第47話 異変
ヒトガタの魔物を退けてからは、とくに何事もなく船旅は続いた。
アルマさんは釣りにハマったようで、甲板に出ると良く姿を見かけた。暇つぶしを見つけられなかったときは、僕らもそれに付き合った。
竿のしなりを感じるのが良いと言って、じっと先端を見つめていたのは少し心配になったけどね。
それはさておき、ヘリオアンを出発してから二十日ほどをかけて昼、王都の衛星都市であるノベラポートへ到着することができた。王都に近いだけあって、ヘリオアン以上の活気がある町だ。発展にどんな背景を持つのかわからないけど、ヘリオアンと違って建物は統一されておらず、少し雑多な印象を受ける。
船を降りて、久しぶりの地面……石造りの埠頭を踏みしめると、まだ波に揺られているような感覚が襲ってくる。
「ほ……なんだか、地面が揺れてる気分です」
「あらあら、アルマちゃん大丈夫? 私に捕まる余裕はあるかしら」
「いえ、平気です、歩けます」
やや青い顔で歩き出そうとするアルマさんを、ヘルさんはそっと手をつないで支えた。
「セラくんは平気?」
「うん、僕は大丈夫だよ。それより……」
ちらりと見やったその先には、アルマさん以上によろめきながら刀を杖にしたツバキ。
「うらぁ~、ちょっと座らせて欲しいでござる。テオ殿~リカバリ系の魔法持ってないでござるか……?」
「殴りウィザードにそういうの求められても……予想される状態異常は対策しておくのが基本だろ」
「どこぞのリボン持ちならまだしも、全部に対策は現実的ではござらん。普通は致命的なものを優先して取捨選択せざるを得ないでござるよ」
リボン持ちというのは、大半あるいは全部の状態異常に耐性を持つ装備を持つ人を指す言葉だ。それらが実際にリボンの形をしているわけではないけど、なぜかそう呼ばれる。
リボン持ちでない人は、特定の状態異常を無効化する装備などで対策をする。ゲーム世界では多種多様な異常効果があったけど、一つの地域ではせいぜい数種類なので問題なく戦えた。
その効果が戦闘において致命的なためによく対策されているのは、目潰し、魔法封じ、足止め、気絶、凍結あたりか。このあたりはツバキも無効化手段を用意しているはずだけど、さすがに酔いに対しては無防備みたいだ。
「解毒なら使えるけど、一応試してみるね?」
「おお……かたじけない」
セラくんが老人のように腰を曲げて刀に寄りかかったツバキの額に手をかざすと、優しげな魔力の風がふわりと沸き起こった。……が、相変わらず具合が悪そうな顔のままだ。
「やっぱり解毒じゃダメかぁ」
「そんなぁ」
「とりあえず荷物を置いて休憩しようか。宿屋はあっちのほうに固まってるよ」
「ちょ、ちょっと待って、少しだけ座らせて……」
セラくんが指差す方向に歩いていこうとするけど、ツバキはもうそんな余裕すらないのか、地面に座り込んでしまった。しょうがないな。
「よっと」
「ひきゃっ!?」
「セラくん、先導してくれる?」
「いいよ、こっち」
まるでお姫様を抱きかかえるようにツバキを持ち上げて、セラくんに導かれるまま歩き出す。
「て、テオ、まって、なにしてるの。これ」
あわあわと動揺した声が上がるけど、構わず歩き続ける。
「この人数で固まってたら邪魔になりそうだったからね、俺が運ぶからちょっと我慢してよ」
「我慢っていうか……その、これ……あうぅ」
抱っこされて街中を歩かれるのがよほど恥ずかしいのか、耳まで真っ赤に染まっている。ござる口調で喋ったりするくせに、こういうところは照れ屋だったりするんだな。
とりあえず適当な宿を見繕って部屋を借りた。ヘルさんは到着したことを知らせるためにいったん冒険者ギルドへと出かけたが、戻ってくると明日の昼過ぎに王都行きになったと告げた。
この世界では宿屋の半地下に食堂があることが多いらしい。しばらく休んで酔いもさめたところで夕食だ。いくつかの大皿を注文して、丸テーブルを5人で囲んでの食事が始まった。
「そういえばセラくんはこの町に来たことあるの? 詳しいみたいだったけど」
「うん、一応貴族だったから王都に用事があったりして何度かね」
「その用事が何なのかは聞かないでおくよ」
貴族専門の暗殺一族が王都に用事、なんて考えたらせっかくの絶品料理の味が消えてしまいそうだ。
テーブルに並んだ料理は大体魚介類を煮たり茹でたりというものだ。食材の種類は偏っているけど、どれも違う味付けでおいしい。
アルマさんもヘリオアンとはまた違った魚介料理に大興奮のようで、どの料理も少しずつ小皿にとった結果とんでもない量になっている。今はまだ目の前の試練に気づいてないみたいだけど、食べきれるといいね。
「この果実水なんでござろう、さっぱりしてていいでござるなー」
「イェトの実ね、町から少し離れたところに果樹園があったはず。特産地なのよ」
少し心配していたツバキも、今はもう平気みたいだ。ほっと一安心。
大皿の何枚かを空けて重ねると、それを下げに来た店員がフルーツの盛り合わせをどかっとテーブルに置いた。
