どうしてずっとうつ伏せになってるの……?」


 耐え切れずに疑問を口にすると、「とうとう言ったな!?」というようにセラくんとアルマさんが僕を見る。


「顔を見られたくなくてな。実は先ほど転んだときに面が割れてしまったのだ」


 手をフードの下に潜り込ませてもぞもぞすると、割れた仮面の欠片を取り出してひらひらと振った。


「顔も見せない相手を仲間にしろと?」


 アルマさんがなかなかキツい言葉選びをする。しかしやや攻撃的な質問とは裏腹に、夜中に不審人物を発見したかのようにおっかなびっくりだ。


 しばらく黙り込んだイーリス。まるで死体のように沈黙した後に、もぞもぞと体を丸めた。


「アルマ君の言うことはもっともだな。君たちが俺の顔を見ても仲間に入れてくれると良いんだが」


 足をつき、ゆっくりと立ち上がる。フードを剥がすと、桃色のふんわりとした長い髪が、割れた窓から差し込む光を受けてきらきらと輝いた。


 小さな顔にぱっと開いた目、同じくピンク色の瞳はくりくりと潤んで、光の加減か丸っこいV字が中にあるようにも見える。


 ぷるんとみずみずしい唇はやや不機嫌そうに横に引かれ、小さな鼻はつんと上を向いて、頬には朱が差して……言ってしまえば、ものすごい美少女だ。華奢な体つきとあわせて、守ってあげたくなるような雰囲気がある。


 僕と同じようにアルマさんもセラくんも、彼女がものすごい美少女だと思ったはずだ。そして僕ら3人がそう思ったのなら、美少女好きなツバキはどんなはしゃぎ方をするか……あれ?


 場合によっては力ずくで止めなくては、なんてことを思っていたのに、意外にもツバキは戸惑った目で彼女を見つめるだけだった。そういえばここにきてからツバキが妙におとなしかったような。


「恥をしのんで顔を晒したんだ、何か言ってくれると助かる」


 そう言われても、息を飲むほどの美少女というくらいしか感想が出てこない。道理でさっき近づいたときにいい匂いがしたわけだよ。


「お主……なんか昔とキャラ違わんでござるか?」


 ずっと静かだったツバキが、満を持して言葉を発した。ここで会った時からずっと持っていたであろう、イーリスに対する疑問を。


 最高峰の王武器を持ち、多くの手練を引き連れていた不死王は冷たい目で彼女をとらえた。


「君もこちらに来た人間か? すまないがかつての俺の振る舞いを蒸し返すのはやめてくれないか。俺が顔を見られたくないのもそこに理由がある」


 硬く冷え切った声でイーリスは言う。再び不穏な空気が流れはじめる。


「いやでも、昔のお主といえば……」


 おそらく余計なことを言いかけたであろうツバキの頬をひっつまみ、ぐにぃーと横に引っ張る。


「ひひゃい」


 ツバキが言わんとしていることは大体わかる。彼女はかつて大ギルドのマスターだった。毎日のように貢ぎ物を送られ、出かけるとあれば手下に囲われての大名行列。僕らが彼女を見たときに持つ感想といえば、ちやほやされてる姫、といったところか。


 彼女の外見を見てそれもむべなるかなと思う。庇護欲を刺激する華奢でかわいらしい少女。


 しかし、彼女と話をした限り、どうにも違和感がぬぐえない。手下をひきつれるような傲慢さは無く、貢がれるような媚びた言動もしていない。


 さらに言えば、可愛い外見にそぐわない口調も気になるところだ。


「イーリス、それでも僕は君がここに来たときの話が聞きたい。後で少し話してくれないか」


 不満げな悲鳴を上げるツバキの頬をびよびよと引っ張りながら、思わず真剣な声を出してしまう。


 そう、彼女は僕が知る3人目の転移者。彼女に関わる上で、呪いを解くより大事な用事があった。

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