第62話 宿屋の廊下にて
「あっ」
「う、お、おはよう……ツバキ」
ツバキがアルマさんのポーチからパンツを盗んだ翌日の朝、部屋を出たところでばったりと出くわす。昨晩はいろいろとあったのでなんとなく気まずい。背を向けたツバキにとりあえずはと挨拶をする。
「おはよ……」
真っ赤な顔をそむけて、消え入りそうな声だ。ポニーテールで見通しのよいうなじから耳の裏にかけてまで紅潮し、表情も恥かしげなんだろうと予想できる。手はぎゅっとスカートを握りこみ、小刻みに震えている。
なんとなく足が止まってしまったので、お互いどうにもはけようがなくなってしまった。
「あー、えっと……昨日はごめん」
痴態を晒したことをフォローしようにも、うまい言葉が出てこない。こういう励ましは本当に苦手だ。
「ううん……私のほうこそ、ごめんね……」
ツバキはこちらの顔を見ないまま、自分の顔も見せないまま、消え入りそうな声で答えた。ふるふると頭を振る動きに合わせて、彼女の赤いポニーテルがゆらゆらと揺れた。
二人揃って沈黙する。
このまま部屋に戻って知らん顔でもよかったけど、やっぱりどうして昨日あんなことをしたのか聞いておくべきだと思った。
「あの、昨日……」
言いかけて、ドドドドと凄まじい勢いで何かが駆け寄ってくる。それはツバキを突き飛ばしかねない勢いで、しかし急激に減速し、一瞬の溜めからツバキのロングスカートを跳ね上げた。
ばさっと背を向けていたツバキの上半身を隠しきるほどに飛び上がったスカートと、その中にあった引き締まった形の良い足、白い下着に包まれたぷりんとしたお尻。
突然の出来事にスカートが再び元に戻るまで呆然としてしまう。
「ふむ、違いましたか……」
流星のごとく現れてスカートめくりをしたアルマさんは、それはそれは無表情だった。
「な、なななな、何するのーっ!」
いまさらスカートを手で押さえて、ツバキが顔を真っ赤にして怒る。さっきからずっと赤かったけど、今はもう唐辛子を山盛り食べた唇のようだ。
「先ほど洗濯して干しておいたあの魔道具がなくなっているのです。またあなたかと思って見に来たまでです」
冷たいも熱いもない、ただただ温度も感情も感じられない声でアルマさんが答える。もはやツバキに対してなんの信頼も無さそうな顔だ。
「それは……うぅ、今回は私じゃないよ。それに……さっきまでずっと、ここにいたから……」
今日はござる口調の気配すらないほどしおらしい。昨日のことがよほど効いているんだろう。
「ずっと? どうしてですか、また何か悪巧みをしていたなら……」
「待って、アルマさん。疑うより先に情報共有しよう。起こったことの詳細を」
なんとか宥めて対話を試みる。アルマさんによると、洗濯した例のパンツを宿屋の物干し場を借りて干していたが、少し席を外した間になくなっていたという。それを見て真っ先にツバキを疑い、部屋に戻って問い詰めようとしたところで廊下にいるのを見つけたらしい。
「部屋の中にはセラくんとヘルさんがそれぞれいて、ドアを出てすぐのところに僕とツバキ、そして僕らは少しのあいだ話してたから犯行は不可能。今回は誰が犯人でもない……単なる下着ドロじゃないかな」
アルマさんが干すのをたまたま目撃して、彼女の下着だと思い込んだ人が盗んでいった……とか?
っていうかこの世界に下着泥棒がいるなんてのも驚きだけど。
「そんな……私は、またテオさんのお役に立てなかったのですか……」
うつむき、ぽつりとこぼす彼女を見て、その痛々しさに僕の胸が針を得る。
彼女が王都へ向かう馬車の中、ツバキに責められながらも気丈にいられたのは、必ず僕の呪いを解くという自負があったから。
そしてそれはその日のうちに必要なものをすべて集めることで示された。しかし、直前でツバキの妨害にあい、一晩明けた今日、一瞬の気の緩みですべてが瓦解した。
犯人はもう逃げ去った後だ。責めることができるのは自分自身しかない。
今、彼女の胸のうちは、嵐が巻き起こっているのか、炎が燃え上がっているのか。どちらにせよその苦しみは想像もつかない。
「アルマさん……」
しゃがみこみ、廊下にへたりこむアルマさんの肩に手を置く。震えが涙をこらえているものだとすぐに分かった。
「私をかばったせいで受けた呪いです……私が解かなくては……私はまだ何も、何も返していないまま、ただ背負わせ続けている」
彼女が涙をこらえているのは、僕が気にしてしまうと思っているんだろうか。心配される資格なんて無いと思ってるんだろうか。
馬鹿だな、もうとっくに気にしてる。震える肩に手を置いたときに、胸は締め付けられた。自分を責め過ぎじゃないかと心配にもなってる。仲間なんだから心配するのは当たり前だろ。
「ツバキ、セラくんに出かける準備をするように言ってきて。ヘルさんは……ややこしくなりそうな相手だからお留守番で」
「テオ……?」
僕はアルマさんの手を取り、無理やり立ち上がらせた。僕が手を引けば、彼女の足には力がこもった。
「会いに行くよ、呪いを解く可能性を持つ人物のところまで」




