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第45話 船室での会話


「はぁっ、はぁっ……ふー」


「ぜぇぜぇ、逃げ、切れましたかね」


「けっ……きょく、20体くらい倒したでござるな……」


 甲板の上で誰もが息を切らしてへたり込む。


 ヒトガタの魔物はバタフライ泳法のくせに妙に泳ぐスピードが速く、なんどか追いつかれては撃退するのを繰り返してやっと振り切ることができた。


「ふぅ、助かったぜ。慣れた航路のはずだったが、あんな見たこともないような魔物がいたなんてな」


「船長」


「船員一同に代わってお礼申し上げる。ありがとう」


 海の荒くれ者とは到底思えない見事な一礼に、へたり込んではいられず座りなおす。


「さて、これから破損箇所の応急修理がある。しばらく慌ただしいが、各自の部屋で待っていてくれるか」


「あはは……わかりました」


 あちこちが壊れた甲板を見やり、思わず苦笑いが出てしまった。


 何とかヒトガタの魔物を振り切ったがまだ安心は出来ないということで、夜になっても魔法動力による航行が続けられている。


 船といえば一部屋に数人を押し込めるようなイメージがあったけど、気を使ってくれたのかな? 僕らには特別に狭いながらも個室が与えられていた。


 ベッドと一人用のテーブル、それと椅子でぎゅうぎゅう詰めだけど、それでも破格な扱いだということは廊下から見える船員たちの部屋を見る限り明らかだ。


 もう寝静まってもいい時間帯なのに、廊下は時折誰かの足音が通る。修理に警戒に航行にと、いつも以上に大忙しなのだろう。


 それでも気を使ってくれているのが分かるのでうるさいとは思わないけど、ここまで忙しそうにしている中で眠るのは気まずい。手伝いを何度か申し出てみたもののすべて断られてしまったし、用もなく船内をうろついては邪魔だろうし、本当に寝る以外の選択肢がないことは分かっているのだけど。


 ふと、きしきしとわずかな足音が部屋に近づいてきていることに気づいた。


「ごめんください、テオさん。起きてるかしら?」


 控えめなノックとともにドアの向こうから声がかかる。どうやらヘルさんだ。


「はーい、どうしまっ……うぇ!?」


「あら? 何かしら」


「い、いえ……何でも」


 船の狭さからドアを開けたらすぐ目の前にヘルさんがいて、その胸元を間近で見下ろすことになった。上から見ると、それがどれだけ前に出ているのか分かって驚く。


 どうしてこの人はこんなに胸元を開けてるんだ。簡素な寝巻きから覗く北半球のしっとりとした肌は、白くきめが細かい。


「少しお邪魔してもいいかしら?」


「え? あ、ああはい、どうぞ!」


 慌てて目をそらして、部屋へと入れてドアを閉じる。いや、待て、何やってんだ僕は。女性をこんな狭い、しかも男が一人いるだけの部屋に入れてしまうなんて。


「暑いですね、ドアを開けましょうか」


「あら? じゃあ少し冷やしてあげる」


 ドアを開けようと触れた金属製のドアノブは、まるでそれがはじめから単なる装飾であったかのようにぴくりとも動かなくなった。


「なっ」


 さらに、汗ばみながらドアノブを掴んでいた手が氷に触れたように張り付きかけていて、急いで離さざるを得なかった。


「どうかしら、これで冷えた?」


「肝が凍りそうなほど冷えてますよ」


 霜の降りた手を揉んで暖めながらベッドに戻って座り、ヘルさんに椅子を引いた。部屋が狭いせいで、膝がぶつかりそうだ。


「……思ったより警戒しないのね、命を狙われていたっていうのに」


「最初から殺意がなかったことは分かってますから。むしろあえて失敗して助けようとしていたんでしょう?」


「助けようとしていただなんて恥ずかしいわ、結局のところそれが空回りするほどにあなたは強かったんですもの」


「仲間に恵まれました、あの時の俺は力の大半を行使できない状況でしたから」


 装備が整っていた場合ならまだしも、あの状況で浸食王を一人で討伐などありえないことだ。


「今はそうじゃないんでしょう? まるで赤子が大人を守ろうとするような滑稽さだわ……それで」


「はい」


「ご機嫌取りのつもりなのか、色仕掛けをしてこいって言われてるのよね」


「はいぃ!?」


 いきなりとんでもないことを言い出したな。しかも色仕掛けって言ってしまっていいのだろうか。


「お料理に媚薬を仕込んだり、釣り中にそういう機会を狙ったのだけど、どうしても上手くいかなくて」


「料理にいたっては媚薬どうのこうの言ってられない状況になりましたからね、何やったんですか」


「変よね、普通にお料理したはずなのに……媚薬がいけなかったのかしら?」


「……」


 人に飲ませるタイプの媚薬が、食品に反応してあんな変容を遂げるとは思えない。ツバキも二度と料理をするなと言っていたし、ヘルさんの召喚術的料理技術は自前のものだろう。


「それはともかく、アルマちゃんにしてたみたいに、私にも何かしてみない?」


「宿屋の中までは見張ってないって話ではありませんでしたか!?」


「ええ、だから宿屋の外から見張らせていたわ」


 とんでもない詭弁が出てくる。見張り員は女性だって言っていたけど、辱めを受けるアルマさんが誰かに見られていたと考えるといたたまれなくなる。カーテンを閉めるくらいすればよかった。


「とはいえ私も雌だから、そういうことは求めてくれる人にされたい。そこで、口裏だけ合わせてもらえないかしら?」


「……つまり、僕がそういうことをしたと嘘をつけばいいと」


「話が早くて助かるわ、どう?」


「なんでまたそんなことを」


「あなたの懐柔が今の最重要任務なのだけど、慣れないことで失敗続きなの。だからもはや頼むしかなくなってしまったのよ」


「うーん、それくらいなら別にいいですけど、どこでボロが出てバレるかわかりませんよ」


 実際にセクハラするよりはずっとましだ、彼女の立場を考えると協力しないのもかわいそうだし。


 こうして正直に話してまで頼んでくる以上、僕もなるべくそれに応えよう。


「……」


 僕の殺害命令といい、色仕掛け命令といい、ヘルさんは故意にその命令を達成しないように振舞っているように思える。深読みのしすぎだろうか。


「ついでに露出狂の誤解も解けるかも?」


「ヘルさんの胸を念入りに揉みしだいたということにしましょう!」


「ふふ、そんなに誤解されるのが嫌なの」


「正直とてもつらいです」


 露出狂は女性が被害に会うイメージが強くて、自分がそういうものと同類に考えられてしまうのは苦いものがある。


「ふーん、それじゃあ、実際はどこが好き?」


「ひぇ?」


 ヘルさんが椅子から腰を浮かし、ベッドに座る僕の肩に触れてそっと押し倒した。

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