第6話 ゴーレムのたおしかた
まだ空が明けきらないうちに、僕とアルマさんはカルメヤ村へと向かった。
「いましたね」
僕らは村の東側に回りこみ、並ぶ家の隙間から石化鋼鉄のゴーレムを発見する。アルマさんはすぐさま弓に弦を張り、トトッと軽快な動きで近くに生えていた木に登った。
「東側にいてくれてよかった。ここからなら狙撃できます」
太い枝の上にしゃがみ、アルマさんは深緑のマフラーで目元までを覆うと弓を横に構えた。
すぅ……と空気の流れがアルマさんに向かうのを感じる。魔力の流れだ。VVVRにおいて何かのスキルを使うときに必ず発生するエフェクトだったけど、ただゲームとしてみているのと素肌で直接感じるのとでは全然違った。どう違うかはわからないけど、何か凄みのようなものがあると思う。
アルマさんが腰に下げた巾着袋に手を入れると、その指先に糸状のきらめきがまとわりついていた。そのまま弦に触れると、きらめきの糸が寄り集まって矢を形成する。薄く赤い光を纏った矢尻だ。
アーチャー系基本スキル、インスタントアローだ。自分の魔力を消費して持っている素材から一本の矢を作り出す。初歩的なスキルでありながら、どんな素材も矢にすることができる。本来加工が難しいはずの石化銅ですらこの一瞬で矢になってしまった。
矢が形成されると同時に弦を引き、射出する。赤い軌道を描いて、矢はゴーレムの右腕に当たり……深くえぐり抜いた!
アルマさんは続けて矢を二本、三本と放ち、命中させる。右腕を完全に破壊した。
本当に僕がついてこなくても倒せるかもしれない。鬼気迫る表情で矢をつがえるアルマさんからは何の動揺も見られない。
4本目を引き絞ったまま、アルマさんが動きを止める。
ゴーレムがこちらを見ていた。
ガラス玉のような赤い瞳は完全に僕らを認識していて、それからまっすぐと僕らに向かって動き始めた。
「あなたは下がっていてください、いざとなれば逃げれる準備も」
大人の男性が走る速度よりも速く迫ってくるけど、樹上のアルマさんはあくまで冷静だ。言いながら4本目を放つ。
ゴーレムの頭部、ちょうど顔のど真ん中に当てる。でも少し仰け反っただけですぐに体勢を立て直し、ふたたび向かってくる。途中にあるレンガ造りの家なんてなんの障害物でもないかのように迫ってきた。
アルマさんは顔色を変えることもなくさらに3回石化銅の矢を撃ちこむ。7本を撃ち終わってゴーレムは右腕を失い、頭部と胸部を大きく損傷している。
「まずいですね」
8本目をつがえたところで、アルマさんはぽつりと漏らした。
「矢が尽きた?」
「いえ、ですが……頭と胸を撃ち抜いても死なないなんて獣と勝手が違いすぎて」
確かに、ゴーレム系は動物系の魔物と違って重傷を負ってもさほど影響をうけずに行動できる。それが効いたように見えない要因だ。だけど、ダメージを蓄積させれば倒せるということはすべての魔物に共通している。
「大丈夫、ちゃんと効いてる。あいつらは怪我とか気にしないんだ」
アルマさんを励ますけど、なんだか歯がゆい。でも、理由はわからないけど彼女にとっては自分で倒すことに意味があるんだろうと思った。
「わかりました、倒しきれなければ出直しましょう」
アルマさんはより慎重になったように見えた。
だから気付けたのだと思う。立ち止まったゴーレムの様子が、何かおかしいってことに。
ゴーレムは村の簡素な柵を前に動きを止めている。見ていると赤い無機質な目がぼんやりと光り始め、魔力の風が湧き起こった。アルマさんが矢を作るときと同じ風だけど、それよりもずっとずっと大きい。ばたばたと服がはためきはじめ、目の光は強くなってきた。
