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第63話 廃墟の大聖堂にて

「会いに行くよ、呪いを解く可能性を持つ人物のところまで」


 手をとり、告げた言葉に三白眼が丸くなる。真っ直ぐと僕を見る潤んだ目に光が差した。


「そんな人が……いるん、ですか?」


「もちろん、今から会いに出かけよう」


 握った指先に力が入るのを感じた。その時、ぎい、とドアを開けてセラくんとツバキが出てくる。


「準備できたけど……ヘルヴェリカさんだけ置いていくの? あ、アルマさんおはよう」


 いまいち状況が飲み込めないらしいセラくんは、戸惑いつつもアルマさんを見つけてにこりと笑いかける。


 セラくんはいつもその日初めて顔を合わせると、ああしてにっこりと笑みを浮かべてくれる。それだけでなんだかいいことありそうな気がしてくるから不思議な子だ。


「ああ、うん。ちょっとヘルさんには説明しづらい人だから……」


 これから会いに行く“彼女”の人物像を考えると、顔を合わせないようにしたほうが得策な気がする。


 それに、いまだに部屋には解呪の魔道具がつみあがったままだ。無駄足を踏んでしまった場合のことも考えて、ヘルさんにはあれらを見張っていてもらったほうがいいだろう。



*



 ヘルさんに留守番を頼み、僕らは王都中央区を抜け、北区の王城脇を通り北西端、王城と城壁に挟まれるようにして建つ廃墟の大聖堂前まで来た。


 高いドーム状の屋根、4つの尖塔を持ち、かつては立派な聖堂だったのだろうと思われるそれは、白かった壁がすっかり汚れ、割れた窓ガラスからちらりと埃っぽい中が見えていた。


「て、テオ殿、ここは……」


 ツバキが何かを察して僕を見た。僕らプレイヤーなら誰もが知っている、ここが何なのか。


「ここはハートフィールド大聖堂、とあるギルドの総本山だった場所」


 傷んだ扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。鍵はかかっていない。中は埃っぽく、しかしがらんどうだ。目に付くものは壁、窓、床、天井だけだ。


 薄暗い通路を歩く。やがて大広間に出たが、そこも燭台一本たりとも無いただの空間ともいうべきものだった。ドーム状の天井、割れた窓から差し込む光が筋となって埃にまみれた床を照らした。


 降り注ぐ光条の中を進む。足音だけが染み入るように響いた。


 ほぼほぼ何も無いところだけど、奥は一段高くなって祭壇が置かれている。


 そして。


 僕らに背を向けるようにして祭壇の横に立つ、黒いフードとローブで全身をすっぽりと隠した人物。


「神に祈りに来たのかね? あいにくとここには俺しかいないが……」


 どこか幼さを感じるのに、これ以上ないというほど落ち着きはらった女性の声。どこかちぐはぐさを感じるけど、それこそが“彼女”が“彼女”である理由なんだろう。


「そんな……あなたは!」


 信じられないものを見たというセラくんの声は、驚きに上ずっている。見開かれた瞳は黒フードの手にある、狂いねじれた鈍色の金属棒を凝視している。


 ツバキはごくりと生唾を飲み込んだ。


「うん……? 君は、そうか。あの後も無事に旅を続けられたのだな」


 振り返った“彼女”は、フードの中に平たい仮面をつけて顔を隠す徹底振りだ。細く切れ込みの入った目がきらりと光ったような気がした。


 ……ハートフィールド大聖堂、大手ギルド『ハートフィールド』のギルドハウス。そのギルドマスターは多くの優秀なギルド員を従え、上納金によって王都の王城横に大聖堂を築き上げた。莫大な上納金はそれでも尽きることなく、多くの宝物によって聖堂は満たされていたという。


 しかし、それらすべての価値をあわせても、ギルドマスターの持つとある『杖』には到底釣り合わなかった。その『杖』こそ、並ぶ王武器の中でも最強の呼び声高い一振り、『不死王の永遠なる焼き鏝』。


