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第5話 アルマさんの頼み

 村長宅から帰ると、アルマさんは僕の鉱石が山盛り入った鞄を移動させようと四苦八苦しているところだった。


 筋力値をかなり上げてる僕の限界重量だから、アルマさんでは全力で押しても少ししか動かないみたいだ。なんとなく声をかけずにそのまま眺めていると、押したり引いたり、背中で体重をかけたりいろんな方法でどかそうとしている。


 笑いをこらえながらただいまを言って荷物をどける。耳を少し赤くしたアルマさんは荷物が邪魔で開かなかった戸棚から陶器の深皿を二枚取り出した。


 留守中の僕の荷物を触っていたところを見られたせいか、少し気まずそうにしている。心外だなぁ、僕は泥棒を疑ったりなんてしないのに。


「おかえりなさい。村長は何か言っていましたか?」


「切り分けるのに時間かかってごめんって言ってましたよ。はいこれ」


 クマ肉とその他おすそ分けを渡すと、アルマさんは三白眼で僕をじっと見つめた。


「えーと、な、何……?」


 疑いの目なのか非難の目なのか、よく分からないけど悪いことをした気になってしまいそうだ。


「何でもありません。もうすぐ食事ができますので待っていてください」


 ぷいと顔をそらし、食事の用意にとりかかってしまった。何か言いたいことでもあったのかな。


「あ! 何か手伝うこ」


「ありません」


 言いかけた瞬間に否定されてしまった。うーん、おとなしく待ってよう。


 部屋に上がりこんで座ると、かまどで作業するアルマさんをぼんやり眺める。


 その後ろ姿はてきぱきとしていて、きっとおいしい料理が出来上がるんだろうなあと期待させてくれた。


 クマ肉入りのしっかり煮込んだ野菜スープは、味もいい感じの酸味と肉の旨味でとてもおいしかった。


 主食と副菜といった概念は無いみたいで、クマ肉入りスープと塩を振って焼いただけのクマ肉ステーキが今日の晩御飯のようだ。クマ肉がダブってるけどあんなに大きな塊で渡されたんだからしょうがない。

どっちもおいしいからこれで良いんだ。僕は時間をかけて食事を楽しんだ。


 栄養失調になる可能性からVVVRでは満腹感は得られないようになっていたけど、食べ終わった僕は幸せな満足感を得ていた。何かをこんなにお腹いっぱい食べられるのは、こんなにも幸福なんだ。


「あなたは私の恩人です」


 僕が食べ終えた料理を賞賛しながら他愛の無い雑談を振って親交を深めようとしていると、アルマさんは唐突に言い出した。


「私たちが今食べているこの熊は、私より素早くて力が強かった。きっとあの時私はこの熊に狙われていたんでしょう」


「僕が奇声を上げてたから寄ってきてしまったのかも」


 口を挟んだけどアルマさんは無視して。


「あなたがいなくては私はこの熊に食べられていたでしょう、だからあなたは私の命の恩人なんです。不本意なことに」


 ジト目が僕をにらんでくる。いや、この人はもとからこういう眼なんだ、きっとにらんでるつもりなんてない。


「えと、それで」


「恩人にまた助けを請うのも情けない話ですが、どうしても聞いて欲しいお願いがあるのです」


 きっと先に言って引っ込めた「ゴーレムを倒してほしい」というお願いだろう。僕もやっと信頼されたんだね、うれしいなぁ。


「あなたの持っている……石化銅(せっかどう)を譲って欲しいのです」


「……へ?」


 予想していたお願いとはだいぶ違うものが来た。僕は思わず間抜けな声を出してしまう。


「すみません。漁るつもりはなかったのですが、あなたの荷物の中に石化銅があるのを見つけてしまって……石化銅さえあれば、私は」


石化鋼鉄(せっかこうてつ)のゴーレムを倒せるって?」


 さえぎって僕が言う。この人は僕に頼るのではなく、自分で戦うことを選んだ。少し削れたと思った壁はまだ分厚いまま僕とアルマさんの間にあったんだ。


「……アレを見にいったんですか」


「カルメヤ村に居座っているあのゴーレムは黒みのかかった石化金属ゴーレムだった。おそらく材質は石化鋼鉄……石化金属ゴーレムの推定5位だ」


 VVVRに登場する『石化金属』という素材系統は、元々魔力を含む金属が“魔力が高まりすぎたために石化してしまった”金属だ。あふれ出た魔力が石化の魔法としてその全体に作用し、石で金属という不思議な状態をつくりだす。……ということがプレイヤーの研究で明らかになっている。


