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第57話 王都入り

「ノベラポートで、この目を使って町行く人々を観察したとき、同じように黒い靄をまとっている人を何人か見かけました」


「その人たちは……たとえるなら、桶一杯の水にインクを数滴たらした程度。そしてテオさんのは……テオさんの呪いは、インクそのものと言える濃さです」


 呪いには強度が設定されている。その強度が高ければ高いほど、解除するのに必要な魔法のランクが上がっていく。


 アイテムによる解除も不可能ではないが、この場合もやはり必要なアイテムは貴重品だ。


 そしてそのどちらも、今僕らの手元には無い。


「……町で見かけたという、呪いを受けた人たちが」


 重苦しい空気の馬車の中で、ツバキがさらなる圧迫感を加えるような声を出す。


「呪いに気づいていない、気づかれない程度の呪いならばまだいい。もし、気づいていて、それでも治せていないのなら、そのインク数滴程度の強度ですら通常の手段では解除できないことの証拠でござる。……それを、インクそのものの濃さ? そんなの、どうやって解除すればいいんでござるか」


 怒鳴るようなことはしない。だけど、静かに、にじみ出るような怒りを含んだ声だった。


 僕は一度座り直し、ツバキの顔を見る。燃えるような目、赤い髪は馬車の揺れかそれとも別の何かか、小刻みに震えている。


 そういえば僕も、採掘王と戦ったときは石化の呪いを受けて手持ちでは解除できず、高価な鉱石と引き換えに他の高レベルプレイヤーに解除してもらったなぁ。それですら適正価格とは言えず、厚意によるものだった。


 ヘリオアンの冒険者ギルドで絡んできたチンピラ3人組がいたことを思い出す。彼らはAクラス冒険者だと言っていた。それでいて強さはレベル300程度。


 無論、一般人から見たら破格の強さだったんだろう。なにせ、ギルド内で暴れても止める人がいなかったし、彼らも自信満々だった。それぐらいの振る舞いができるほど、彼らが持っていた地位は高かったのだろう。


 魔法でこの呪いを解除するというのならば、王クラスの呪いだと踏まえて必要なのはレベル680~800が最低ラインか。確実に解除するならレベル900以上のパワーがなければ話にならない。レベル300が上位に食い込めるこの状況で、そのレベルに達しているヒーラーがいるのだろうか?


 アイテムであっても同様だ。多少は難易度が下がって目安レベル640程度のダンジョンからの産出アイテムで解除できるかどうかといったところ。しかしこの場合でも、レベル300でAクラスというのなら、まともに産出されているとは思えない。


 なるほど、セラくんやヘルさんが押し黙っていたり、ツバキがこんなに怒ってるのはそういう理由からきているんだな。下手な慰めなんてできない状況、そして多少の怪我とは比べ物にならないほどの治癒のしにくさ。


 とはいえ。


「アルマ殿、いかにアルマ殿といえど、これは拙者見逃せなびびびびびびびびびい」


 アルマさんに食って掛かろうとしたツバキの両ほほを指でつまみ、左右に引っ張る。ついでに手を振動させたりもする。もちっとしたほっぺはよく伸び、よく震えた。


「ツバキ、それとアルマさんも気にしなくていいよ。魔法が使えなくなったわけじゃないし、タタル草の種もまだたくさん残ってる。そもそも洞窟生活が長かったせいで使いきれるかどうかも分からないんだ」


 タタル草の種は……実のところ今のような使い方をしていればすぐに枯渇してしまうけれど、ここは強がりどころだ。最悪魔法が使えなくなってもツルハシやら何やら、装備で補えないこともない。酩酊王の隕石だって魔法無しで止めた実績があるじゃないか。


「ひょんなことひったってびびびびびびびびびびぃ」


「そもそも、ツバキがアルマさんに怒るのはお門違いだよ。怒るべきは俺で、その相手は浸食王だ」


 仲間同士で争ったってしょうがない、というかなんだかムっとしたぞ。ちょっとウサ晴らししてやる、このこの。


「ひゃううごべんなひゃいいびびびびい」


 むにぃーっと両ほほを引っ張り、指を離してパチンと戻す。


「というわけで、アルマさんも気にしなくて……アルマさん?」


 先ほど背中越しに聞いた泣きそうな声とは裏腹に、強い決意を秘めた表情で僕を見ていた。


「大丈夫です」


「えっと、ほんとに?」


「ええ、あなたの呪いは私が必ず解除します。幸いこれから王都に入るわけですから、きっと何か見つかるはずです」


「あのー……王都入りしたら会ってほしい人がいるからここまで連れてきたのだけれど」


「テオさんの解呪が先です。その人は待たせておいてください」


 おずおずと申し立てるヘルさんを切り捨て、勝手に予定を変更してしまうアルマさん。有無を言わさない圧力がそこにはあった。


 ツバキがいじめすぎて、逆になんか決意を固めてしまったようだ。それともツバキはこれを狙って……ないな、そういうことできるタイプじゃなさそうだ。


「ねぇ、ツバキ」


 そっと、優しく声をかける。なんとなく明らかにしておいたほうがいい気がする。


「な、なんでござるかな」


「本当はぜんぜん怒ってないでしょ」


 先ほど両ほほをつまんだ手の形を作って、じわじわと迫る。


「ひぃっ、い、いやそんなことは」


「口調、怒ってる割にはいつも通りだったね。むしろ何か悪巧みしてたんじゃないかな。正直に言わないと……」


「や、やめっ」


 もうすぐ真意を引き出せそうというところで、馬車がガタンとひときわ大きく揺れる。


 体勢を維持するため、ぴたりと固まったところに、外から声がかけられた。


「王都の城門です、手続きをお願いします」


 どうやら兵士らしい、鎧を身にまとったいかつい男が窓の外に立っていた。上に視線をやると、聳え立つような城壁が空へと伸びている。


 なんとなくツバキを追及する雰囲気を失ってしまう。


「城塞都市はこういう手続きがあるから面倒よね」


 馬車のドアを開け、兵士に手に持った何がしかを見せるヘルさん。しかしそれだけで、馬車は再び動き出した。


 す、すごいな……いわゆる顔パスって奴なんじゃないか? だって他の馬車やら人やらはいろいろ待たされているように見えるぞ。


「さて、テオさん」


 ヘルさんがパンと手を打ち、にっこりと笑う。


「王都へようこそ、歓迎しますわ」


 城壁を抜けると、馬車の壁越しですら華やかな賑わいが染み入ってきた。

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