第59話 まさかの
安価な未鑑定品も、アルマさんの『目』によってその効能を見破られ、次々と僕の手やら首やら頭やらに嵌めたりぶら下げたり貼り付けたりして積み上がっていく。
赤いマフラー、変な形の帽子、お守り、御札、緑の宝石が嵌った指輪、黒い鳥の羽、鉢巻、毒々しいヘビのおもちゃ、いくつかのカラフルなポーションなど……これらすべてがある程度の解呪の力を持つ魔道具らしい。逆に呪われそうな気がするものもいくつかあるけど、このアルマさんに限ってそんなことはないだろう。
身に着けるだけで効果のあるものなどもあり、こうして荷物もちなのか衣紋掛けなのかわからないような役をすることになってしまっている。
ツバキは何か心配するようにちらちらと僕を見るが、何かをどうしようという気もないようで、時折伸びてくるスリの手を叩き落していた。王都といえど完璧な治安というわけにはいかないようだ。
「アルマ殿、呪いの解除についてはどういう調子でござるか?」
「あとひとつふたつで足りるかと。それからポーションをすべて飲んで、呪いの発生源に御札を貼って解除といったところでしょうか」
「思ったよりすぐだったね、まさか一日買い物しただけで終わるなんて」
太陽は赤みを増して、影を伸ばしていく。気がつけば、僕らはいつの間にか路地裏に入り込んでいた。
背の高い建物たちは、わずかに傾いただけ太陽を遮って道に影をつくり、今いる場所と空とに時差を生み出しているような錯覚を与えてくる。
薄暗い路地には、風呂敷を広げて商品を並べる怪しげな人物たちが並んでいる。
ここで買い物するのはなんだか危ないんじゃないか?
そんな僕の心配を他所に、アルマさんはアウトロー空間へとずかずかと入り込み、目的の品を探している。
「なるほど……使い方は……ふむふむ……ではこれで……」
怪しげな露天商から何か白い布のようなものを買い取り、それまで購入した数多の品々と同じように僕に差し出す。
しかし、それは……。
「あの、これって」
僕は突きつけられるその布が何なのか知っていたし、それが手に取り辛いものであると考えている。
それは、現実世界、VVVRの世界、そしてこの世界において共通した用途とデザインを持つ三角形の衣類。
「ぱんつですね」
そう、それは紛れもなく、白い女性用下着だった。
「いやまって!」
「何をためらう必要があるのです。呪いを解くための最後のアイテムですよ」
「呪い解けるかなぁ!? 新たな呪いを受けそうだよ!」
「社会的名誉失墜の呪いでござるな」
「ツバキも見てないでたすけて!」
女性用下着をぐいぐいと僕の顔に押し付けようとするアルマさんを必死で押しのける。しかし妙に力が強い。
「ちょ、まって、やめて! なんで顔に押し付けようとするの!?」
ぐいぐい、ぐいぐいと。
「使用法は頭にかぶることらしいと店主が言っていました。さあ」
「なんでそんな使用法になってんだ!」
「えっ、もしかして履きたいんですか?」
「そういうことじゃなくてね!?」
「安心してください、使用済みではあるもののちゃんと洗濯したそうですよ」
「使用済みかよ! 嘘だと言ってくれ!」
薄暗い路地での必死の抵抗は、ざわめきとともに視線を集めてしまう。
物を商う怪しげな人物たち、人相の悪い通行人、たまたま通りがかったのだろう不釣合いな旅人など、誰も彼もが何事かと僕と、僕に迫る白い女性用下着に注目する。
い、いやだ。これは一種の辱めじゃないだろうか!? うおおおお、僕は今急速に尊厳を奪われている!
「まあまあ、アルマ殿。はやる気持ちもわからんでもないでござるが、こんなところでコトに及ぶのもテオ殿の体裁が悪かろう。ここは一旦宿に持ち帰ろうではござらぬか」
見かねたツバキが助け舟を出してくれる。というよりは、往来での揉め事を嫌ったような感じだ。
「……わかりました。すみません、テオさん」
「あっ、いや分かってくれたならいいんだ。とりあえず宿屋に戻ろう」
焦っていた自覚があったのか、どこかしゅんとしたように腰のポーチへと下着を仕舞い込む。よかった、他のと同じように手渡してきたらどうしようかと。
ともあれ、公衆の面前でパンツを被るという恐ろしい事態にならずに済み、ホッと胸をなで下ろす思いで宿屋へと帰った。
王都南区、ほぼ中央区寄りのあたりの宿を利用していたが、それでも歩いて帰ろうとすればすっかり日は暮れていた。
中央区では赤く染まっていた空は、宿屋についた今はもう星の瞬く漆黒だ。
しかし窓から漏れる光と、街灯と、道行く人が光源に使うなんらかの魔法や魔道具で空の下はとても明るい。
あらゆる光に照らされた建物の上を見上げて、やっと夜だと分かるような明るさだ。
そこそこの広さに、テーブルと椅子二脚、ベッドが二つ設置されているのが僕とセラくんの部屋だ。
その部屋で、セラくんとヘルさんがテーブルについてボードゲームに興じていた。ドアを開けて入っていくと、盤面を見ていたセラくんが顔を上げ、ヘルさんも振り向いた。
「あ、お帰り。呪いは解けた?」
「お帰りなさい。首尾はどうかしら」
二人とも僕らの顔を見るなり、勝敗などどうでもいいというようにボードゲームを片付けはじめる。
そしてボードゲームのセットをどけたテーブルの上に、アルマさんが腰のポーチを置き、僕に持たせた魔道具の数々を受け取っては積み上げ始める。
大量の力ある魔道具に、二人からは感心の声が漏れた。
「これらすべてを同時に使用することで、テオさんの呪いは解除できるはずです」
浸食王から受けた、魔力が回復しなくなると思われる呪い。解呪は苦労するかと思ったが、アルマさんはたった一日で必要な分を集めきってしまった。
おそらくは、呪いも自分の責任だと思っていたんだろう。
よーし、呪いが解けたあかつきにはめちゃくちゃお礼を言おう。感謝しよう。
そしてやっぱり、改めて「君のせいじゃないよ」と言わなきゃいけないと思った。
「すごいね、こんなに沢山買い集めるなんて」
「偽物や粗悪品は混ざってないのかしら?」
「すべて私の『目』で判別しています。どれもある程度の解呪の力を持つ品です」
アルマさんの持つ『浸食王の万里見通す極彩の目』は、道具が秘める力すら可視化できるようだ。それもおそらくは、かなりの精度があるだろう。
「ふぅむ、とりあえずは夕食にしないでござるか? 実は拙者、さっきからお腹が鳴りそ」
くぅうう~とツバキから腹の虫の鳴き声が響く。さっとお腹を押さえて顔を赤らめるが、いまさら恥ずかしがることでもないだろうに。
でもツバキの言う通り、季節で言えば夏ごろの今は日が沈んだ直後くらいが飯時だ。
もうとっくに胃袋が何かしらを求める頃合いだろう。
「あはは、実は僕たちもみんなが帰ってくるのを待ってたんだよね。もうお腹ぺこぺこだよ」
セラくんが椅子から立ち上がると、ぐいーっと伸びをする。ずっと座りっぱなしで遊んでたのかな、とても念入りだ。
僕らは食事をとるため、ぞろぞろと部屋を出ていった。