僕は咄嗟にアルマさんに呼びかけた。
「木から下りて!」
僕の叫びに反応して、アルマさんは枝から飛び降りる。僕はゴーレムとアルマさんの間に入り……できるかどうかわからないけど、やらなきゃと思って……両手の平を前に突き出した。かすかな魔力の風を感じるのと同時、ゴーレムの放った特大の赤い光線が僕らを飲み込んだ。
僕は知らなかった。石化鋼鉄のゴーレムとは何度も戦ったことがあるけど、そのときは一度も遠距離攻撃なんかしたことがなかった。おそらくは元々設定されていたけど、出現場所に崖撃ちできるポイントがなかったことで誰にも知られることがなかった特殊行動。
プレイヤーからはその見た目からビームだのレーザーだの呼ばれるスキル、魔力砲。予備動作が分かりやすいものの、威力は使用者の魔力によって際限なく上がっていく。魔力の塊である石化鋼鉄のゴーレムなら、その威力は生半可なプレイヤーの何倍もあるはずだ。
光が収まると、その範囲内にあった木々はすべて消滅し、地面も魔力砲の形ぴったりに抉られていた。僕らの背後50メートルくらいがすっかり見晴らしがよくなっている。
VVVR内におけるスキル名、エネルギーシールドを使った僕がかばったからアルマさんは直撃を免れることができたみたいだ。前方しかガードできないものの、習得も早く一瞬で出せる防御系スキルで人気が高い。でも魔力の余波だけでかなりのダメージを負ったようだ、見たところ傷がないのに具合悪そうにしている。
「い、今……のは……痛っ」
震える声でアルマさんがつぶやく。飛び降りたときに足をくじいたようで、座り込んでいる。
「魔力をあの目に集中して撃ってきたみたいだ、ごめん……こんなことしてくるなんて知らなかった」
僕もちょっとダメージを負ったみたいだ。手のひらがちょっとひりひりするし、かすかな頭痛も感じる。魔力によるダメージってこんな感覚なんだなぁって知ってちょっと感動しちゃうな。
「そうですか……私、わた、私は……失敗した、んですね」
うつむいたアルマさんが、震える声で言葉を詰まらせた。ぎゅっと石化銅の矢を握る手に、ぱたぱたと水滴が落ちる。
それを見て、一瞬前のダメージに感動していた気持ちが吹き飛んだ。
「アルマさん、ここからは俺が戦うよ」
僕は右手にツルハシを握り締めてゴーレムと向き合う。それから、左手を前に突き出した。ゴーレムがもう一度魔力砲を撃ってきたけど、もうゲーム内のスキルをどうやって使えばいいか把握している。今度はためしに、魔力をより多くこめてみた。
大きく分厚い光の板が目の前に現れ、僕より後ろには何の影響も届かなかった。
「石化金属は莫大な魔力によって石化した金属……その性質は石と金属を併せ持つ。より具体的には、都合のいいときだけ石のようになり、また別な都合にあわせて金属のようになる。電気を通したかと思えば絶縁体になり、酸で溶けることはなく、剣で傷つかなければ投石で割れることもない」
石化金属の特徴をつぶやく、現実にはほぼ相反する存在でありながら、この世界には存在してしまっている。その辻褄を合わせるための未知のエネルギーが魔力だ。
「だけど、そんなゴーレムでも倒す方法はある。ひとつはアルマさんのように、石化金属を使うこと。もうひとつは莫大な魔力をぶつけてゴーレムの魔力皮膜を突き破ること。そして最後のひとつは、石であり金属であることを逆手に取ること」
僕はゴーレムに向かって駆け出した。ツルハシを両手で握りしめ、ゴーレムの足をなぎ払う。
ツルハシの先はまるで湿気た塩の塊を砕くように、ゴーレムの両足を粉々にした。
足を失ったゴーレムが地響きを鳴らして地面へ倒れこむ。
