第64話 不死王イーリスの要求
「テオ。君には代価を支払ってもらう」
一振りで呪いを消し飛ばしたイーリスが、よりにもよって後出しで条件をつけてきた。
これで金や物の要求ならまだいい、場合によってはアルマさんがさらに気に病むことになるじゃないか。それでなくとも本人は気にしすぎているのだから、これ以上彼女の心に負担はかけられない。
とはいえ、呪いを解いてもらったのも事実。僕らにできなかったことなのだから、相応の対価は支払うべきだ。
「今しがた俺が解いた呪いは、王クラスから受けたものだろう? あの強度の呪いをかけられる存在はこちらの世界ならなおのこと数少ない」
法外にふっかけられませんように、と祈りながらつるんと無表情な仮面の、細く開いた目を見つめる。奥には赤い煌きがかすかに見えて、僕の何かを値踏みしているような気がした。
「待ってください」
そんな視線を遮るように、アルマさんが僕の前に立った。小さな背中には、まだ自責がのしかかっているように見える。
「うん? なんだね君は」
「テオさんは私をかばって呪いを受けました。解呪の代価は私が支払います」
無茶な要求でなければ、むしろこの提案はいいことかもしれない。何せ、責任を感じている彼女が僕の代わりに対価を支払うのならば、それで貸し借り無しということになるから。
しかしそうなると、今度はお金を要求された場合が苦しくなる。彼女は僕の呪いを解く魔道具を買い集めるために、所持金のほとんどをつぎ込んでしまっている。
いや、お金ならいったんは僕が支払い、後からアルマさんに……気は進まないけど……返してもらうことで彼女の重荷を消してあげられるかもしれない。
頼むイーリス、なんとか平和な内容で要求してくれ……!
「少し気になる内容だな、話してもらえるか」
しかし焦らすように話はあらぬ方向へ飛び、ここからアルマさん視点で浸食王との戦いの顛末が語られた。
浸食王が港町を襲い、撃退のために戦ったこと。その戦いで彼女の矢が攻撃を呼び寄せ、僕がかばったこと。それで呪いを受けてしまったこと。
そして、彼女は僕に全てを捧げると誓ったこと。いくつかの要求はこなしたが、それでもまだ到底つりあわないだろうと思っていること。……これ話されるのなんか不味い気がする。
長い立ち話になってしまったが、イーリスはそれを黙って聞いていた。
「……ですから、お願いします。何か要求があるのでしたら、私が何でも聞きます」
そう言って腰を直角に曲げて頭を下げるアルマさん。同情引きなどでは決してない、真摯な態度だった。
「君の……名前を、教えてくれないか」
肩に手を置き、顔を上げるように促しながら名を問うた。優しげな目をしていると、仮面越しでもわかった。
「アルマと言います」
真っ直ぐなアルマさんの瞳に、彼女は何を思ったのだろうか。かすかに笑みをこぼしたようなため息をついて、そして頷く。
「アルマ君、きみは立派な戦士のようだ。本当ならばきみに免じて代価を不要としたいところだ、しかし」
豹変した。イーリスはアルマさんの肩をつかんでツバキのほうへと突き飛ばすと、手にした金属棒で僕に殴りかかってきた。
とっさに左腕でガードする。強い衝撃があたりの埃を巻き上げるが、支援系である彼女の素殴りなんてさほどダメージにならない。
……まあ、王武器込みだとやっぱり少しは痛いか。じんじんと受け止めた箇所が熱を持つ。
「な、何を……!」
ツバキにやわらかく受け止められたアルマさんが叫ぶ。当然だ、先ほどまで普通に会話していた相手が突如として襲い掛かってきたのだから。
「動くな!」
黒いローブがはためき、魔法が形を成す。
アルマさん、ツバキ、そしてセラくんを方形に取り囲む光の壁。
ランク7魔法、サンクチュアリ。その効果は強固な結界を張り、範囲内に対するあらゆる進入を防ぐ。デメリットとして外に出ることはできないが、逆にそれが檻としての役割を果たしたりする。ちょうど今のように。
「王武器の持ち主が、王相手に迂闊な一撃を受けたものだ!」
先ほどまでの落ち着きはどこへ行ったのか、二回三回と焼き鏝を振り回し、なぎ払い、激情にかられた声で僕を怒鳴りつけた。
ああ、あの時僕は動揺していて……余裕がなかった。
イーリスの言う通り、あれは今にして思えばまだ防ぎようのある攻撃だったかもしれない。
消費は莫大とはいえ、どんな攻撃も無効化する魔法だって持っていたのだから。
ガードしている左腕を跳ね上げ、袈裟を打ち据えるように振り下ろされた焼き鏝を右手で受け止める。肉が焦げる臭いがした。
イーリスの『不死王の永遠なる焼き鏝』は、意外にも熱による追加ダメージを持っているようだ。
「話を聞いた限りでは、彼女は町を救った英雄だな? 彼女の罪悪感につけこんでどれだけのことをした!?」
そうとも、あの場面で彼女は身の危険を顧みることなく、最後には自分自身を餌に浸食王をギリギリまで引き付けて射殺した。まさに英雄的行為だ。
サンクチュアリに閉じ込められた3人が、何かを叫びながら必死で結界を破ろうとしている。しかし支援特化の彼女が張った結界など、生半可な威力で破壊できるものではない。
「俺からの要求はただ一つだ、彼女を解放しろ!」
熱で歪んだ空気を纏った焼き鏝を、渾身の力で振りかぶるイーリス。触れていなくても焼かれるような熱さだ。事実、舞い上がった埃がパチパチとはぜるように燃え上がり、消えていく。
そして彼女は一歩強く踏み込み。
「うんいいよ。解放する」
「えっ、あ、ふぎゅっ」
予想外の一言に驚いたのか、気が抜けたのか。二歩目を躓き、体勢を崩して盛大に床へ顔を叩きつけた。
「……あの、大丈夫?」
ぴくりとも動かない。ただただ黒いローブが床に張り付いている。
「……」
なんともいえない空気の中、誰もが黙りこむ。必死に結界を破ろうとしていた3人も手を止め、光の壁の向こうからただこちらを見つめている。
「……本当か」
「え?」
「解放するというのは本当か」
床に広がる黒い布の塊が静かに言う。そんな姿勢でどうしてそこまでドスの聞いた声を出せるのかまったくわからないけど……。
「俺も君と同じこと思ってたから、ちょうどいいよ。ただアルマさんが納得してくれなかっただけでさ」
イーリスは沈黙したまま、ふわりと魔力の風を起こした。白い光が僕の体を包み、両腕の火傷と、酩酊王と戦ったときの怪我の残りも完全に消え去った。同時にアルマさんたちを隔離していた光の壁もふっと消えた。
「アルマ君、代価を支払うというなら君がテオから解放されることだ。……君が自責を捨てることだ。テオはそれに同意している。後は君次第だが、どうする?」
うつ伏せのイーリスは言う。絵面こそ間抜けだけど、真剣な声だった。絵面はほんとに、もうありえないほど締まらないけど……!
「本当にそれでいいんですか……? 私は、まだ何も返せていないのに」
「お互い恨みっこなしってことにするだけで解呪がタダになるんだから、それでもありがたいよ」
僕は握手を求めて手を差し出した。あなたの何を責めることもない、そういう思いで。
「……わかり、ました」
長く迷っていたようだったけど、アルマさんはゆっくり息を吐いて僕の手を握り返した。
こうして、僕とアルマさんの間にあったいびつな関係は一旦整理されることとなる。




