第50話 酩酊王
「そう、そうなの。わたしは酩酊王、ザルカンレティア。この街を酔い潰しにきたの」
酩酊王、彼女は確かにそう言った。
事実がそうであるなら、彼女は浸食王と同じ災害の化身ということになる。
酩酊……この街の現状を見て考えれば、人々に中毒症状を引き起こして殺害するつもりだろうか。
この楽しげに微笑む、華奢な少女が。
「あー、酩酊王……さん」
「むむぅ?」
浸食王も会話自体はできたし、この酩酊王とも言葉は通じるみたいだ。なんとか交渉して撤退してもらえば、危険視されている僕の立場も良くなるかもしれない。
それに、可愛らしい少女の外見をしている相手と戦うなんて、とてもじゃないが出来そうにない。
そう思って声をかけたら、とろんとした目で僕を見て、ずずいと近寄ってきた。甘い匂いが濃く鼻先をかすめる。
「あなた、採掘王? こんなところで奇遇~なの、どうしてここに?」
「人間の味方をしに。俺も人間だからね」
「ふんふん、ますます奇遇なの。わたしも人間大好き!」
ぱぁっと笑顔になり、ぴょんぴょんと僕から離れるように跳ねながら両手を広げてくるくる回る。
「ならなぜこんなことを?」
「んー?」
僕に背を向けたタイミングでぴたりと止まった。人差し指を唇にあて、首をかしげながら振り返る。
「お酒って、ふわふわ~で気持ちよくて、楽しいの。だから、大好きな人間に、おすそ分け?」
にこりと笑う赤い瞳は、自身のしていることに何の疑いも持っていなかった。
氷に覆われた街が、いまさら冷え込むような気分だ。
「それならもう十分だ、これ以上はみんな死んでしまう」
「え? それがどうかしたの? 気持ちよくて楽しくて死ぬのなんて、最高に幸せ~じゃないかな」
相も変わらず、その笑みは楽しげに優しげに、甘ったるい。
「テオッ! ダメだ、戦うしかない!」
セラくんが叫ぶ。少女と相対してためらう僕に向けて。
「これは災害そのものだ! 僕らが今、この“ヒト”と戦わなければみんなが死んでしまう!」
一足飛びに切り込み、少女の喉元から鮮血が飛ぶ。血の色は人間そのものだ。
「無粋なの。楽しいお酒の席でぼうりょくは~、ダメ」
上着を真っ赤に染めながらも、左手で自分の首を押さえた少女は、空いているほうの手でセラくんを指差す。指先にポッと青白い火が灯ると、同じ色の炎でセラくんの全身が燃え上がった。
すぐさま転がり鎮火を試みるが、炎は粘りつくように消えず離れない。それでも死の印の効力によって、頭から胸部にかけては不自然に火が避けている。この炎で彼が死んでしまうことはない。
想像もできないだろう苦痛の中で、セラくんはふたたび立ち上がり、鋭い目で酩酊王をにらみつけた。
「この……程度じゃ、死ねないな。お前がッ、諦めるまで……切り刻んで、やる……!」
「ウーツナイフ……まだ製法が残ってたんだ~。しかもそのマーク……不死王もいるの」
少女はいつの間にか手に持っていた酒瓶のコルクを指ではじいて、自身の傷にふりかける。完治とまではいかないが、大体の出血は止まったように見えた。
「困った~……わたしは、楽しくふわふわ~になりたいだけなのに」
セラくんが陽炎のように揺らめき、かき消えた。
瞬きの間に少女の背後に回り、その白い首に、今度は刀身すべてをめり込ませるようにナイフを突き立てた。
「っ、けほっ! けほっ! ……いたい~お返し!」
ナイフを握る手を捕まえ、片手でセラくんを地面に叩きつける。嫌な音と共に石畳が割れ、血と破片が放射状に飛び散る。
「かはっ! ぐ、げほっ」
「まだしなない。難しいね」
首に刺さったままだったナイフを引き抜き、いまだ青く燃え盛るセラくんの頭のそばに座り込む。
逆手にナイフを握り、仕返しといわんばかりに喉へ振り下ろす。
ナイフは、割れた石畳に深く突き立てられた。
「……ふーん。採掘王はわたしの邪魔したいんだ?」
しゃがみこんだ姿勢のまま、僕を見る。セラくんの首根っこをつかんで距離を取った僕を。
「酩酊王がちょっと……ためらう外見してるから、動けずにいた。後悔してるよ」
この子の残虐性は本物だ。ためらいなく人間を燃やし、地面に叩きつけ、ナイフを突き刺そうとした。
甘い考えは捨てなければ。言葉が通じて、少女の姿をしているからといって、危険でないということはないんだ。セラくんだって、彼女に襲い掛かったのは彼が冷徹だからじゃない。
温厚だからこそ、彼は酩酊王に立ち向かったんじゃないか。
魔力の風が髪をなびかせる。砂塵を巻き込んで上昇気流が起こった。
「時間も残り少ない。俺も本気で行くよ、酩酊王」
「他の王と腕比べなんて久しぶり、楽しもうね」
「いや、すぐ終わる」
真っ黒な、のっぺりとした正方形の板が彼女を取り囲むように現れる。
それは彼女を閉じ込め、1メートル四方の黒い完全な立方体を作った。
ランク8魔法『ブラックコンテナ』……強力な黒いシールドを箱型にし、相手を閉じ込める魔法だ。外部と内部は完全に遮断され、シールドが維持されている限りお互いどんな影響も与え合うことができない。
ずしりと重い黒い箱を両手で持ち上げると、少し考える。よし。
「どっせえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」
真上に向けて、思いっきりぶん投げた。




