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第56話 呪い

「絶対におかしい」


 昼過ぎに出発したノベラポートから王都へ向かう簡素な馬車(あいかわらず馬ではなくオオサンショウウオみたいなのが引いている)の中で、僕は以前から思っていたことをとうとう口に出した。ぽかんとした四つの顔が僕を見つめる。


「どうかしましたか?」


「いや、俺の魔力が尽きてから、自然回復が起こらないんだ。タタル草の種があるから一応の回復はできるけど……」


 タタル草……洞窟の奥深くで、魔力水晶の光を浴びて育つ希少植物だ。この種を噛み砕いて飲み込むと数分をかけて魔力を全回復する。


 しかし、その回復量も速度も、なんとなく減っているような気さえする。ステータス画面を開いて数値で確認、なんてことができないから感覚でしかないけど。


「そういえば、何かとタタル草の種を噛んでるね。うーん、あれだけ大きな規模の魔法が使えるなら、完全に回復するまで時間がかかっちゃうとか?」


「それはないでござるな。魔力は呪いでも受けない限り、常に割合回復でござる。そうでなければヘル殿が広範囲魔法を連発できるはずがあるまい」


「私も常人の120倍くらいの魔力があるけれど、空まで使い切ったとして、一日休めばそこそこの魔法が使えるまで回復するわ」


 さらっとすごい数字が出てきた、でもそうじゃなければ2kmの範囲で海を凍らせたりなんてできないよなぁ。


「呪いでも受けない限り……ですか」


 アルマさんが床板に目を落とし、じっと考え込む。


「どうしたの?」


 聞いてみると、顔を上げずにぽつぽつと話しはじめた。


「昨晩現れたという『酩酊王』ですが、町を覆い、テオさんとセラくん以外を行動不能にするほどの広範囲かつ強力な魔法を使用していたらしいですね」


「あぁ、うん。一応対策を立てていれば無力化できる類のものではあるけど」


 このあたりの情報共有は済んでいる。何しろ逃がしたのだ。再びの襲撃を考えて対策を立てるためには知ってもらうことが最重要なのだから。


「そして、地形を変化させる規模の魔法……奇妙だと、思います」


 少し歯切れが悪くなり始める。どうしてか先を話すのをためらっているように見えた。


 顔をさらに伏せ、さらさらと髪がおりてその表情を隠した。


「……続けて?」


「はい……奇妙なのは『酩酊王』ではなく『浸食王』です。アレは……確かに恐るべき破壊力を持っていましたが、それだけでは……同じ『災害の化身』として並び立つ存在には思えません」


「つまり、『浸食王』には隠された能力がまだあったと」


「ありえん話ではないでござるな。かつて拙者が戦った『略奪王』も打撃一辺倒ではなかった」


 物理ダメージを99%カットしていても、たった1%分で致命傷を与えてくる攻撃力はそれだけで特性ともいえるほどだった。しかし、それならさらに物理耐性を上げて挑むだけで倒せることになってしまう。(実際他の対策無しに倒してしまったけど)


 強力な攻撃と、軽減手段の剥奪、そして回復の阻止のために……魔力回復を停止するデバフを持っていたということなのかな。


「なるほど、じゃあどうして僕だけがその影響を?」


「テオさんの使う強化魔法のように、打撃に付与されていたのかもしれません。あの時直接の接触を受けていたのはテオさんだけです」


「さらに言えば、あの時は魔法による弱体を無効化する装備を持っていなかった。……あ」


 ここでやっと気づく。アルマさんがなんとなく居心地悪そうにしている理由を。


 あの時僕は、アルマさんをかばって攻撃を受けてしまった。彼女はそれを気に病んでいるのか。


「い、いやー、あの時は俺も無防備だったというかなんというか、ハハハ!」


「テオってフォローの仕方がものすごく下手だね」


 うるさいな。


「って、まだそうと決まったわけじゃないだろ。俺に呪いがついてるかどうかなんて分かる人が今いないんだから」


 そう、そもそもがただの憶測なのだ。確かに一番怪しいのはヘリオアンでの戦いかもしれないが、まだそうと決まったわけではないのだから、アルマさんが落ち込むことはない。


「診る方法が一つあります。……この『浸食王の万里見通す極彩の目』で」


「……! 王武器!?」


 ヘルさんが驚きの声を上げ、セラくんが息を呑む。


 浸食王との一件はアルマさんがつらそうな顔をするのでなんとなく避けていた話題だけど、そういえば王武器のドロップがあったことについて話せないままでいたな。


 ゆっくりと顔を上げたアルマさんが、僕を見つめる。


 その左目……黒い瞳だったはずが、まぶたの中には玉虫色の複眼が見えた。


 無機質な六角形が並んだ球体に見つめられ、僕は息を呑む。


「使いたい時にだけ、こうなるみたいです。そしてこの目になっている間は……あらゆるものが見えます。魔力の流れ、生物の構造、本来見えない色、そして呪いの気配」


「……その目で、何が見えてるの」


「テオさんの背中……立ち上る黒い湯気のようなものが見えます。後ろを向いていただけますか」


 狭い馬車内、体をひねってアルマさんに背を向ける。ぴと、と肩甲骨のあたりを指で押された。


「ここから、ここまで」


 そのまま、つつつと袈裟を切るように斜めに指を下ろしていく。そのなぞられた軌道には覚えがあった。


「……テオ殿、もうかばうな。それは間違いなく、浸食王につけられた傷跡でござる」


 僕が何か言うより先に、ツバキが現実を突きつける。いつものふざけたような明るい声ではなく、ただひたすらに冷たい声だった。


 馬車内に沈黙が満ちる。


 セラくんもヘルさんも、押し黙ったままだ。


 僕は腰のあたりまで下ろされた指が、かすかに震えているのを感じていた。


「この呪いの、だいたいの強さは分かる?」


 僕はつとめて優しい声になるように頑張りながら口を開いた。指先がびくりと震えて離れていく。


「ノベラポートで、この目を使って町行く人々を観察したとき、同じように黒い靄をまとっている人を何人か見かけました」


 アルマさんの声は泣きそうだ。無理もないだろう、僕が庇って怪我を負ったというだけであんなに思いつめてしまう人なのだから。呪いが自分のせいだと分かれば、その自責の念はどれほどのものになるのだろう。


「その人たちは……たとえるなら、桶一杯の水にインクを数滴たらした程度。そしてテオさんのは……」


 一度言葉を切る。僕は背を向けたままで、アルマさんがどういう表情をしているのか分からない。


「テオさんの呪いは、インクそのものと言える濃さです」


 背中越しの声は、覚悟と決意に満ちた毅然としたものだった。

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