第51話 酔拳
酩酊王を閉じ込めた黒い箱型の結界を引っつかみ、直上めがけて思い切りぶん投げた。
空を覆う氷の天井を突き破り、黒い箱は夜空に吸い込まれていく。
「セラくん、余裕があったらしっかり俺につかまってて」
倒れこんだセラくんには、もうあの青白い炎はまとわりついていない。酩酊王を『ブラックコンテナ』の魔法で隔離したことによって、魔力の繋がりが絶たれたからだ。
(っていうことは、無対策だと酩酊王の魔力が尽きるまでずっと燃えっぱなしなのか……)
そんなことを考えながら、治癒魔法を発動させつつ小脇に抱えるようにセラくんを抱き上げる。僕の使える治癒魔法は触れていないと効果がない。うめきながらもかすかに頷き、抱える僕の手を弱々しくつかんだ。
セラくんを包んだあの炎が一時的な炎上効果の付与であるなら、隔離したところで効果は維持される。無対策では恐ろしい永続効果も、幸運なことに『ブラックコンテナ』の効果で即時中断に持ち込めた。
流れはこちらにある。
(なら、すべきことは……追撃だ!)
セラくんを脇にかかえたまま、ぐっと足に力を込める。
魔法を使うまでもなく、もとの筋力ステータスだけで十分。
地面を思い切り蹴ると、石畳に大きく放射状のひび割れを作りながら体が飛び上がる。
氷の天井に開いた穴が迫り、すぐに夜空の下に出ることができた。
ヘルさんが作り上げた氷のドームの屋根にあたる部分に上手いこと着地する。踏んだだけで割れるような薄氷でなくてよかった。さすがはヘルさんだ。
「さて、と」
星の瞬く夜空に、不自然な黒を見つける。先に放り投げた酩酊王入りの『ブラックコンテナ』が、勢いを失って落下してきている。
そろそろ『ブラックコンテナ』の耐久値が限界を迎えるはずだ。箱が空気を入れた風船のように内側から
膨らみ、破裂した。
中空に漂う破片を蹴り、酩酊王がこちらに向かって突進してくる。
酩酊王は意外にも、素手での掌打を放ってきた。即座にその腕めがけて上から握りこぶしをぶつけ、下方向にはじく。
これで体勢を崩してくれればよかったけど、そうはいかない。目前に迫る氷に逆の手をつくと、それだけで僕らから大きく距離を取った。
「なるほど、『気功使い』か」
「おさけの席で危ないものは持っちゃダメだから~。ん~、なんていうのかな~……無粋?」
「君の素手なら武器を持つより危ないんじゃないかな」
「ふふふっ、ありがと~。ほめられるの、嬉しい」
両手で頬を押さえ、ふるふると首を振る。ちらっと僕を見る。
「もっと褒めて」
「……すごいよ、弾いた手がまだしびれてる」
「にへへ、嬉しいな……嬉しいから、わたしの『酔拳』もっとみせたげる」
また突進。バカ正直な真正面からの、再び放たれる同じ掌打に、僕は右手の拳を握り締めて打ち返した。
手と手が触れ合う瞬間、不釣合いなほどの衝撃と音が巻き起こり、お互いが弾かれる。
「いたたぁ……やっぱり採掘王は力が強いね」
酩酊王の手はだらりとぶら下がり、それ以上動かせないように見えた。
素手で戦う者の腕を機能不全に追いやった、それは彼女を倒す一歩手前まで追い詰めたことになる。
しかし……。
「て、テオ……その、うで、は……!」
脇に抱えてヒールをかけ続けているセラくんが、信じられないものを見たように息を呑む。
僕の右腕は、指先から肩に至るまで、まるで内側から爆発したようにズタボロになっていた。
ズキズキと痛むたびに、無数についた傷口からぱたぱたと血が滴り落ち、すぐに大きな血溜りを作る。
「これは、『破裂功』……相手の力を利用、というかそのまま爆発させる技だ。力が強い者ほどこの技に弱い。……まいったな、こんなに痛いなんて」
この技の特徴は、筋力や耐久といった肉体寄りのステータスに依存して威力が変動することだ。それらのステータスが高ければ高いほど威力を増し、防具による軽減を無視する。
僕は超高レベルかつ筋力にも耐久にも多くステータスを割り振っているために、おそらくはほぼ理想のダメージをたたき出しているはずだ。
……いや、これをもし『採掘王のダイヤモンドツルハシ』で受けていれば、その攻撃力も上乗せされて片腕が無くなっていたかもしれない。
叫びだしたいほどの痛みとは裏腹に、頭は冷えていくようだ。自身が幸運だったことに気づき、そうでなかった場合を想像してぞっとする。
「テオ、僕はいいから自分にヒールを!」
「そう……だね、ごめん。少し離れてて」
セラくんを氷の上におろし、手の先から肩までを手でなぞる。完全な治癒は望めないけど、一応の止血は出来た。
しかしながら、痛みと痺れでまともに動かすのもやっとだ。
「んー、採掘王は力が強いからー、どうしよっかな。あ、そうだ! こういうのはどうかなぁ?」
すぅ、と一呼吸置くと、酩酊王の体から光が溢れ出る。
「嘘だろ……」
これは『オーラ:硬気功』だ。外的なダメージを7割から9割軽減する。外的なダメージというのは、物理・魔法を問わず、あらゆる外部からの攻撃を指す。
「ふふふ、これでもう負けないよ」
余裕の笑みを浮かべ、こちらに歩いてくる酩酊王にどうやって対処すべきか。ツルハシと強化魔法を使って筋力と攻撃力を高めてゴリ押すか? それとも……セラくんの解毒スキルが酩酊王の影響も取り除けることを祈って彼を解毒に回らせ、少しでも町の人を助けるか?
いや、どちらも現実的じゃない。これ以上ステータスを上げれば『破裂功』での確殺圏内に入ってしまうし、一人ずつ解毒して回るのは非効率だ。くそっ、せっかくセラくんが解毒スキルを持っているのに……。
「……ん」
ふと思いついたことがある。すべてをセラくんに丸投げしてしまう形になってしまうし、なぜそれをセラくん自身が言わないのか分からないけど、彼からどうにか聞き出せれば勝機はある。
「セラくん!」
歩み寄る酩酊王から目は離さずに、氷の上に倒れるセラくんに声をかけた。ヒールを中断したから、まだひどい火傷が回復しきっていないために動けそうにない。
「……“どれくらいかかりそう”!?」
もしセラ君が意図的に情報を伏せているなら、おおっぴらに聞くわけにもいかない。悩んだ挙句、伝わるかどうかも分からない聞き方をしてしまった。
けど。
「分からない! でも多分成功している! テオ、あとはお願い!」
通じた。そして、過去のセラくんは上手くやってくれていたみたいだ。
「残念だったな酩酊王、もう俺たちの勝ちだ」
「ふーん、どうやって勝つの?」
目前まで来た酩酊王が歩みを止め、先ほどと同じように『破裂功』を、今度は逆の手で放ってきた。
痛む右手を何とか動かし、迫る酩酊王の手にぶつけると。
ぱぁん! と破裂音が鳴り響いた。




