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第46話 決意

 完全に気が緩んでいたと言わざるを得ない。


 決して素早いわけではなかったけど、あまりに唐突だったために何の抵抗もできず押し倒されてしまった。


「なっ、何を……」


「ふふ、油断大敵よ」


 むに、と柔らかくのしかかられ、耳元でささやかれる。ひええ…ぞくぞくする。


 実際のところ、この人ほどの実力者相手であっても力比べでは負けようがない。それでも本気で押しのけようとすればたやすく物や船を壊してしまう可能性があるし、ヘルさんがどこかを強く打ちつけることもわずかながらあり得る。


 彼女に害意がない以上、怪我させたり壊したりということは避けたかった。


「口裏だけ合わせるという話では……?」


「気が変わったの。協力を仰ぐ以上、見返りに何かおいしい思いができると示す必要があるでしょう?」


「そういうことはしたくないってさっき言ってたばっかりじゃないですか!」


「相手にお願いするばかりで、自分がしたくないことはしないなんて自分勝手だわ」


「お、俺もこんなこと望んでは」


 胸板にあわせるように柔らかい二つの肉がゆっくりと押し付けられ、形を変えていく。その、自分の形に合わせて変形する柔らかさに言葉尻が消えていく。


 いやだめだ。ここはなんとしても拒否しなければ。口裏を合わせるだけで済むところを、わざわざやる必要はない。


 魔法は……魔力切れがずっと続いていて使えない。力での抵抗は細心の注意を払うべきだ。


 魔法で強化したAクラス冒険者よりも強い細腕を、慎重に力を込めながら握り、引き剥がす。


「くっ……やっぱり、そうよね。単純な力なら、ツバキちゃん以外に負けたことなかったのに」


 ギシギシとベッドを揺らしながら、少しずつ体を起こしていく。お互いの力がほぼ拮抗する中、やがて立場は逆転した。


 仰向けになったヘルさんにのしかかるように、白く細い腕をつかんで押し倒している。


「はぁ、はぁ、一体、何がしたいんです」


「半端な口約束では不安なの。だってそうでしょう? これは大勢の命がかかっているのだから」


「ですから、俺は他人に危害を加えるつもりなんてありません。それをわかってもらうために今王都へ向かっているのではないですか」


「違うわ、危険なのはあなたではない。彼らはあなたを他の危険な……彼らが異常戦力と呼ぶ存在たちにぶつけようとしている」


「異常戦力、ですか」


 その言葉は何度か出てきた。確か僕もその一つに数えられていると言っていたか。


「冒険者ギルドによって感知されているのは、先日倒した浸食王を外して8種。私とツバキちゃん、それにあなたもその一角だけど、残りの5種は敵対的だと言われているわ」


「その5種を倒せと」


「あるいは未発見のものも含めてさらに、ってところかしら。浸食王以上の戦力を持つと推定されるのもあるから、いくらあなたでも危険よね」


 浸食王。僕に大打撃を与えた存在。それに肩を並べる強さ。


「……いや? いけそうな気がする」


 あの時は装備の大半を失った状態だったけど、今は万全だ。なぜか魔力が回復しないままだけど、それも回復薬で解決できている。


「それに、ツバキやヘルさん、アルマさんにセラくんがいれば、大体なんとかなるんじゃないかな」


 みんなが力を貸してくれるなら、今となっては浸食王だって問題にならない。


「……わ、私も仲間として扱うの?」


 目を丸くして驚かれた。


「冒険者ギルドの成り立ちと、そこでのヘルさんの役職を考えたらそうかなって。何かに挑むことになったら助けてくれないかな」


「……ふふ、ふふふふ。おかしな人、これじゃあ立場が逆だわ。私が頼みにきたのに」


「流されてるばっかりだから、思い切って流れる方向に泳いでみようかと思った結果です」


「誓うわ、あなたとの共闘を……ところで」


「何です?」


 ぽっと顔を赤らめ、目を背けて。


「これから私、何をされてしまうのでしょう?」


 そういえばヘルさんを押し倒したままの姿勢だった。慌てて手を離し、部屋の壁にぶつかりながらも体をどかす。


「す、すすすすみません! 抵抗しようとしたらこうなったというか、ヘルさんを怖がらせるつもりなんてなくて、いや、すみません!」


 言い訳も謝罪の言葉も会心と程遠いけど、ヘルさんはまったく気にせず体を起こして少し着崩れたのを直すと、ふわりと立ち上がった。


「最後に一つ、彼らも一枚岩ではないわ。一番偉い人があなたを味方にしようとしているからであって、何かが変われば一気に扱いが反転することだってありえる」


「それは、また俺が命を狙われる可能性があるということですか?」


「あなただけではないのかも。とにかく彼らの前では無害を装って、それだけ」


 ヘルさんが部屋を出ていくのを、壁にはりついた姿勢のまま見送る。ずる、と滑り落ちて、今のやりとりの意味を考えた。


 ツバキ……は大丈夫だとして、アルマさんやセラくんが、この国に深く根付いた組織に命を狙われるとしたら。


 恐ろしい話だ、カルメヤ村に戻れば村の人だって危険に晒してしまう。国のどこにも安息の地はなくなり、絶望的な旅路を往くことになるのかも。


 いや、悲観的になるな。僕が危険じゃないことを証明して、強い魔物をやっつけて、力を示せばいい。


 そしてこの国で成り上がれば、きっと、きっと現実ではありえなかった、穏やかな山村での、ささやかな幸せに包まれた生活ができるはずだ。


「やってやろうじゃないか、採掘ウィザードをナメるなよ」


 僕は静かに、冒険者ギルドの上層部へ闘争心を燃やすのだった。

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