第53話 メテオライト
「……はっ? メテオ!?」
夜空に走った亀裂を押し広げるようにして、赤熱した隕石が顔を覗かせる。じりじりと赤い光がテオたちの唖然とする顔を照らす。
それがぶつかればこのノベラポートだけではなく、王都にすら壊滅的な被害を及ぼしうる。酩酊王が使用した隕石召喚の魔法は、無差別な破壊と殺害、地形の変更……着弾地点のクレーター化をもたらすものだ。
当然、生半可な結界ではその余波すら防ぐことは不可能である。攻撃魔法による相殺も同様だ。
「セラくん! できる限り伏せていて!」
魔力を限界まで手に集中させる、テオにはひとつの対抗策があった。
超越魔法『イミテーション・ブラック』は、レベルが1000を超えたプレイヤーだけが使用することができる魔法だ。その効果は、耐久上限無しのバリア……いわゆる、最強の盾である。
魔力の暴風の中、手のひらを上空に向けて掲げて『イミテーション・ブラック』を発動させる。
星空を黒く塗りつぶす巨大な円が現れ、視界から赤く光る隕石を隠した。
数秒の後、何の余韻も無く黒い円盤は崩壊し、後には隕石も空間に切れ目も無い、ただ星明りで埋まる空があるだけだった。
「はは……奥の手も、無効化された気分はどうだ?」
じっと隕石の消えた夜空を見つめる酩酊王に、魔力切れの激しい頭痛をこらえながら挑発的な声をかける。
しかし、それを無視して酩酊王はぽつりとつぶやいた。
「……『バラージ』」
「えっ?」
再び、空に亀裂が走る。その隙間から、今しがた消したばかりの隕石が顔をのぞかせていた。
(嘘だろ!? 連続使用する余裕まであるのか!? くそ……こっちは魔力切れだっていうのに!)
「テオ、もう一度あの盾は……!?」
「できない! 魔力が尽きているし、回復も間に合うかどうか……」
もう一度『イミテーション・ブラック』による消滅を狙うにも、肝心の魔力はすでに尽きているし、タタル草の種で回復させたところで隕石直撃までに再使用が可能になるかは分からない。
テオには、別な手段での対抗策を打ち出すことが強いられていた。
(たとえば、セラ君の『死の印』で隕石をずらす? ある程度は生き残れるかもしれないけど、それでも大きい被害が出てしまう)
セラフィノに刻まれた、死を回避する『死の印』は本人以外には無頓着だ。彼を盾にすれば隕石は大きく狙いを外すだろうが、それはただ被害を被る場所が変わるだけを意味する。
(メテオ……メテオライト……隕石……そうか)
今、空の亀裂を広げてこちらに降りようとしてる赤熱した光は、『隕石』だ。
もしかしたらどうにかできるかもしれないと、テオは腰に下げていたツルハシを手にとり、強く握りしめた。
赤く光る巨岩は、亀裂を離れて迫りつつある。
「何を……考えているの?」
セラフィノが恐る恐る、震える声でたずねる。
「セラくん、俺はアレを壊すよ。だけど……うまくいくかは分からない。失敗したらひどいことになるかもしれない。そのときは……ごめん、だけどそれしか言えないや、ははは」
「待っ……!」
力なく笑うテオを止めることもできず、彼が星空の中にある隕石へ向けて飛び上がるのを見送ることしかできなかった。
魔力は尽きている、が、万全であったとしても『イミテーション・ブラック』以外に隕石を止める魔法はない。
ならば、狙うは物理的な破壊。『採掘王のダイヤモンドツルハシ』ならば、その可能性を持つ特性があった。
飛び上がる勢いと迫ってくる勢いで、ぐんぐんと赤熱した隕石が近づいてくる。絶対に成功するとは限らない。それでも。
ノベラポートの町が危機を迎えている、セラフィノに懇願された。そして、ここには仲間たちがいる。
「大丈夫、このツルハシなら」
目前まで隕石が迫る。空中でツルハシを振りかぶり、思い切り振りぬいた。
王武器にはそれぞれ、固有の特別な能力がある。たとえば、『不死王の永遠なる焼き鏝』ならば、他人に不死をもたらす『死の印』を付与するといったものだ。
では、『採掘王のダイヤモンドツルハシ』はどんな固有能力を持っているか。それは、「岩石を破壊したとき、その内部にランダムな“採掘物”を生成する」というものだ。
これは、一部分でも破壊できればその内部がすべて変換される。洞窟での採掘では案外岩壁にヒビが入っていたりするので洞窟の中すべてが変わるということは少ないが、それでも広範に変化が起きることはままあった。
さて、変換の内容は実にさまざまだ。黄金、宝石、石化金属、魔力結晶などは当たりの部類、鉄鉱石や銅鉱石、単なる石ころ……というのがハズレとして出てくるが、めったに引かない、最悪中の最悪のハズレがある。
可燃性ガスだ。
うっかり無対策で大量のこれを引いてしまうと、岩から吹き出た可燃性ガスが何かの拍子で引火、爆発を引き起こし、さらには酸素を消費して酸欠空間を作り出してしまう。
石ころ程度ならまだしも、洞窟内で岩壁一面を変換してしまうと命の危険が出てくる。爆発、熱、酸欠、崩落とひどい目に会った記憶はテオにとって苦い思い出だ。
もしこれを、巨大な一枚岩、野外で引けばどうなるだろうか。
中にぎっしりと可燃性ガスが詰まった岩塊。それはすでに赤熱しており、かすかな割れ目から吹き出たガスはその高熱に反応して引火、結果として。
大爆発を引き起こした。