 魔法による石化はそこいらの石ころと比べて物理的な破壊が難しいという特性を持っており、さらにあふれ出る魔力があらゆるダメージを軽減するオーラとなっている。


 単純な物理攻撃による破壊は難しく、基本的に魔法か強い魔力を(まと)った武器での撃破が主流だ。


 石化金属製の武器はまさしくその強い魔力を纏った武器で、石化金属ゴーレムの防護オーラを破って致命的なダメージを与えることができるものの、素材の入手と加工の難しさから非常に高価になる。


「もちろん石化銅の価値はわかっているつもりです。必ずお礼はお支払いしますから、どうか譲ってください」


 アルマさんは僕の目をまっすぐ見て、それから床に頭をつけた。ものすごく断りにくいけど、ここでうんと言えば彼女は命を危険に晒してしまう。


「……悪いけど売れないよ。石化銅の武器があっても石化鋼鉄のゴーレムと戦うのはすごく危険だ」


「分かっています、それでも私はアレを倒したいのです」


「倒すっていったって、倒し方分からないとどうしようもないよ」


「一年間観察して習性をいくらか覚えました、勝算はあります」


「そもそも、どうやって武器に加工するの? 石化金属の加工は難しいよ」


「父から矢尻の作り方を学んでいます。弓矢としてなら石化金属でも問題なく武器にできます」


 あちゃ~~この子のジョブはハンター系か~~!


 VVVRではNPCもプレイヤーと同じくジョブが割り当てられている。そして弓矢を使うハンター系ジョブは、ありとあらゆる素材から矢を作るスキルを持っている。消耗品の矢が突然尽きてしまった時のための救済策らしいけど、普通レベル300くらいから加工できるようになる石化金属まで問答無用で矢にできるなんて恵まれすぎじゃないかなぁ。


 仕方ない、嫌われそうだからあんまり言いたくなかったけど最終手段だ。もう僕はこの世界がVVVRみたいに死んでもデスペナルティを支払ってどこかに復活できるなんて思っていない。


「石化銅はとても高価な素材だけど、アルマさんはそれに見合うだけの見返りを持ってるの?」


 僕の言葉に、アルマさんはかすかに震え、悔しそうに息を呑む。それから、ふっと脱力して顔を上げた。


「今、私は石化銅に見合う金品を持っていません」


「なるほど、じゃあ渡すわけには」


「ですから、代わりに今後私はあなたのモノとなり――」


 どきっとした。その瞳に嘘や迷いなどなく、自身の目的のためにはどうなろうと構わないという覚悟が見える。


 この子は本当にいくらか高価なだけの石ころのために、自分を売ろうとしているんだ。


「――あなたの露出を見るということで」


「待って」


「あなたが私の眼前で何を晒そうが決して目を逸らさないことを約束します」


「はいこの話いったんストーップ」


「? なぜです」


 心底不思議そうな顔で小首を傾げられた。僕が露出狂だなんて誤解がこんな真剣な話にまで影響を及ぼすなんて思ってもみなかった。僕は今、VVVRが現実の世界になったこと以上に頭を抱えているかもしれない。


「分かった、言う! 正直に言います! 本当は俺がゴーレムを倒すつもりでした!」


「なっ……! そんな報酬用意できません! あなたは私にどこまでさせるつもりですか!? 露出物を観察したあと感想を言えとでも!?」


「違うって!」


「違う!? じゃあなんですか! 私に露出させるつもりですか!? くっ、いいですよやりましょう!!」


「早まらないで! っていうか早とちりしないで!!」


 真剣な話にバカみたいな話が混ざりこんでどう反応していいかわからなくなる。僕はまずアルマさんを落ち着かせる必要があると思った。


 けどどうやったら落ち着いてくれるんだこの人。錯乱して脱げと言われれば脱ぐほどの勢いだ。


「落ち着いて、ただ俺は人助けがしたくてゴーレムを倒すって言ってるだけだよ」


 病室にいたころの僕とは違う。今は力があり、目の前で困っているこの人を助けることが出来るはずで、それは僕がこの世界に感じている希望だ。


 お互い前のめりになって怒鳴りあっていたので、距離が近づきすぎていたことにいまさら気づいて動揺しかけるけど、照れている場合じゃない。真剣に訴えかけるように彼女の目をじっと見つめた。


