第55話 懐かしい味
街全体の酩酊騒ぎから一夜明け、昼。
「なるほど、あの黒い箱の魔法で閉じ込めたことで、街に充満していた酩酊の魔法が解けていたんだね」
「たぶんだけどね。あの纏わりつく炎も解除されてたのに、戦ってる最中は気づけなくて内心大焦りだったよ」
「でもアルマさんたちが来てくれてよかったよ、破片まで完璧に防いでくれたし」
「氷の殻が街を守ってくれるかと思ったけど、爆発の威力が思ったより大きかったからね。3人がきてくれなかったら危なかった」
などと、僕とセラくんは昨日を振り返る。
ここは昨日の晩飯に利用した食堂だ。酩酊騒ぎで有耶無耶になってしまった代金を支払いにきたついでに、昼食もとってしまおうという話になった。
ちらりと同席しているツバキとアルマさんを見やる。ヘルさんは被害状況の確認とかで朝からどこかに出かけていた。
「……うぁぁ」
「…………」
二人ともテーブルに突っ伏し、まともに会話も出来ないほどの虫の息だ。これには理由がある。
酩酊王……自分をレティアと呼ぶように言っていた彼女の魔法は、たとえひどい酩酊を引き起こしていても解除すれば後には残らないはずだった。
しかしながら、人とは酔えば酔うだけ酒を飲みたがる生き物らしい。魔法にかかったテンションで酒を飲みまくってしまったせいで、二人はこうして今日ひどい二日酔いに悩まされているのである。
一方で僕は、防ぎきれなかったわずかな火傷やかすり傷をアルマさんに妙に心配され、包帯ぐるぐる巻きのミイラ男にされたものだから、このテーブルだけアンデッドの食事会の様相を呈している。
顔まで覆う包帯に息苦しさを感じつつも、悪酔いでふらふらになりながらも甲斐甲斐しく手当てしてくれるアルマさんを拒絶するわけにもいかず、おとなしく過剰な包装を受け入れてしまったわけだ。
「一晩たってもこんなにふらふらなのに、よくあの時来てくれたなぁ」
しみじみと思って口に出すと、セラくんがくすくすと笑った。
「そりゃあ3人とも、テオがいなくなったら心配して探しちゃうよ。だって……うーん、仲間、だから?」
最後なんでちょっと言葉を濁したんだよ。
「まあまあ、みんながこの街を救ってくれて僕はうれしいんだよ」
「セラくん……君は」
道案内してもらっただけ、出会って少し話しただけの一期一会の……『友達』がこの街にいた。
だから彼は、その友達のために恐ろしい敵に立ち向かい、か弱い少女の姿にナイフを突き立てるために倫理観をかなぐり捨てて戦った。
その友達と、もう一度出会えるかどうかもわからないのに。
「出よっか、少し混んできたよ」
穏やかに笑う彼が席を立った。
両脇にツバキとアルマさんを抱えて店を出る。結局この二人、ろくにものを食べられないまま昼食抜きとなってしまったが、昨晩は店の酒棚をたいそう荒らしてくれたようで、支払いの金額はとんでもない額になっていた。
酩酊も極まってくると誰が何を注文したかなどあやふやで、正確な金額かもわからないために店長は心苦しそうだったが、こちらとしても食い逃げのようなことはしたくなかったので多少強引ではあったものの、お金を受け取ってもらえてよかったと思う。
「おかげで素寒貧だ」
「うう、面目ござらん……うぐぐ」
とはいえ、相当強力だと思われる魔法を無防備な食事時に受けてしまったのだから無理は無い話だ。
実際、あの晩でまともに動けていたのは僕とセラくんだけだったのだから。
「おーい、待ってくれよ!」
今しがた出てきた店のドアが開き、若い店員が声をかけてくる。
「店長がおまけだってよ。つっても俺がこの町の外で世話してる木なんですけど」
そういって彼が渡してきたのは、かごに山盛りになった緑の果物だ。確か、イェトの実とか言ってたかな、昨晩もおまけしてもらった奴だ。
僕は二日酔いグロッキー二人によって両手がふさがっているので、代わりにセラくんが受け取る。
「お客さん気前が良いから、またうちで飲み食いしてくださいよ。今日はお客さんのおかげで俺の分の飯がちょっと豪華になるかも、へへへ」
果物が盛られたかごを受け取ると、裏も表もなくからからと笑う店員に、こちらもなんとなくつられてしまう。
まあ、ここの料理はおいしかったし、また寄るのもいいかもしれないな。
「おーい、ネフトー!」
「おっと、店長が呼んでら。それじゃあお達者で」
手を振りながら店へと引っ込んでいく店員を呆然と見送る。思わず硬直した体を無理やり動かしてセラくんを見る。ネフトという名は、セラくんの思い出話に出てきた少年と同じじゃなかったか。
「あの、セラくん?」
「ふふっ、気づいたのは僕のほうだけなんて、彼も薄情ものだよね」
セラくんはやわらかく笑って歩き出し、抱えたかごの果物をひとつ手に取った。つられて僕も歩き始める。
潤んだ唇が開いて、白く透き通るような歯が果肉をかじり取る。
しゃりしゃりと咀嚼して飲み込むと、すらりとした喉がごくりと動いた。
「暗殺0点、ねぇ……」
もらった果物を何の躊躇もなく無防備に食べたセラくんの、その表情を見てぽつりとこぼす。
彼の思い出話の中で父親はそう言っていたらしい。それでも貰ったものを取り上げるでもなく、無用心を説教するでもなかったセラくんのお父さんの気持ちが、なんとなくわかりそうな気がする。
「ん? テオからみても0点かな」
「……ま、今回は80点くらいってとこだ」
ぐんと早足になってセラくんを追い抜く。いきなり歩く勢いを強めたせいで、両脇の女性二人がうめき声を上げるが、聞こえないフリをした。
セラフィノ・ヴァロールは英雄ではない。彼の町を救う貢献は気づかれず、何の賞賛も受けることはない。
だけどそれは、暗殺者としての役割を完璧に果たした証だ。宵闇にまぎれて影すら残さず、町ひとつ滅ぼしかねない少女の首に致死毒の刃を突き立てた。
それが人情や愛着からくるものであったと知っていても、僕の目には彼が立派に見えていた。
だから、だからこそ。
賞賛や財宝ではなく、貰った果物の懐かしい味と香りで胸を満たすことくらい、見逃してもいいんじゃないかと思うんだ。