「お客さん、魚ばっか食ってるとエラが出来ちまいますよ。こいつは俺の奢りです」
若いさわやかな青年の店員が、にかっと笑った。
「ありがとう、どれも美味しくてついね」
「おっ、それは嬉しいねぇ。次もまたサービスするから贔屓にしてください」
みんなも口々にお礼の言葉を口にする。店員は嬉しそうにしながら、軽く手を振って仕事に戻っていった。
それにしてもとんでもない量だ、注文した料理と合わせて食べきるには少し時間がかかるかも。
「こんなに山盛りなんて、随分気前のいい店員さんだね」
「俺もそう思う、さっぱりして美味しいから食べ切れそうだけど」
そんなことをセラくんと言い合いながら少しずつ食べていく。おいしい。
「テオ殿ほんと、拙者に対してもうちょっと優しくならんでござるかなー」
「あらあら、お姫様抱っこなんていいじゃない。羨ましいわ」
僕が同じ食卓を囲んでいるのが見えていないのか、ツバキがおおっぴらにダメ出しを始めた。いや、実際のところ、まだサムルァイって名前で男キャラ使ってたときのイメージが抜けなくて接し方に戸惑うんだよ。
「私、私はおんぶされました。お姫様抱っこはきっと特別扱いですよ」
「ほあっ!? おんぶでござるか……尻を触りつつ背中におっぱいを感じる欲張りセットでござるな」
「あらあら、テオさんってば意外と……うふふ」
「最近、露出じゃなくて普通に女体を見たり触ったりするのが好きなんじゃないかって思えてきました」
「はっ、そうだ、アルマ殿! 今日こそはお尻を」
「ダメです」
「そんなぁ」
「あらあら、ツバキちゃんってば今日も玉砕ね」
「くぅーっ、店主ー! このあたりの地酒を適当にジョッキ一杯!」
「あいよー!」
女の子3人組の会話が次第にヒートアップしていく。しかし、なにか様子がおかしいような……?
「そもそも私はテオさんのものなので、テオさんからの許可がなかったらテオさん以外に触らせたりしません、ふふふ」
「あらあら、テオさんってばえっちなのね」
「へい、果実酒お待ち!」
「おー、かたじけない!」
アルマさんもいつもの三白眼がやけに据わっているように見えるし、ヘルさんは固まったようにニコニコ同じ表情だ。
気づけば、食堂の他の客たちも食事というよりは宴会のような盛り上がりを見せている。誰も彼もが酔っ払ったようにげらげらと笑い、手を叩いて大はしゃぎしている。
「んっく、んっく、ぷはっ。テオ~……もうちょっと私に優しくしてよぉ」
注文した酒を一気飲みしたツバキが、甘えるようにしなだれかかってくる。肩に胸が……わざと当ててるみたいだ。
「ほらほら~女の子なんだよ、ちやほやしようよ~」
「いや、あの」
長い付き合いの友人が、急に女の子であることを押し当てるようになってしまったのは戸惑いが大きい。
アバターを自由に作れるという都合上、性別を偽るのはよくある話だけど、まさかよりにもよってあのござる口調のサムライロールプレイが女の子だなんて思ってもみなかった。そして、女の子だからと言って態度を変えては、以前からの友情に亀裂が入るような気もしていた。
「テオさん、私らら命じてくださればいつれも」
にゅっと背後にアルマさんが立つ、その声は少し呂律が怪しい。
「アルマさんを奴隷から解放するね、君はもう自由だよ」
「そんなっ」
「あらあら」
がっくりと背後でうなだれる気配。それを見て笑うヘルさんも、僕にしなだれかかるツバキも顔が赤い。ちらりとアルマさんを確認すると、同じように耳まで真っ赤だ。
やっぱりおかしい、何故かみんなひどく酔っ払ったみたいになっている。
「テオ」
「セラくんはなんともないの?」
セラくんが椅子を寄せて耳打ちする。僕もツバキを押しのけながら、声を潜めて返した。
「うん、テオがどうして平気かはわからないけど、なんとなく何かが起きてるってわかってきた」
「俺は気体と液体からの毒を受け付けない加護があるからね、セラくんは……」
洞窟に潜って採掘していると、時折毒ガスや汚染された液体に遭遇することがある。これらを受け付けないために、僕はすべての状態異常を防ぐ『マライア・ルール』という指輪を所持していた。ヘリオアンのそーこちゃんに引き出してもらった本気装備のうちの一つだ。ツバキの言うリボン持ちとは、僕のことでもある。
一方でセラくんはそういった物品を所持してはいないはず。それでいてこの異変を無効化している理由として考えられるのは。
考えられるのは。
「おそらく、僕に刻まれた『死の印』がこの異常を無効化しているね。そして『死の印』が無効化するのは致死性のものだけ……」
さっき果物を奢ってくれた店員を見やる、彼も顔を赤くして、ふらつきながら料理を運んでいる。セラくんと自分を除いた誰もが酔っ払ったような状態に陥っている。
「これを放っておくと、恐らくみんな死んでしまう」
真剣な顔で頷き合う、そして二人で椅子から立ち上がった。