僕の持つ、『採掘王のダイヤモンドツルハシ』は採掘を生業とするプレイヤーたちにとってはあこがれてやまない最強武器。その効果のひとつに、「岩石・金属に対して威力が上昇する」というものがある。石や金属など、採掘に関わる素材に対して与えるダメージが上昇する効果だ。
この効果量は大体6倍。そしてこれは厳密には「岩石に対して威力上昇」と「金属に対して威力上昇」の二つの効果だ。つまり、石であり金属である石化金属はこの両方の効果が適用される。加えて、VVVRにおいてすべてのダメージ上昇効果は乗算であり、このツルハシ一本で石化金属に対してのみ36倍の威力が発揮される。
結果、石化金属ならばどんなものでも簡単に破壊できる。……まあそれ以外には採掘にしか使い道がない上に、ツルハシっていう見た目なせいで評価は低いけど。
もはや左手と頭しか残っていないゴーレムは、悪あがきのように拳を振り下ろしてくるけど、それもツルハシの一振りで粉々に砕いた。この世界にレベルという概念が残っているかはわからないけど、ゲームでは僕のほうが高レベルだったんだから、まあ当たり前だよね。
点滅する赤い目が、このゴーレムの終わりが近いことを教えてくれる。
僕は離れたところに座り込んでいるアルマさんに呼びかけた。
「アルマさん! これがあなたの目的を果たす最後のチャンスだ! 俺にはわからないけど、あなたがこいつを倒すことに何か意味があるんでしょう!?」
僕を見つめていたアルマさんは、口元のマフラーをぐいっと引っ張って涙を拭いた。そしてふらつきながらも立ち上がり、弓を構えた。目元はすっかり赤くなっているけど、瞳は鋭く石化鋼鉄のゴーレムを見つめている。魔力の風が湧き起こり、先ほどよりずっと大きな渦を巻いて、つがえた矢に収束していく。そうして放たれた矢はまっすぐとゴーレムの首元へ飛んで、頭を砕き飛ばした。
それでもゴーレムは少しの間もがいて、やがて青白い球状の光が体からいくつかぽつぽつと湧き出てきてアルマさんに吸い込まれる。それからは完全に動きを止めた。
「け、経験値の入手エフェクト……あるんだ、レベルの概念」
少し驚いたけど、経験値を入手したってことは。
「……あ! アルマさん、これでこのゴーレムは完全に破壊されたよ! もうこいつが何かをするってことはない!」
僕が言うと、アルマさんは弓を手放して崩れおちた。
あわてて駆け寄ると、両手で顔を押さえて泣いていた。
「う、やっと、おわ、お……終わったん、です、ね。ふっ、う、うぅーっ」
顔を覆った両手から、嗚咽に混じって言葉が漏れてくる。きっとよほどの悲願だったんだろう。
泣いてる女の子をどう扱っていいかわからず、頭をなでたり背中をさすってみたりして、アルマさんが泣き止むのを待った。
朝日が顔を出して、山の稜線を離れるくらいまでの時間そうしていた。それから僕らは立ち上がると、カルメヤ村へと足を踏み入れた。
荒れ果てた村の中を、アルマさんはひとところを目指すように歩く。くじいた足が痛むのか、歩きはゆっくりだ。ゴーレムが常に歩き回っていたのか、道はしっかりと踏み固められていて歩きやすい。
やがて村の中央に近づくにつれてアルマさんは足の痛みを忘れたかのように歩みを速めた。中央広場に出るころには半ば駆け出していて、ある民家の前で止まった。
壁と屋根の一部が崩れた家の中に、横たわった人骨が朝日を浴びていた。
ぼろぼろになった服を見ると、多分男性が白骨化した遺体だと思う。アルマさんは彼の前にしゃがみこみ、その手を取ってぽつりとこぼした。
「かえろう、お父さん」
僕らは両手を合わせて拝み、骨を出来る限り拾って袋に入れた。