「“それ”をもってるってことは、君がここのマスター……イーリス・アーサーか」


 ぴくりとフードが動く、『不死王の永遠なる焼き鏝』を持つために唯一露出している白く細い指が握りを強くした。


「そうだ。俺がハートフィールドの……かつてのギルドマスター、イーリスだ。それを知っている君は何者だ?」


 名を知らぬ者はいないほどの超大手ギルド。そして手にしたものの価値の高さから、多くの羨望と中傷を一身に集めたことで、誰もが彼女の名前を知っていた。


 さらに言えば、彼女の振る舞いもまた有名だったし、僕もよく目撃した。王都で手下を引き連れ、貢ぎ物をもらっては豪遊を繰り返す。ぞろぞろと囲いの大名行列はもはや王都名物として見物人が湧くほどだった。こうして本人を目の前にして、そんな人間には思えないのが少し違和感を覚えるけど。


 一方で、僕は独りで洞窟にこもって石ころを売るようなプレイングだったから、知らないのも無理はない。


「俺はテオ、君と同じところからきたプレイヤーだよ」


「聞いたことがある」


 彼女はふわりと飛び上がると、音も立てずに僕らの目の前に着地した。


 離れていてわからなかったけど、意外と背が低い。アルマさんよりちょっと低く、セラくんよりちょっと高いくらい?


「確か、単独で採掘王を討伐したんだったか。尊敬する、俺たちは60人投入した」


 強さにいくらかの波はあるが、不死王の撃破難易度は恐ろしく高かったという。


「……」


 近づいたことでわかったけど、すごくいい匂いがする。


 埃っぽいはずの空間が、彼女の周りだけ浄化されてる気さえしてきた。


 うちのセラくんだって負けちゃいないけど、それとは別系統の匂いというか、あの、憧れの女の子が、いや、今はそういうことを考えてる場合じゃない。


「ところで何か用があってきたのか? ただの世間話でも俺は嬉しいが……」


 存外気さくなことを言う彼女は、王武器を持つ最高峰の聖職者系ジョブのプレイヤーだったはずだ。だからこそ、ギルドハウスも大聖堂という建築になっている。


 彼女なら僕にかかった呪いを解くことができるだろう。


「ああ。ここに来る前、強い呪いを受けてしまったんだ。君なら解除できるかと思ってきた」


 イーリスは少し考え込んだようだったけど、得心がいったようにうなずいた。


「死の印を刻んだ彼の証言から、俺がこの世界に来ていることを知ったのか。ふむ、いいだろう」


 おぉ、とみんなの雰囲気が緩んだところに、湧き上がる魔力の風。黒いローブがはためき、手が光を帯びる。


「あ、呪いはせな……」


「関係ない」


 背中にある、と言い切る前に、彼女は僕の胸に手を当てた。瞬間、何かが僕の中を通り過ぎて淀みを吹き飛ばしたような感覚があった。


 それから、徐々に湧き上がってくる力を感じる……長らく忘れていた、魔力の自然回復。


「浸食王の呪い……完全に消えています……! 信じられません、あの強さの呪いをあんな一瞬で!」


 アルマさんの『目』には何が映ったのだろう。高価な魔道具を積み上げてやっと解除できる呪いが、たったひとつの魔法で消え去る瞬間か。それともこびりつく黒い影を、いとも簡単に引き裂く光か。


「え、い、今ので終わったの? こんなあっさり?」


 セラくんも戸惑っているようだ。この世界の平均レベルを考えると呪いというものはもっと手間をかけてやっとこさ解除するものなのかもしれない。


「ありがとう、助かったよ」


 ともあれ、呪いの件はこれで一件落着。アルマさんもこれ以上気負わなくて済む。


 僕が内心で胸をなでおろしていると、そうは問屋が卸さないとでもいうようにイーリスが告げた。


「もちろん無条件ではないぞ、テオ。君には代価を支払ってもらう」


 ……後から言うの、ズルくないか!?

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