「……アレを倒すと言いましたか」


「もちろん、まかせて」


「これを見てもですか」


 アルマさんは立ち上がると、唐突に服を脱ぎはじめた。ちょ、この人錯乱しすぎじゃないかな、いきなり何してるんだ。


 僕はあわてて顔を背けるけど、「いいから見てください」と首を無理やり引っ張られる。アルマさんに抵抗して余りあるほど筋力ステータスは極めてあるけど、なんかこう、有無を言わせない力が働いて見てしまう。いや裸が見たいとかそういうことじゃなくて、背けた顔を無理やり戻されるせいで見てしまうわけで。ほんと。


 僕の顔を両手で挟み込むようにしているせいで、アルマさんの二の腕は白い二つのやわらかお肉をむにぃっと押し上げている。変形しながらも丸みを失わない様子を見ると、かなりのもっちり感がありそうだ。その光景が僕の目からアルマさんの曲げた腕一本分の距離に迫って目を離すことができない。


 すごくドキドキするけど、彼女が見せたいのは自分の谷間じゃないみたいだ。


 胸より下に視線を下ろすと、白くてすべすべのすらりとしたおなかに入った凄惨な模様。


 おへそのすぐ横からわき腹にかけて、何かに抉られたような古傷があった。


 その痛々しい傷跡はまださほど年月を過ぎたようには見えない。


「単なる腕の一振りがかすっただけでこの傷です。いくら頑丈なあなたであっても直撃すれば命はありませんよ」


 下手をうてば死ぬという脅しだ。僕を怖がらせて戦わせまいとしている。


「最初、アルマさんは俺にゴーレムを倒して欲しいって言ったよね」


「失言でした。あんな危険なものにかかわったら死んでしまいます、忘れてください」


「いいや、それならアルマさんだって危ないじゃないか」


 僕の反論に、アルマさんは動じない。疲れたように見えていた眼に死の覚悟が宿っていた。


「私が観察した限り、あのゴーレムは村の中にさえ入らなければ敵意を向けません。また、追いかけてきても村の外には出られないようです」


 VVVRにおいてワールドマップはシームレスに作られているものの、モンスターは設定されたマップを出ることはできない。これは上級者が強いモンスターを初心者のいるマップまで連れて来てMPKする、というような行為を防止するための仕様だ。たまににマップにそぐわない高レベルモンスターが配置されているという例はあるけど、プレイヤー側でそういうことができたら収集がつかなくなるんだろう。


 カルメヤ村に現れた石化鋼鉄のゴーレムは、そこを自身の割り当てられたマップに設定したようだ。


「私なら村の外からゴーレムを射撃できます。どうか……」


 アルマさんはいわゆる“崖撃ち”というテクニックの応用で倒そうとしている。崖の上など敵の射程外かつ移動範囲からも外れた位置から安全に攻撃する方法で、射手や魔法使いがよく使う……NPCは使わないはずだけど、普通の人間なら思いつかないなんてこともないよね。


 僕は山盛りの鉱石の中から、こぶし大ほどの石化銅を取り出してアルマさんの前に置いた。


「この大きさからなら、何本の矢が作れる?」


「8……いえ、10本は」


 10本あればもしかしたらゴーレムを倒せるかもしれない。僕は石化銅をアルマさんに譲ることにした。


「一応俺も同行するよ、お代は……そうだな、ゴーレムを倒した後の残骸でどう?」


 見返りを何か要求しておかないと、また僕が露出趣味の扱いを受けてしまいそうだ。アルマさんは頷く。


「分かりました、では明日の朝に……ありがとうございます」


 話がまとまると、明日に備えてもう寝ようということになった。

 

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